A-023:異世界の対面
「完全にやられた……」
連行中、俺は何度か催眠にかけて逃げだすことを考え、タイミングを見計らっていたが、どすこいお姫様がわざと人の多いところを歩いて俺とシオンを晒してくれたおかげでそのタイミングを見つけられず、無抵抗のまま城まで連れてこられてしまった。
その結果、俺たちは椅子に縛りつけられて、身動きが取れない状態にされてしまったのだ。
「全部で10人ちょっと……」
今、このタイミングで周りにいるヤツら全員催眠にかけることもできるが、それでは根本的な解決にはならない。
結局、催眠がきれてから逃げたことがばれて、また捕まってしまうだけだ。
「……打つ手なしか」
俺は諦めて、椅子にもたれかかる。
すると、隣でずっと気絶していたシオンがようやく目を覚ました。
「……んっ? あれ? ここは……」
「よっ、やっと起きたか」
「にぃさん……えっ!? どうしてぼくたち捕まってるんですか? これってどういう状況ですか?」
「あ~。まぁ……色々だ」
正直、俺もこの状況を完全には理解できていない。
どすこいお姫様と生意気幼女を含め、周りにいる兵士たちも俺たちをどうしようともしない。
まるで、誰かが来るのを待っているような感じだった。
「あの……ぼくたち、どうやって連れてこられたんですか? 全然、覚えてないないんですが……」
「シオンよ。世の中には知らないほうがいいことがあるんだ。マジで」
思い出そうとすれば、すぐによみがえる人々からの軽蔑された冷たく突き刺さるような視線。
あんなのをあれ以上浴びていたら、恥ずかしさを通りすぎて別の性癖が覚醒してしまいそうだった。
特にシオンには毒も毒、猛毒である。
気絶してくれててありがとう。
「ユキ姫様、おなーーーりーーーー」
「ちょっと待て。その呼び方はおかしいだろ」
西洋風の城にも関わらず、ほら貝を吹いてお姫様を呼ぶ兵士に俺はツッコミを入れるが、周りは特に気にする様子はなかった。
「来ますよ、にぃさん」
ほら貝の吹く音に合わせて2階から降りてきたユキと呼ばれるお姫様。
どすこいお姫様と違って優雅で気品に満ちたその姿は、俺が思い描いていたお姫様像そのままだった。
そして、何より俺が目を奪われたのは、ユキの名に負けないくらい真っ白でさらさらしたロングヘアー。
ホワイトロングヘアープリンセスに悪い子はいない。
ファーストコンタクトもセカンドコンタクトもどたばたしすぎてちゃんと見れていなかったが、こうしてじっくり顔を合わせると、なぜかユキから目を離せなくなってしまった。
まるで、離ればなれになってしまった友人と何十年ぶりに再会した時のような。
いや、それよりもこれは……
「冒険者ショータ。あなたは先日、この城に無断で侵入しましたね?」
俺の目の前に立ち、質問してくるユキ。
その目で見つめられると、不思議と嘘を吐いてごまかそうという気分にはなれず、
「はい」
と素直に答えてしまった。
終わった。
きっと俺はギロチンにかけられたり灼熱の鍋の中に放り込まれたりして、無残に殺されてしまうのだ。
せめて、死ぬ寸前で催眠をかけて体はきれいなままにしてもらおう。
そうすれば、あの神さまが俺を生き返らせてくれる。
蘇生すると襲ってくる痛みも相当のものだか、この際、死なない程度の痛みなら我慢しよう。
さぁ、どんとこい!
