A-007:異世界の侵入
「あ~ヒック! 今日は飲み過ぎちまったかな~」
夜のエスカルゴ。酒に飲まれて道に座りこむおじさんに、俺は肩を貸す。
「おぉ、すまねぇな!」
「いえ、これくらいなんてことないですよ。それより、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「なんだぁ? なんでも――――」
確実に情報を得るために催眠を使って聞きたいことを聞き出した俺はおじさんを道端に置くと、
「これからはあんまり飲み過ぎちゃダメですよ」
と言い残して目的地に向かって走り出した。
「ユキ姫様。そろそろお休みの時間ですよ」
私がベランダで空を見ていると、メイド長が部屋から出てきた。
「今日は何が見えるんですか?」
「月が見えます。とってもきれいでくっきりとした。きっと、今夜は良いことが起こりますね」
いつもと変わらないやりとり。メイド長は呆れたように首を振る。
「とりあえず早くおやすみになってください。明日は町に出るんですから」
「分かってます。おやすみなさい」
「まったく、あなたは……」
メイド長は何か言いかけたが、それを飲み込んで部屋を出ていった。その後、少し月を眺めた私はタイミングを見て静かに立ち上がり急ぎ足で部屋に戻る。
「きっと、今夜こそは……」
そんな期待を抱きながら、私はベットの下に隠していたバックを取り出した。
「ここだな……」
俺は門の前にいる二人の門番を物陰から見て呟く。その奥には目的である城があった。催眠魔法を使って町民から聞き出した結果、あそこにはかわいいお姫様が住んでいるらしい。そう、俺はそのお姫様に会うためにここまで来たのだ。
「よし。行くか」
別に夜這いしに来たわけではないが、せっかく転生し生お姫様に会うチャンスを得たのだからそれを無駄にするわけにはいかない。ぶっちゃけ催眠を持ってる以上夜這いすることも可能だが、今夜は寝顔を拝見するだけでそれはまた今度の機会にしておこう。俺は気合いを入れて門番のほうに歩いていく。他の世界のチーターどもなら裏口から入るなり、空から侵入するなり、城ごとぶっ壊したりするだろう。しかし、そんな力を持たない俺は堂々と道の真ん中を歩いて門番の前で止まる。
「んっ? 何だお前!」
突然、目の前で足を止める俺に和やかに話していた門番たちは警戒体制にはいるが俺はそんなことお構いなく指を鳴らす。
「すみません。ここ、通らせてくれませんか」
「……あぁ、いいぞ」
催眠にかかった門番は俺の命令を聞くと、武器を置いて門を開ける。犯罪ギリギリのことをしているように見えるが、そんな事気にせず俺はお姫さまに会うにスキップしながら城の庭を通りすぎていく。そして、豪華な扉の前まで来た俺はそっと手をかける。すると、意外にも扉は簡単に開いた。
「カギもつけないってなかなか不用心だな」
どうぞ入ってくださいと言わんばかりの状況。俺は遠慮なく城の中に足を踏み入れた。
「さ~て、子猫ちゃんはどこでおねんねしてるのかな~?」
城の中に入るとそこには奥が見えないほど暗く長い廊下が続いていた。俺はそんな廊下を気配を消しながら一歩一歩慎重に進んでいく。
「うお! 何だここ」
暗闇の中、レッドカーペットの上を通っていくと、バイハーに出てくる洋館の広間に似た場所に出た。それまではついてなかった電気もこの部屋だけはついていて、どことなく人のいた形跡もあった。
「こんな時間でも仕事してる人いるのか。メイドさんお疲れ様です」
勝手にメイド達に敬意を払って手を合わせていると、階段の踊り場に掛かってる大きな肖像画が目に入った。気になって近づいて見ると、絵の下に“アフテリス第六城下町エスカルゴ第49代国王”と書かれたプレートが貼られていた。
「ほへぇ、本当にデ○デ大王じゃないのか」
絵を見ながら俺は、分かっていながらもどことなく残念な気分になっていた。
