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A-003:異世界の商人

「……か……だれ……」


 無限に広がる暗闇の中、今にも消え去りそうなか細い声がかすか俺の耳に入り込んできた。


「……だ……たす……て……」


 声は少しずつ小さくなっていく。闇の中を漂っていた俺は、引き寄せられるかのように声がするほうに足が向いた。ゆっくりと1歩ずつ、耳の奥にかすかに聞こえる声を辿って闇の中を進んでいった。それからある程度進むと、突然まばゆく光る何かが姿を現した。俺はそれを取ろうと手を伸ばすが、その前に光が俺を包み込んできた。


「助けて……誰か……」


 声が聞こえると同時に光から抜けた俺を待っていたのは、踊るように豪快に燃え上がる炎とその炎に包まれて崩壊していく町。逃げ惑う人に立ち止まり泣きわめく子供。そして、目の前に横たわる1人の少女だった。俺は少女に声を掛けようとする。しかし、いくら頭で声を出そうと思っても、実際にそれが発声されることはなかった。頭で思っていても体が言うことを聞かない。まるで、意識と肉体が別々のような不思議な感覚だった。何が起きているか理解しきれていない俺をよそに体は勝手に動き、横たわる少女を抱き上げる。俺は少女の体の重さや抱いている感覚を感じないが、体はそのまま炎に包まれていない道を歩き出した。しかし、体はすぐに足を止める。なぜなら、銀色に輝く鎧で全身を覆った、本物を見たことがない俺でもわかるくらい兵士オーラ全開の奴らが5人、待ってましたと言わんばかりに道を先にいたからだ。少女を抱えたまま戦えはずもなく、体は後ずさりして逃げようとするが、すでに後ろにも回り込まれていて逃げ場がない状態になっていた。次の瞬間、合図と同時に襲いかかってくる兵士たち。よっぽど少女を守りたいのか、体は少女に覆い被さり自ら盾になるような形になった。そして、やめてくれという俺の願いは届かず、俺は大量の槍に串刺しにされた。


――――――――――――――――――――


「ぬわぁぁぁぁぁぁぁ!……ぐはぁっ!」


  勢いよく体を起こした俺は、目の前の()()に豪快に頭をぶつけると、その反動で後ろに倒れる。


「なんだぁ……どうなってんだぁ……」


 後ろに倒れて仰向けになったため自然と上を見る形になったが、そこには最近よく見ていた晴天の空ではなく薄茶色の布が広がっていた。倒れたまま顔だけを動かして周りを確認してもあるのは山積みの木箱だけ。床がずっと小刻みに揺れていることから、俺は荷台か何かで運ばれているんだろうと意外にも自分の置かれた状況がはっきりと理解できた。すると、ふいにさっきまで見ていた夢も思い出した。まるで自分がその場にいたような気がしたほどリアルに感じた夢。あれは本当にただの夢なのだろうか。俺の頭にそんな疑問が浮かび上がってきた。


「……うおっ!……でゅはぁっ!」


 上にかかる布を見ながら夢について考えていると、突然荷台が大きく跳ねる。すると、足元に積み上げられていた木箱がバランスを崩し、1番上に置いてあった木箱が俺の腹めがけて垂直に落ちてきた。


「うおおおいっ!? さっきからなんだってんだ!」


 俺は落ちてきた木箱を乱暴に脇にどかす。そして、その流れで体を起こすと、次は落ちてこないように高く積み上げられた木箱を均等になるように積み直した。


「いてて、怪我人になんてことさせるんだ」


 一通り積み直した俺は崖から落ちたときに痛めた部分を押さえながらあぐらを組んで座ると、ふいに外から香ばしい匂いが漂ってきた。空腹限界MAXの俺は自然とその匂いにつられて細い光が差し込むカーテンをめくる。するとそこには、馬にまたがり手綱を引きながら茶袋に入った何かを食べるいかついおじさんがいた。


「あ、あの~」

「んっ? おぉ、やっと落ち着いたか坊主! いきなり荷台で暴れだすんだ、何か嫌なことでもあったのか?」

「えっ?……あ、あはは。そんなところです。お騒がせしました」


 あんたの積んだ木箱が落ちてきたんだよなんて命の恩人に言えるはずもなく、とりあえずそれっぽく謝っておいた。


「それにしても目を覚ましてくれて助かったぜ。商人と死体運びはイコールじゃないからな。ガハハハハッ!」

「そ、そうですね~あはは……」


 何が面白いのか理解できないが、とりあえず上機嫌なおじさんに合わせて俺は乾いた笑いを浮かべる。それにしても……商人か。そう思った俺は、改めて荷台の中を確かめる。さっきはドタバタしていて気づかなかったが、積まれていた木箱には“AHOZON”と書かれていて、中からはかすかに甘い果物のような匂いがしていた。


