A-019:異世界のグラップル
「ついにきた」
アヤメは宝が隠されているという部屋の前に立つ。
後は扉を開けるだけ。
しかし、アヤメにとってはそれが重要らしく、勝手に手をかけた俺は少し前に殺されかけていた。
「開けるで……」
そう言って、アヤメはゆっくりと扉に触れた。
その瞬間、中心に魔方陣が浮かび上がった扉は重い音を響かせながら独りでに開いていった。
俺たちは全員、固唾をがぶ呑みして扉が完全に開くのを見守る。
命を懸けてやっとの思いでここまで来たのだ。
きっと見たことないくらい大量の金銀財宝がそこにあると俺たちは信じていた。
しかし、
「なっ!?」
「がっ……!」
「こ、これは……」
そこには正方形の空間に小さな石碑しかなく、金銀財宝なんてこれっぽっちも入っていなかった。
「空だな……」
「空ですね」
「ふっ……ぐはっ!」
あまりのショックにアヤメは血反吐を吐いて倒れた。
突然のことに、シオンはアヤメを心配して駆け寄るが、これくらいで死ぬような玉じゃないことは分かっているので、俺は特に気にすることなく石碑を調べることにした。
「んっ? なんか書いてあるな」
ほこりもなくきれいに保たれていた石碑には異世界語で何か書かれてあった。
あくまで何か書かれてあるだけ。
何が書かれているかまでは、もちろん分かるはずがなかった。
「我が友、平穏と共にこの地で安らかに眠る……これ、誰かのお墓みたいですね」
「……おぉ! シオン、これ読めるのか!?」
「え、えぇ……普通に読めますけど……」
俺が石碑とにらめっこしていると、シオンが横から覗き込んできた。
一瞬、いい匂いがしたが……黙っておこう。
「それにしても墓か……」
何か引っ掛かる。
何か大切なことを忘れているような。
それはシオンも同じらしく、墓を見て首をかしげていた。
「なんや? 2人でぼーっとして」
俺たちが墓の前で頭を抱えているのが不思議に思ったのか、さっきまでふてくされていたアヤメがいつの間にか後ろに立っていた。
「いや、なんか大事ことを忘れてる気がするんだけど、思い出せなくて……」
「ふ~ん。まっ、ウチには関係あらへんけど……んっ? そういや、あんたらってここに何しに来たんや?」
「……えっ? 話さなかったけ?」
「ドラゴンに追いかけられた話は聞いたんやけど、そもそもここを目指してた理由は聞いとらんな。宝目当てやないんやったら、何しにこんなところまで来たんや?」
「「……あっ!?」」
俺とシオンは同時に声をあげる。
「思い出しました! お墓参りですよ!!」
「あと、武器の素材!」
アヤメと話していて、俺とシオンは引っ掛かりの正体に気づいた。
実際には1日も経っていないのに、半年近くここにいたような感覚のせいで、目的がすっぽりと頭から抜けてしまっていた。
「に、にぃさん。花は?」
「そんなん、とっくになくしてるよ! えっと……落ちた時からもうないよ!」
加治屋の老人から預かってきた花はないが、とりあえず俺たちは墓の前で手を合わせた。
シオンには、
「これでいいんでしょうか?」
と聞かれたが、
「仕方ねぇだろ……あのおっさんには適当に花を供えましたって言うしかないな」
もし、正直に話して約束が違うからと武器を作ってくれないなんて話になったら目も当てられない。
シオン的には嘘をつきたくないようだが、シオンみたいな子はポロっと本当のことを言っちゃうだろうから、あまり気にしないことにした。
「おし! 次は武器の素材集めだな」
「この辺にはないで」
俺はアヤメの言葉を聞いて足を止める。
「……どゆこと?」
「どゆことって、そのままの意味やろ。あんたが探しとる武器の素材、つまり結晶はこの辺にはないってことや……って、なんて顔してるんや」
ありえない。
あれだけ命懸けて戦ってたのに何の目的も果たせないなんて。
これ以上の骨折り損があっていいのだろうか?
