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A-002:異世界のオオカミ

「俺……生きてんのか?」


 気がつくと、目の前には青空が広がっていた。俺はゆっくり体を起こすが、まるで自分の体じゃないようなどこかふわふわした不思議な感覚に襲われていた。


「まじで異世界転生したのか……」


 これまでの流れが突然すぎたため、本当に転生したのか半信半疑だったが、辺りにはテレビに映っていた無限に壮大な大陸と自然、その中にいくつかポツポツある町らしきもの、明らかに見たことのないモンスターやコンクリートじゃない道路。それらを目にしっかり焼き付けた俺は疑問が確信にかわった。ほとんど無理やり連れてこられたようなものだが、実際に来てみると胸の奥にワクワクするものがあった。そんな大興奮真っ最中な俺を現実に戻したのは、ポケットに入っていた1枚のカードだった。


「なんだこれ?」


 それは催眠と書かれた例のカードだった。俺はそのカードを持ちながら考え込む。数あるチートから催眠を手に入れることになったが、正直この力は諸刃の剣である。上手く使えば世界を手中に収めて王様生活なんて簡単なことだが、一歩間違えれば薄い本になりかねない催眠。どうやら俺は、もっとも強敵である自分自身の欲求と戦っていかなければならないらしい。


「いいさ、やってやるよ。この邪道な能力(ちから)でこの世界を王道に生きてやるってんだああああっ!」


 俺はカードを握りしめて決意をあらわに大声で叫ぶが、それと同時に神さまに催眠の発動条件を教えもらなってないことを思い出した。あまりにも適当すぎる神さまに呆れ返っていると、突然背後で何かが動く気配を感じた。俺は反射的に振り返り、辺りを見渡す。感じる視線は多く、とても人間のものとは思えないほど鋭いものばかりだった。俺はその視線に怯えてしまい、この場から動けなくなる。すると、茂みの中から両手で数えきれないほどのオオカミたちが飢えた目で俺を睨み付けながら出て来た。


「おいおい。冗談だろ?」


 武器もなければ催眠の使い方も分からないでこの絶対絶命のピンチ。戦う訳にもいかず、俺は一歩ずつ下がってオオカミたちから距離をとる。しかし、後ろはほぼ直角な急斜面になっていてつい足を止めてしまった。すると、オオカミたちはその隙をついて俺の周りを囲んできていた。


「ああああもう! 恨むぜ、神さまああああっ!」


 俺は心の底から天にも届くような大声で叫ぶと、斜面ギリギリのところでおもいっきりジャンプした。そして、斜面に足がつくと、足が渦巻くような勢いで斜面を下りていった。しかし、あまりに速く回転する足を制御することが出来なくなった俺は、小さい石に足をつまずかせるとバランスを崩してしまい、そのまま体を斜面に叩きつけながら転がり落ちていった。


――――――――――――――――――


「ぐっ……まだ……生きてるのか……」


 全身を巡る激痛のおかげで意識を取り戻した俺は、目の前に広がる草木を見てまだ自分が死んでないことを確認した。あの高さから転がり落ちて生きてることが謎だったが、一度死んだことで生還補正がかかったんだろうと勝手に解釈しながら俺は体を起こす。しかし、体にかかった負担は大きく、立ち上がろうとしただけで所々が今まで味わったことのない痛みに襲われた。


「これなら死んだほうがましだったじゃねぇか……」


 愚痴をこぼしつつ、俺は追ってくるであろうオオカミたちから逃げるため、木伝えに体を引きずりながら森の奥に進んでいった。

 そして、俺は日がくれるまで歩いた。しかし、いくら歩いても変わらない景色のせいで方向感覚がおかしくなり、完全に迷子になってしまっていた。その一方で俺を襲おうとしていたオオカミたちの姿は見当たらない。俺は、逃げられたという安心感と森で1人迷子という孤独感に襲われながら、ひたすら森の中を歩いていた。


「あぁ、最悪な気分だ」


 空腹や疲れ、体の痛みで限界を迎えた俺は、開けた場所にあった人1人分以上の太さがある木に寄りかかって座り込むと、疲労のあまりすぐにまぶたを閉じてしまった。すると、疲れきった俺の脳内を、転生なんてしてもいいことない。いっそこのままもう一度死んだほうが楽なんじゃないか。そんな考えがよぎる。何せ転生初日から半日近く森の中を歩かせられたのだ。心は綺麗に二等分できそうなくらい折れかかっていた。


「それでも……俺は生きて、異世界ハーレムをつくってみせる!」


 俺は自分に活を入れるように叫ぶと、激痛でまともに動かない体で無理やり立ち上がる。そして、木にもたれながらも草をかき分けて少しずつ前に進んでいった。


「やっと……道に出たああああ!」


 それからどれくらい歩いたのか、俺はようやく人間が通れるであろうけもの道に出ることが出来た。もちろんまだ森自体を抜けられたわけではないが、俺にとってはここに道があるということが疲れを忘れて喜びの舞を踊れるようになるほど重要なことだった。ここまで来たら大丈夫。そう思ったのも束の間、俺はこっちに向けられる視線に気がついて踊りを止める。


「このパターン……まさか」


 おそるおそる振り返った俺を待っていたのは、逃げ切れたと思ってばかりいたあのオオカミたちだった。俺は少しずつ後ずさりして逃げようとするが、すでに数匹のオオカミによって後ろは封じられていた。こうして、今度は逃がさないと言わんばかりに追い詰めてくるオオカミたち。逃げることも戦うこともできない俺は大きく息を吸って最後の賭けにでた。


「誰か助けてくださああああいっ!!」


 俺は飛び降りた時と同じくらい叫んだ。一応はちゃんとした道に出たのだ、人が近くにいれば気づいてもらえる。そう思って、ただただ全力で叫んだ。しかし、俺の決死の叫びは誰にも届かず、静寂が場を包み込む。俺は、また無様に死ぬのかと死を覚悟して身構える。しかし、俺を囲むオオカミたちは一向に襲ってくる気配を見せないでいた。それどころか、オオカミたちは一斉に散らばって森の中へと消えていってしまった。


「あっ、あれ?」


 俺は突然なことで困惑すると同時に、急に体の力が抜けてその場に倒れ込んでしまった。なんとか動こうとしても、体は言うことを聞かず、何も出来ないまま意識が遠のく。


「誰か……助け……」


 そんな願いも届かぬまま、俺は意識を失った。

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