A-006:異世界のにぃさん
「……んっ……ここは……うっ、うぎゃああああっ!!」
無事に蘇生することが出来たのも束の間、俺が意識を取り戻すと同時に神さまに言われていた激痛が身体中を駆け巡った。まるで全身を強打されまくるようなその痛みは、事前に知っていてもけして耐えられるものようなものではなく、生き返って早々再び死にそうな目にあった。
「蘇生……怖い……」
数分間、ベットを転がり続けることによって俺は激痛を耐えきった。しかし、今まで受けたことのない痛みは、記憶にも体にも残り忘れらないトラウマとなってしまった。そのためか、ベットの隅で膝を抱える俺は痛みがなくなったにも関わらず、ずっと震えが止まらない状態になっていた。そんな時、ベットとベットの間で小刻みに動く謎の物体の影が目に入る。でっかい異世界Gでもいるのかと思って恐る恐る確認してみると、そこには死ぬ前に俺が助けた女の子が明らかに怯えた様子で縮こまっていた。
「あ、あの~」
「ひぃ! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
俺が話しかけると、少女はさらに体を縮こませる。少女のあからさまな拒絶に俺はショックを受けるが、よくよく考えると少女からしたら知らない男が突然ベットの上で暴れだしたのだ、そんな奴を見たら俺でも拒絶する。しかし、それではいつまでたっても話が進まない。何とか少女を落ち着かせようと考えるが、女の子をなだめるなんてしたことがない俺はなんて話しかけていいかも分からず、頭の中が真っ白になった。生き返ってそうそうこの修羅場。もういっそのこと死んだままのほうが良かったんじゃないかと思うほど、俺は追い詰められていた。
「えっと……大丈夫……ですか? どこか具合でも悪いの……かい?」
どうみても違うと分かっているのにも関わらず、俺は適当なことを言って手を差し伸べる。すると、女の子は涙を拭いて顔を上げてると、俺の目を見ながら唇を震わせて、
「あの……あなたのほうこそ大丈夫ですか?」
「えっ? あぁ、俺は大丈夫だよ。えっと……さっきのは……そう! 俺、ちょっと寝起きが悪いんだ! だから……その……頭がおかしいとかじゃなくて……えっと……」
少女に聞かれた俺は苦しすぎる言い訳を並べる。
すると、言葉に詰まりすぎてテンパる俺とは逆に、話を聞いた少女は怯えた様子から一転して腹を抱えながら笑い泣きしだした。
「あっ、ごめんなさい。つい、面白くて……」
「いや、別に気にしなくていいよ。見た感じ、俺は君に助けられたらしいな。ありがとう」
「そんなっ!? 助けてもらったのはぼくのほうです! あなたがいなければ今ごろどうなっていたことか……」
少女にとってあの体験は相当なものだったのだろう。俺と話していながらも、少女の体はわずかに震えていた。
「……まぁ、互いに助け合ったんだ。貸し借りなしってことだな」
「で、でも……」
俺は少女の不安を取り除こうとするが、少女の内気すぎる態度に少しイラッとした。
「あのな、2人とも無事だった。それだけでいいんだよ。でももくそもない。そんな過ぎたことばかり考えてても何にも変わんないんだから」
そんなこと言いつつも、俺は神さまから受けた仕打ちを忘れていない。ただカッコつけてそれっぽいことを言っただけである。しかし、意外にも心に響いたらしく少女は目を輝かせて俺を見ていた。
「あ、あの! お名前……聞いてもいいですか?」
「えっ? 名前?」
これまで聞かれることもなかったからつい忘れていたが、名前はどこにいても大事なものである。何か異世界にふさわしいカッコいい名前がないかと考え、エリザベスやゴンザレスなど色々思いついたが、
「俺は……ショータだ!」
後々ややこしくなりそうなので無難にフルネームから下の名前を取ることにした。
「ぼくはシオン。シオン=アルバーノって言います。突然なんですけどあなたにお願いがあるんです!」
「お、お願い?」
さっきまでの内気な少女はどこへやら。やけにぐいぐい来るシオンにさすがの俺もたじろぐ。しかし、シオンはそんなことお構い無しに話を続ける。
「実はぼく、冒険者なんです。弱い自分を変えたくて村を飛び出してここまで旅をしてきたんですけど……魔物に会ってもビビって逃げて、町に着いても怖い人に絡まれてもうイヤになってたんです」
「でもっ! そんな時にあなたに出会いました。あんな怖い人にも立ち向かう勇気、ぼろぼろにやられても立ち上がる根性、そして最後にあの人たちを追い払った気迫。その瞬間思いました。きっとこの人ならぼくを強くしてくれるって。だから……ぼくとパーティーをください! あなたのもとで修行させてください!!」