いや、あるはずがない。
てか、あってたまるか。
「本当にないのか? ちゃんと探せば実はありました的な」
「う~ん。結晶はもっと酸素濃度が濃い場所にあるんやけど……」
すると、アヤメは何かを思い出したらしく、うなだれる俺の肩を叩いて耳元で何か囁いてきた。
「思い出したで。あんたが探しとる結晶やけど、ここに来る途中にあったで」
「何っ!? それは本当か?」
「あぁ、ウチが見間違えるわけないやろ」
「よしっ! だったら、今から取りに……」
俺は勢いよく立ち上がって来た道を戻ろうとするが、壁に塞がれているのを見てから、こっちからじゃ出られなくなってることを思い出した。
その様子を見て大爆笑のアヤメ。
「笑いすぎだぁ!」
俺は照れ隠しでツッコミを入れるが、同時に地上に戻る手段がないことに気づく。
ドラゴンとの戦いの衝撃で洞窟はいつ崩れてもおかしくない状態。
このまま仲良く生き埋めなんて、俺は死んでもなりたくなかった。
「しゃーない。アレ、使うか」
慌てふためく俺を見てアヤメは何かやろうとしていた。
「何ですか? アレって?」
シオンに聞かれたアヤメは髪をなびかせて答える。
「決まってるやろ? ウチの3つ目の銃や」
「3つ目!?」
ハンドガン、スナイパーライフルと来てアヤメはさらにもう1つ、銃を創造出来ると言う発表に、俺は驚きのあまり声が裏返ってしまった。
「なんや? そんなに驚くことか?」
「そ、そりゃあ、驚きますよ。1人の人間から3種類も武器を創造出来るなんて聞いたことありません。そうですよね! にぃさん!」
「えっ!? あ、あぁ、そうだな……」
とりあえずシオンに合わせたが、俺がそんなこと知ってるはずがない。
ただ、3種類も銃が使えてカッコいいなと思っただけだった。
「なぁ、3つ目の銃ってもしかして、メ、メ○・バズーカ・ランチャーとかだったりする?」
なんかこの世界ならあってもおかしくないよう気がしたが、
「なんやそれ?」
どうやら違うらしく一蹴されてしまった。
「ま、まさか!? デンドロ○ウムとか○ーティアとか……いや、どっちかと言ったらG○キャノンかアサ○トパックのほうか……」
「何言っとるか分からんけど、あんたが思ってるほど大層な物やないで」
そう言って、アヤメが創造した物は先にフックがついている小型の銃だった。
いわゆる、グラップルガンというやつだ。
「なんか……ショボいな」
「あんたが勝手に期待しすぎてただけやろ。言っとくけど、これ結構重宝しとるんやで」
トレジャーハンターをやってる以上、何度かこういう経験をしているのだろう。
確かにこれがあればここから脱出することが出来る。
つまり、
「1回地上に上がって、結晶を取りに洞窟に入る。そして、またここでグラップルを使えば全部丸く収まるってわけだな」
俺は完璧な計画を提案するが、アヤメはあからさまに嫌な顔をしていた。
「ウチは付き合わへんで。もう1周してるうちにここが崩れて生き埋めなんて嫌やもん」
アヤメも俺と同じことを思っていた。
その反面、シオンはどこまでもついていきます感を出していたが、結晶のある場所が分かるアヤメがついてこないのに2人で行くわけにも行かないので却下。
「でも、さすがに何か持って帰りたいよな」
俺は何か代わりになりそうな物がないか見渡す。
そして、目に入ったのはさっきまで死闘を繰り広げていたドラゴンの死体だった。
「そうだ! このドラゴンの皮で武器作れるんじゃないか?」
怪獣ハンターではないが、この手のモンスターの皮を剥ぎ取って武器にするのはよくある話だ。
ドラゴンの鱗を使えば、結晶なんかよりもいい武器が作れるはず。
俺はこれまたいい案が浮かんだと自信満々に提案するが、シオンとアヤメは何か言いたそうだった。
「にぃさん。残念ですけど、ドラゴンの鱗じゃ武器にはならないんですよ」
「えっ? そうなの?」
「いや、正確にはドラゴンの鱗から武器を作ったヤツがいないんや。純粋に素材には向いてないってわけやな」
「そうなのか……」
2人はそう言うが、俺はどうしても諦めきれなかった。
せっかくドラゴンを倒したのだ。
武器の素材にはならなくても、ついでに見せびらかす用に持っていきたかった。
「とりあえず、剥ぎ取っておこうぜ。シオン、この辺を砕いてくれ」
「えっ? でも……」
「ついでだよ。お土産みたいな物だ」
シオンは渋々承諾して、ドラゴンの鱗をミョルニールで叩く。
俺はその砕けた鱗を皮膚から引き剥がすと、とにかく持てるだけ脇に挟んだ。
「よしっ! あとは帰るだけだ。頼むぜ。アヤメ!」
ちょっときつい体勢だが、俺とシオンはアヤメにしがみつく。
これで後はグラップルガンを使って脱出するだけなのだが、
「なあぁぁぁぁぁぁぁんでウチがあんたら2人を引っ張り上げなきゃならんのや!? あと、さりでなく胸掴むな! 変態がぁぁぁぁぁぁ!!」
「触る胸ないじゃないですか、ペチャグハァァァァァァァ!!」
アヤメの怒りのパンチでぶっ飛ばされてしまった。
「なんで、1番背のちっちゃいウチに掴まるんや? そこは普通、あんたの役やろ?」
「待って! 俺が悪かったから、銃をこっちに向けないでくれ!」
「それから、ウチを侮辱したこと一生忘れへんからな?」
「そんな殺生な~」
結局、俺が撃つ羽目になった。
「これ本当に届くのか?」
グラップルガンを上に向けてもまったく届く気がしない。
「心配せんでもそのロープはウチの魔力で出来とるから魔力が切れるまでならどこまでも伸びるようになっとる。しっかり狙うんやで」
「……無理です」
しっかり狙えと言われても、どこをどう狙っていいか分からないので、一旦アヤメに返す。
すると、アヤメはすぐに狙いを定めてグラップルガンを撃った。
放たれたフックは重力を無視して飛んでいく。
ロープも明らかにグラップルガン内に収容出来る長さを超えていた。
「ほら。後は引き金引くだけや」
どこかに引っ掛かったのか、ロープがピンっと張った状態でアヤメはグラップルガンを渡してきた。
「コツはちょっと角度をつけることやな。あんま、真下でロープを引くと―――――」
俺はアヤメの説明を聞き終える引き金を引いた。