「あっ!」


 その瞬間、ただでさえ空腹限界突破MAXだった胃が食欲をそそるその匂いたちによってついにリミッターを外した。これまでに聞いたことのないほど盛大に鳴り、口から飛び出しそうな勢いで暴れだす胃。理性が食欲に負けた俺は、ここにある物を全部食べれる。それどころか、今の俺ならト○コ以上に食に感謝して世界中の料理を食べられるなどという謎の自信に満ち溢れ、罪悪感なんて一切感じずに木箱のほうに手を伸ばしていった。


「なんだ腹へってるのか? だったらこれ食えよ」


 おじさんに言われ俺は手を止める。そして振り返ると、おじさんはさっきまで手に持っていた茶袋を俺に向けて投げ渡してきたた。茶袋を受け取った俺は、食欲の赴くままに袋の中を漁り、中に入っていたものを取り出す。


「何だこれ……栗?」


 袋の中に入っていたものは、日本のものより少し大きいくらいのどこにでもありそうなよく見る焼き栗だった。異世界にも栗があるんだな。なんて手のひらに置いた栗を見ながら思っていると、栗が突然小刻みに揺れだしくるりと半回転した。それだけでも十分恐怖映像だが、振り向いた栗と()()()()()瞬間、俺は言葉にならない悲鳴を出して栗を投げ捨てた。


「イテェ! オマエオレノコトヲナゲステヤガッタナッ!」


 床に落ちた栗はまた動き、俺のほうを向くと怒り口調で話しかけてきた。


「な、ななななんですかあれっ!? く、栗が喋ってるんですけどっ!?」


 後ずさりした俺はおじさんの服の裾を強く引っ張って問いただす。しかし、おじさんは何もしようとせず、むしろ俺が慌ててる姿を見てまた爆笑し始めた。


「ガハハハハハッ! 坊主、“しゃべ栗”を見るのは初めてか」

「しゃ、しゃべ栗……ですか?」

「ここから北西に進んだ先にある森でよく採れる栗なんだが、これがなかなかうまいんだ。あっちでは食用以外にも使われてたが、俺はやっぱりそのままパクりと食うのが1番だな」

「はぁ……」


 おじさんはそう言うが、俺は後ろに落ちてるあれを食べる気にはなれなかった。それでもせっかくありつけた食べ物。せめて喋らない栗がないかと袋の中を漁るが、


「オイオマエ、ハヤクオレサマヲクエ!」

「イイヤ,オレノホウガミガシッカリシテテウマイゾ!」

「オマエラ、サワグンジャネェ! サッキカラアタマガアタッテイテェンダヨ!」


いくら探しても喋る栗しか入っていなかった。

 俺は1度袋を閉じて深呼吸をすると、勢いよく袋の中に手を突っ込み、適当に栗を取り出した。そして、その勢いのまましゃべ栗を口に放り込む。途中で断末魔のような叫び声が聞こえた気がしたが、そんなこと気にせず俺は栗を口の中で粉々に噛み砕いた。


「……むっ! これはっ!」


 口に入れた瞬間、広がる栗独特の苦味。しかし、噛めば噛むほど中の実から出る香ばしい甘さ。驚くべきことに、味は商店街で売り出されてる栗とほとんど変わらなかった。おじさんは俺が食べているのを見て、


「どうだ、うまいだろ?」


と聞いてくるが、俺にとっては普段から食べていた味と変わらないわけで、


「そうですね~美味しいですね~あははは~」


完全に心がこもってない棒読みな返事になってしまった。

 特別うまいわけでもなく、異世界感もないが、久しぶりの味に俺の手は止まらず、気がつけば本当に声が耳に入らないくらい夢中になってしゃべ栗をむさぼり食っていた。


「ところで坊主、お前は何であんなとこで倒れてたんだ?」

「……えっ?」


 おじさんからの唐突な質問に俺は食べる手を止める。


「実は別の世界から転生してきたんですよ~」


 なんて言えるはずもなく、


「実は俺、ちょっと遠くの小さな田舎から来た冒険者なんですけど、あの森でオオカミに襲われて……1日中逃げてたからお腹すいて力尽きちゃったんですよね」


転生してきたことや催眠のことは嘘でごまかし、俺は昨日の森での出来事を話した。

 すると、俺の話を聞いたおじさんがまたまた爆笑しだす。


「な、何ですか?」

「いや……お前、オオカミに襲われたって言ったよな。実は、この辺のオオカミは“びびりオオカミ”って呼ばれてて、見た目はこえーし、群れで行動すんだけど、ガッツリの草食でちょっとビビらせればすぐ逃げていくんだ。だから、人間を襲うことなんてねぇんだよ」