そう言って、シオンは勢いよく頭を下げる。全ては計画通り。こうやって主人公をやることによって、かわいい子たちとパーティーを組んでハーレムになる。その計画達成のための第1歩として、いいぞ。と答える、それだけのはずだった。しかし、何か不穏な、大切なことを見落としている嫌な予感がそんなたった一言すらも発するのをためらわしていた。何も言わない俺を見てシオンは表情がだんだん曇っていく。
「……あの、やっぱりダメですか?」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
「お願いします! あなたの隣にいさせてください……にぃさん」
「に、にぃさんっ!?」
目を潤ませながら上目遣いでお願いしてくるシオン。さらに甘い声でのにぃさん呼びに俺は耐えられず気を失いかける。
「お前の思いはよく分かったぞ、シオン。これからは俺についてこい。お前を絶対に強くしてやる!!」
「あ、ありがとうございます! にぃさん」
何とか気絶せずにすんだが、シオンのかわいさにやられてしまった俺は、嫌な予感などすっかり忘れてシオンと互いの手を強く握り合った。こうして俺は煩悩まみれで助けた女の子、シオンとパーティーを組むことになった。
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「やっぱ、問題はこれだよな……」
俺は窓際にあった机に頬杖をついて座り、小さく指を鳴らしながら呟やく。蘇生される前に神さまが言ってた制約。発動条件は分かったことだが、他のことはほとんど分かっていない俺はどうしてもそれが気になっていた。その為、こうして何度も指を鳴らしているが、外の人達を見ても特に力が発動している形跡はない。無論、それは俺自身もしてもそうだった。
「兄さん、軽食をもらって―――」
「んっ?」
俺が色々考えていると、女将に軽食をもらって行っていたシオンが帰ってきた。しかし、いくら待ってもシオンが俺のほうに来る気配はない。何かあったのかと不安に思った俺は後ろを振りかえる。すると、シオンはお盆を持ちながら、この前の男達みたく虚ろな目で俺を見つめていた。
「キタコレ!」
俺は目の前の窓を開けると、外に向かって指を鳴らす。そしてすぐに下を見ると、宿屋の周りにいた人達のほとんどがシオンと同じように棒立ちの状態になっていた。
「なるほど。これはあくまで、俺のパッチンが聞こえた人にだけ効果があるのか」
その予想は正しく、話に夢中になってるおばさまや耳にイヤホンらしき物をつける人達は普通に動いていた。
「てことは、人数調整は俺の力加減しだいってわけだな。さて、次は……」
俺はシオンのほうを向き直すと、舌をペロッと出して少しずつ歩み寄っていった。
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「……んっ……あれ? ぼく何やってんだっけ?」
「おぉ、シオン気がついたか」
俺が催眠についてまとめていると、シオンがベットの上で目を覚ます。落ち着きのない様子を見ると、おそらく記憶が噛み合ってないのだろう。そんなシオンに俺は、
「覚えてないのか。俺に飯持ってきてくれたらすぐ寝ちゃったんだぞ」
なんて適当なうそをついておいた。
「そうだったんですか。わざわざ起こさないでいてくれたんですね。ありがとうございます」
「うっ……ま、まぁ気にするなよ」
俺を信用して、まったく疑わないシオンに俺は心が痛む。実際のところは、日が暮れるまでシオンの体を使って催眠の実験をしていた。おかげでそれなりに能力について分かったが、何かと信用してくれてるシオンに対してそれを言うのは気が引けてしまった。いつかタイミングを見て謝るかと思いながら、俺は現状確認できた催眠の機能についてまとめ終わった。
催眠魔法の機能・制限
1.催眠状態になるのはパッチンが聞こえた人のみ。ただし、聞こえさえすれば人数制限はなし
2.制限時間10分
3.絶対的制限時間厳守。俺からの命令が途中でも、10分経つと催眠状態は切れる
4.命令を聞くかは、催眠にかかったやつの身体能力しだい。泳げないやつに泳げと言っても拒否される。実験例、シオン
5.命令の二重かけは可。例えば、○○○の後に△△しろと命令してもOk。
6.回数制限なし。同じ人に何度でも使える
7.10分経っても、タイムロスなしですぐにかけ直すことができる
8.催眠にかかってる間と、かかる直前の記憶は消去・補完される
メモを何回か読み返した俺はそれをポケットにいれて椅子から立ち上がる。
「にぃさん、どこか行くんですか?」
部屋から出ようとドアノブに手をかけるところで、シオンが声をかけてくる。
「あぁ、ちょっと会っておきたい人がいてな」
「会っておきたい人……ですか?」
「すぐ戻ってくるさ。心配すんなよ」
俺はそれだけ言って部屋を出る。そして、宿から出た俺は軽く屈伸をすると、シオンが後をつけて来られないように全力で目的地を目指して走り出した。