「おいお前っ! そこで何してる!」
その時、突然下の階から怒鳴り声が聞こえてくる。口から心臓が飛び出そうになりながら振り向くと、そこには外の門番と同じ格好をした男が立っていた。
「お前、城の者じゃないな。どこから入ってきた!」
兵士はでっかい槍を構えて俺に近づいてくる。
「ふっ。ちょうどいいとこに来てくれたな」
普通なら言い訳の出来ない現行犯で捕まるような状況だが、今の俺にとってはちょうど探していたものが自分から来てくれたようなものだった。
「転生者ショータが命ずる。姫の寝室を教えろ!」
指を鳴らしてギ○スさながらに力を使うと、兵士はその場で立ち止まり姫の寝室の場所を丁寧に教えてくれた。
「お仕事、お疲れ様で~す」
俺は嫌みこみこみで催眠状態の兵士の肩を叩く。そして、教えもらった寝室に向かおうとした時、部屋の隅に重なる荷物の上に置いてあるあるものが視界にはいった。一度階段を下りて近くにあった袋にそれを詰め込んでから、俺は再び姫様の寝室に向かって走り出した。
「よし。これで……」
これでもかってくらいパンパンに膨らんだカバンを背負った私は、音をたてないように息をひきそめて部屋から顔を出す。真っ暗な廊下には人の姿どころか気配も感じず、逃げ出すには絶好のチャンスだった。
「と、思った訳ですか」
部屋から出た瞬間、後ろから声をかけられる。恐る恐る振り向くと、メイド長が満点の笑顔で私の肩を掴んできた。
「……さっきまでいなかった気がしましたけど?」
「こう見えても、気配を消すことには慣れているんですよ」
振りほどこうとしてもメイド長の手はびくともせず、私は完全に動けなくなってしまった。
「まったく。これで何回目ですか?」
「……8回目です」
「はぁ……呆れてものも言えないわ……」
結局、そのまま首根っこを掴まれて私は部屋に戻されてしまった。
「いいですか。バカなこと考えないで、早くおやすみになってくださいね」
「は~い」
メイド長の忠告を私は適当な返事で返す。すると、メイド長はため息を吐いてドアを閉めていってしまった。一人部屋に残された私はカバンを下ろすと、何も言わず走り出して勢いよくベットにダイブした。
「今夜は行けると思ったのにな……」
私は枕に顔をうずめてぼやく。一度失敗してしまうと、当分の間警備が厳しくなる。しかし、今夜は数少ない警備が緩くなる日だった。この日のために私はおとなしくお姫様を演じてきたのに、結局部屋から数歩で捕まってしまったのだ。悔しさのあまり私はベットの上で足をばたつかせていた。
「あっ……あぁ……」
寝室を目指していた俺は、廊下に貼られていた1枚の絵の前で止まっていた。それは、広間に貼られていたのと同じ肖像画だが、描かれていた人が俺にとってとんでもない衝撃を与えた。この世界に転生してから衝撃の連続だった俺はもう驚くことはないだろうと思っていた。しかしそれは、俺の想像を上回るもっとも心にダメージを与えるものだった。その絵には、広間と同じくプレートと一緒に貼られていた。そしてそのプレートには“アフテリス第6城下町エスカルゴ現第1王女”と書かれていた。ここまでは問題ない。むしろ、どんな美少女が描かれているのか俺の興奮ボルテージはMAXまで高まっていた。しかし実際には、俺の予想とはまったく違うとんでもないデブが描かれていたのだ。それを見た瞬間、俺の中で何かが崩れた気がした。夢とか希望とかそんなものではない。もっと大切な何かが音をたてて崩れていった。
「なんで……かわいいって……美しいと言っていたじゃないか!」
ショックのあまり俺は膝から崩れ落ちる。デブ専でない俺にとっては、この真実は心をへし折る十分すぎる材料だった。
「なんか……もうどうでもいいや」
転生してから2日目の夜。俺はこんな世界に来てしまったことに深く後悔した。