俺は覚悟を決めて目を閉じるが、刑が実行させることはなく代わりに俺たちを縛っていたロープが切られた。
「手荒な真似をしてごめんなさい。今日はあなたにお礼を言いたかったの」
俺の前まで来たユキはニコッとする。
「あの夜、私を襲っていたのは、子供の頃から私たちの面倒を見てくれてた人だったの。ずっと一緒で、私たちにとってはおばあちゃんのような存在で……でも、あの人は私を殺そうとした。そして、あなたは私のことを助けてくれた。だから、ちゃんと会ってお礼を言いたかったの。ありがとう」
「は、はぁ……どういたしまして」
まさか、面と向かってありがとうと言われるなんて思っていなかった俺は照れてユキの顔を直視することができなかった。
「ニャハハ。照れてる照れてる」
「うげっ!? 何しやがるガキンチョ!」
突然、後ろから飛びついてきた生意気幼女の首根っこを掴んで、俺はポイっと放り投げる。
「言っとくけど、俺たちを晒し者にしたことは許してないからな!」
「あんさんたちが逃げないようにしただけでごわす」
急に襲い来る強い威圧感。
振り返ると、俺たちのすぐ後ろにどすこいお姫様が立っていた。
「もとあといえば、あんさんがまいた種。今回は結果的に妹を助けてくれたから許してあげるでごわすが、本当なら牢獄行きだということを忘れないようにするでごわす」
正論をぶつけてくるどすこいお姫様に俺はぐぅの音も出ない。
と言うか、これ以上変なことを言ったら本気で拳が飛んできそうな気がしたので、あえて何も言わないでおいた。
さすがにどすこいお姫様の本気を耐えられるほど、俺の体は丈夫にできていない自信があった。
「待ってください。お姉様、私は隠密に彼らを連れてくるように頼んだはずですが?」
「うっ! それは……」
「今回のことは、町の人たちを不安にさせないように王室のみで片付けようと話をしたはずです。それなのに……どうしてあなたは
いつも事を大きくするんですか? その後始末、誰がしてると思ってるんですか!」
「ごめんなさいでごわす……」
「ニャハハハハハ。大ねぇさま、おねぇ様に怒られてやんの」
「あなたもです!」
激おこのユキだが、ずっと笑い転げる生意気幼女を見て、諦めたように深いため息を吐く。
「まったく……その件についてはこちらで騒ぎにならないように手を回しておきますから心配しないでください」
「えっ? あっ、はい。こりゃどうもご丁寧に……」
俺とユキは互いにペコペコ頭を下げ合う。
すると、
「そう言えば、まだちゃんと自己紹介してませんでしたね。私はユキ・ミ・バルーシャ・エスカルゴ。そこの2人は、姉のモミに妹のハルです。って言っても、私たちのことはご存知ですよね。ショータさんにシオンくん」
「ぼくたちのことを知ってるんですか?」
「もちろん。エスカルゴにどんな人が来ているかを把握しておかないと、何かあってからじゃ遅いですから」
「そんなしてるのはユキだけでごわす」
「真面目な人ってめんどくさいよね~」
「……あなたたち……いい加減にしなさい!!」
ついに爆発したユキを見て、アキとハルはすぐさま奥のほうに逃げて姿を隠す。
俺はそんな3人のやり取りがおかしくて腹を抱えて笑った。
「な、なんですか?」
「いや~ごめんごめん。なんかおかしくて……肩書きはお姫様って言っても、中身は普通の女の子なんだなって思っただけさ」
「なっ!? 私は!」
「あんまり気ぃ張りすぎんなよ。素をさらけ出すのだって大事なことなんだぞ」
「……知ったような口を利かないでください」
ユキはむすっとして顔を背けるが、すぐに、
「とにかく!」
と言って話を変える。
「あなたには感謝してもしきれません。しかし、同時にもう二度と、城に無断で侵入するような変なことはしないと約束してください。今回は特別に見逃してあげられますが、次に何か問題を起こした場合、私でも助けられるか分かりませんから」
なんて無礼な。
まるで俺が騒ぎを起こす元凶のような言い草ではないか。
「おいおい。俺がそんなに問題を起こしまくるようなヤツに見えるか?」
「はい」
「無慈悲!?」
お約束をした後は、ユキの命令で兵士に門まで連れていかれ、俺たちは何事もなく城から出ることが出来た。
すると、今までほとんど空気だったシオンから俺に話しかけてきた。
「やっぱり、にぃさんはすごいですね。お姫様とあんなに対等に話せるなんて。ぼくなんてずっと萎縮しっぱなしでしたよ」
「んっ? そうか? 案外、普通の女の子だったじゃん」
俺が答えると、シオンは不思議そうに俺の顔をのぞき込んできた。
「にぃさんって、ユキさんとお知り合いなんですか?」
「えっ? 何で?」
「いえ……ただ、そんな気がしただけです。2人だけの空気というか雰囲気というか……」
「ふ~ん。気のせいだろ」
そう言って軽く流したものの、俺自身引っかかるところは確かにあった。
初めて話したはずなのに感じた懐かしさ。
ユキを見た時のあの気持ち。
なるほど、これがデジャブというものか。