「……えっ?」


 衝撃の真実を聞いた俺は言葉を失う。オオカミに襲われたと思っていたのは勝手な勘違いで、オオカミからしたら俺はエサの対象になってなかったらしい。世の中、知らないほうがいいこともあると言うが、今の俺にとってはこれ以上にない悲報。話を聞いた俺は、まるでこれまでの疲れが体現したかように大きなため息を吐いてうなだれた。


「おお! どうした、腹でも壊したか?」

「いえ……ちょっと疲れただけです。はい……」


 どうしてこうなった。俺はただ転生したらお胸の実った女の子たちに囲まれてキャッキャウフフなアフターライフを過ごしたっかだけなのに……いや、待てよ。そもそも俺はなんで転生したんだ? 誰がこんなこと望んだんだ? などと色々な考えが頭をよぎる中、ふいに俺を嘲笑う神さまの顔が浮かんだ。


「やっぱりお前かああああっ!」


 俺は叫びながら勢いよく立ち上がる。自ら望んだわけでもないのにこんなつらい経験をさせられる筋合いはないんだ。次に会ったら1発ぶん殴る。俺に1つの目標ができた。


「なんだ? 今度は急に元気になったな。大丈夫か?」

「はい。もう大丈夫です!」


 そう言った瞬間、またしても盛大に鳴る腹。今の俺の食欲を満たすには数個の栗では全然足りていなかった。


「ガハハハ! 心は元気になっても、体はまだまだ足りないようだな!」

「なんかすいません……」

「気にすることはねぇよ。なんなら荷台にある食い物だって食っていいんだぜ」

「えっ? いいんですか!?」

「あぁ、もちろんお代は貰っていくがな」


 おじさんに言われ、俺は木箱に向かって伸ばしていた手をポケットの中に入れる。しかし、どこ探してもお金なんか入っているわけなく、唯一死ぬ前に母親からもらっていた昼飯代も神さまと会った時点でなくなっていた。それどころか、服も制服から黒のインナーに黒のズボン、さらには黒のロングコートと黒ずくしの格好に変わっていた。その格好を見た瞬間、俺の全身に衝撃が走る。


「おじさんっ! 俺、このコート売ります!」

「なっ!? こ、今度はどうした!?」

「いいから売らせてください! この格好はアウトなんですっ!!」


 俺が必死にコートを押しつけると、おじさんは渋々受け取ってコートの品定めを始める。


「ふむ。素材はこの辺じゃ見ない珍しい物だな。だけど……」


 そう言っておじさんはコートを畳むと、首にかけていたポーチからしゃべ栗が入っていた袋と別の布の袋を投げてきた。俺は風に流される袋をなんとかキャッチするが、手にした瞬間その異様な袋の軽さに言葉を失う。


「……な、何ですか? これ」

「何って、金だよ。金。このコート、素材は良いもんだが状態が良くない。傷だらけだし、穴も空いてる。それでも、それだけの金額を出す価値はある。坊主、こんな良いコートどこで手にいれたんだ?」

「さぁ、どこだったかな~」


 おじさんの話を聞く限り、この袋には相当な金が入っているはずだが、そのわりには軽すぎるし、袋を振っても硬貨同士があたる音がしない。ぼったくりなんじゃないか? そう思った俺はおそるおそる袋を開ける。その瞬間、袋の中から強いが光が溢れ出す。


「うわっ! まぶし!?」

 

 俺は突然の閃光によって一瞬目が眩むが、すぐに回復すると急いで袋の中身を確認する。するとそこには、金色や銀色に()()()がだいたい袋の半分くらいまで詰められていた。


「……何ですか、これ?」

「あっ? だから、金だって言ってんだろう」

「うえっ!? これが金ですか? 普通、金とか銀とか硬貨が使われてるんじゃないんですか!?」

「何言ってんだ、坊主。硬貨なんて数百年前の金属使用制限によって無くなっただろ。今じゃこの金紙と銀紙でしか取引は行われていない。そんなのもわかんねぇのか。今までどうやって生きてたんだ?」

「えっ? いや~……あっ! それじゃあ、荷台の食べ物もらいますね~」


 俺は逃げるようにカーテンを閉めると、木箱の中から食べられそうな物を取り出す。そうやって色々な食べ物を1ヶ所に集めながらも、俺はずっと自分の知る異世界の常識が通用しないことが気になっていた。果たしてこの先上手くやっていけるのか。そんな不安を覚えるが、いざ食べ物を目の前にすると食べることに集中してそんな不安もどこかに飛んでいってしまった。

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