A-005:異世界の神さま Ⅱ
「……うむ。何と言うか、これは……」
漆黒の暗闇の中、途切れ途切れだが確かに聞こえる誰かの声。聞き覚えのある声とこの流れ。老いたおじさんの顔がアップで写されてもいいように注意しながら少しずつ目を開く。しかし、当の本人は向こうでテレビを見ながら横になっていた。
「何やってんだよ! あんたは!」
「何じゃ、うるさいな……」
テレビに夢中になっていた神さまは、俺の叫び声を聞いてようやく後ろを振り向く。神さまからしたらそこに俺がいることが予想外だったのだろ。俺の体を見回して唖然としていた。
「何じゃ? お主、また死んだんか?」
「えっ?」
「えっ? て、お主は死んだからここにおるんじゃろ?」
「た、確かに言われてみればそうだけど……」
「簡単な話、お主のライフはとっくに0じゃ」
「またあんたはそう言って……はっ!」
突然のことですっ飛んでいたが俺にはある目標があった。それを思い出した俺はゆっくり神さまの後ろに立つと、しっかり足を踏み込んで全力で神さまの背中を蹴り飛ばした。すると、神さまの体は異常な角度で海老ぞり、テレビが粉々になるほどの勢いで突っ込んでいった。
「何をするんじゃ!? 神を蹴るなど……天使にも蹴られたことないのに!」
「なぁにが蹴られこともないだぁ? そんなんだからこんなクズみたいな神さまが生まれちまうんだろうがっ!!」
「クズじゃと!? わしが一体何をしたと言うんじゃ!」
「何もしてねぇのが問題だろっ! 説明もなく落とされたせいで俺がどんな苦労したと思ってんだよ!」
すると、俺の必死の訴えを聞いた神さまは不敵な笑みを浮かべて、
「ふふふ。お主は間違えているぞ!」
と言って俺に向けて指をさしてきた。
「な、何が違うってんだよ……」
「お主は今、わしが何も説明しなかったと言ったが神さまはあくまでも見守るだけの存在! 最初にあれやこれやと説明してしまってはそれはテストの前に答えを知るようなもの。不正! チート!! カンニング!!! そんな駄作、お主は見たことがあるかっ!?」
「ぐっ……ない」
神さまに上手く言いくるめられた俺は反論出来なくなる。そんな俺を勝ち誇った目で見る神さまは追い討ちをかけるように話を続ける。
「もしも疑問に思うことがあるのならば、それは自らの力で答えを見つけなければならない。仲間と共に旅をし、自らを鍛え、力を手にいれる。そして、最終的にたどり着いたその場所にお主の求める答えがある。わしはお主がそこにたどり着くまで見守るだけの存在。そんなわしがあーだ、こーだヒントを与えるわけにはいかんじゃろ!」
「……なんで俺が悪いみたいになってんの?」
突然の説教に納得いってないが、すっかり毒気を抜かれた俺はため息を吐いてその場に座る。
「じゃあ、もうやめるって言ったら俺が疑問に思ってること全部教えてくれんの?」
「教えるわけないじゃろ。そもそも、お主がいくらやめたいって泣き叫んでもわしは無理やり転生させるからな」
「ほんと最悪だな、あんた。実は神さまじゃなくて魔王かなんかそっち系じゃないのか?」
「ひどい言い様じゃの……死ぬたびにわしのところに来れることに感謝してほしいもんじゃ」
「……そう言えばそうだな。これってありなのか?」
どこからともなくホウキとちりとりを持ってきた神さまはバラバラになったテレビの破片を掃除しながら俺の質問に答える。
「ありかなしかと聞かれればギリギリありじゃ。しかし、1度きりの命を何度も使い回すのじゃ。魂にも負担はかかるし、わしらも色々と準備せねばならん。だから、転生や蘇生は本当に限られた奴にしかやらん。てか、やっちゃいかん」
そう言って神さまはちりとりに入った破片を雲から落とす。
「はっ? いやいや、あんた何やってんの!?」
「何って、ゴミを捨ててるだけじゃよ」
「えぇぇぇ! そこってどういう仕組みになってんの?」
「んっ? 確か、天界から出たゴミは下界で雨や雪になって降り注ぐと聞いたことがあるのう。特に大掃除をすると台風とか言うのになるらしいな」
「へ、へぇ~」
小学生の頃、よく雨は神さまの小便とかって話をしていたのを思い出した俺は、実はゴミだったという事実に小便よりましだがゴミか……という複雑な気分になった。すると、神さまはホウキとちりとりを投げ捨て体を伸ばす。
「さて、そろそろお主を蘇生させるかの」
「蘇生? 転生じゃなくて?」
俺が聞くと神さまは驚いたような顔をする。
「なんじゃ、転生と蘇生の違いをわからんないのか? 転生というのは、ゲームで言うとこのニューゲーム。新しいデータを作って1から……いや、0から始めることじゃ。一方で、蘇生は言わばロード。ロードするためにはきれいなセーブデータが必要じゃ。それが、この場合はきれいに残った体と言う訳じゃよ。なんじゃったら、また0からニューゲームするか?」
「いや、一度ふった女を抱くようなクソ男にはなりたくないからやめとくよ」
俺が神さまの提案を丁重にお断りすると、
「やれやれ……」
と呟いて忙しく俺の周りを行ったり来たりし始めた。
おそろく神さまは俺を蘇生させる準備をしているのだろう。もちろん手伝うつもりはないが、特にやることもないため準備が出来るまで暇になってしまった。
「どれくらいかかりそう?」
「もうちょっと待っとれ! まったく、死ぬなら死ぬと先に言っとかんか」
小言を言いながら働く神さまを横目に俺はあくびをして雲の上に手をつく。死んでから初めて雲をさわったが、意外にも重さがあり、本当の意味で雲を掴んで手のひらに乗せると、まるで究極にもふもふしたボールを持っているような感じがした。そしてその瞬間、あくどい考えが俺の脳裏をよぎった。俺は急いで周りの雲をかき集めると、まるで雪玉をつくるようにがっしりと握って、それを神さまめがけて投げつけた。最初は気にすることなく蘇生の準備をしていた神さまだったが、数十発目あたりでついにやり返しで俺の顔面に1発雲玉を投げつけてきた。
「なぁぁぁに邪魔しとるんじゃさっきから! ……まったく、誰のためにやっとると思っとるんじゃか」
「別に頼んでないし……」
すると、ようやく準備が出来たのか神さまは髪についた雲を払い落とし俺から少し離れた場所に立った。
「やけに時間がかかったな。この前は準備なんてなかったじゃん」
「前回はすでに準備をしといたんじゃが、今回はこんなに早く死ぬとは思っとらんかったからなぁぁぁんにも準備しとらんかったのじゃ」
神さまがそう言って指をならすと、前回と同じように魔方陣が俺の足元に現れた。
「言い忘れとったんだが、蘇生は転生と違い肉体に疲労やけがが残っとる状態で目を覚ますから、いきなり死にそうになるほどの激痛に襲われるんじゃが……まぁ、お主はそんなこと気にしないじゃろ!」
「いやいやいやいや。それ、めっちゃ大事なことじゃん! 知らないで蘇生されてたら痛みですぐ死んでたよ」
今頃になって大事なことを伝えてきた神さまにあきれながらも、俺自身聞いておかなきゃならないことがあったことを思い出す。
「あのさ~俺、アフテリスの言葉読めないみたいなんだけど、どうにかならないの?」
俺が聞くと、神さまは腕を組んで何やら悩み始める。
「そうは言っても、1人1チートと言う決まりじゃからのぅ……」
「またまた冗談を。文字を読むがチートに含まれるわけないだろ。何とかしてくれよ。旅するにあたって色々と不便になるだろうからな」
「……」
「……おい。ちょっと待てよ。まさか……」
「催眠は万能な力じゃない。色々と制約があるから気を付けるんじゃよ」
「あっ! お前、またやったな! ちょ、待てよ! ちょ、待てってえぇぇぇぇ……!」
こうして、神さまはまた足元に穴を開けて俺を雲の上から落とした。さらに、落ちる瞬間、
「勉強頑張れよ~!」
なんて嫌みを言ってきたので、次に死んだときにもう1発いれてやると俺は心に固く誓って落ちていった。