A-018:異世界の執念
「うわああああんっ!! シオオオオオンっ!?」
「も、もう大丈夫ですから、泣かないでください」
涙と鼻水を滝のように流しながら抱きついた俺をシオンは優しく受け止めて頭を撫でてくれた。
「お前が来てくれなくちゃ……俺は……俺は……ズビィーーーーッ!」
「あっ!? 服で鼻水を拭かないでくださいよ~」
俺は涙と鼻水を拭くとシオンの肩を借りて立ち上がる。
シオンには助けてもらった感謝の気持ちでいっぱいだが、同時にあまりにも良すぎる登場のタイミングに少し疑問を覚えていた。
「なぁ、シオン。お前、今までどこに……」
しかしその瞬間、シオンによって吹き飛とばされて瓦礫の中に埋もれていたドラゴンが起き上がった。
さすがにダメージをくらったらしく足元がおぼついていなかったが、俺たちの匂いを嗅いで位置を確かめると、まだ戦うつもりらしくドラゴンは少しずつ近づいてきた。
「にぃさん。その話はまたあとです。まずは、アイツをやっつけましょう」
「あ、あぁ。そうだな……」
シオンはミョルニールを強く握って戦う姿勢を見せるが、逆に俺はこれ以上戦う気にはなれなかった。
どう見ても瀕死のドラゴン。
動きは鈍くなり歩くことさえ満足に出来てない状態からしても、このまま放っておけば勝手に死ぬはず。
それでも、シオンは積極的にドラゴンを殺そうとしている。
クモを撃ったアヤメと言い、優しいシオンですら命を奪うことに躊躇してないことを間近で見て、俺は急に命のやりとりと言うものについていけなくなったのだ。
「シオン……逃げよう……放っておいてもアイツは勝手に死ぬから」
「何を言っているんですか!? ドラゴンの生命力は計り知れません。トドメはさせる内にさしておかないと、ぼくたちがころされちゃいますよ!」
シオンの言っていることは正しい。
頭では分かっているのだが、体がドラゴンを殺すことにしりごみしていた。
「うっ……!」
意識と肉体が噛み合わない感覚。
夢の中で味わった時は特に問題はなかったが、ちゃんとした意識の中で体験すると、まるで世界が大きく揺れているような感じになり強い吐き気に襲われた。
「に、にぃさん!?」
ドラゴンが迫ってきているのに座りこんだ俺を見て戸惑うシオン。
幸いにも嘔吐することはなかったが、体に力が入らず立ち上がることが出来ない。
それどころか吐き気はだんだんと増していく。
「にぃさん、しっかりしてください!」
シオンは心配して背中を擦ってくれるが症状がよくなることはなく、むしろ悪くなる一方だった。
(……イタイ……)
もうろうとする意識の中ではっきりと響き渡る声。
ここまで色々あって忘れていたが、俺はこの声を遺跡が崩れる前にも聞いていた。
(……イタイ……クルシイ……)
そう、これはドラゴンの声。
痛みに耐えらず助けを求めるドラゴンの悲痛な叫びが、いつの間にか俺の頭の中を埋め尽くしていった。
「シオンっ!」
「は、はい!?」
「あいつを倒せ……」
「えっ?」
「いいから! あいつを……一撃で倒せっ!!」
逃げるって言ったり倒せって言ったり、おかしいことを言っているは自分でも分かっている。
シオンはこんな変なやつの言うことを聞く必要はないのだ。
しかし、シオンは嫌な顔ひとつせず、
「分かりました」
それだけ言って、ドラゴンに向かって走り出した。
シオンが近づいてることに気づいたドラゴンは足を上げる。
このままじゃ、シオンが踏み潰される。
そう思った瞬間、俺の小指に硬い物体が触れた。
見ると、そこにあったのはなくしたと思っていた反衝石だった。
テンパって気づいてなかったが、意外にも近くに落ちていた。
「う、うりゃああああっ!」
俺は反衝石を拾うと、力を振り絞って立ち上がり、ドラゴンの足を目掛けて投げた。
やけくそ気味に投げた反衝石だったが、見事にドラゴンの足に当たり、ドラゴンはバランスを崩した。
その瞬間、シオンは地面を叩いて高く飛び上がった。
それはもう、米粒並みに小さくなるほど。
「はああああっ!!」
その位置でミョルニールを大きく振り上げたシオンはまるで落雷のような勢いでドラゴンの頭の上に落ちた。
ミョルニールの重さに重力加速度が加わって落ちてきたシオンの重さに耐えられなかったドラゴンは顔面だけが地面にめり込む形になった。
「何あれ……?」
俺やアヤメではまともにダメージを与えることができなかったドラゴンをたった二撃で倒してしまったシオン。
「俺の立ち位置って一体……」
どう考えてもシオンより弱い自分がにぃさんなんかと呼ばれていいいのか自問自答していると、笑顔のシオンが砂煙の中から大きく手を振って出てきた。
俺は微妙な顔をして手を振り返す。
気がつけば、吐き気もなくなり声も聞こえなくなっていた。
さすがにこれで死んだだろうと思った俺はドラゴンに向かって手を合わせた。
「ちゃんと倒せたでしょうか?」
「そうだな。もう充分だよ」
不安そうにドラゴンのことを見るシオンを安心させようと髪をくしゃくしゃしていると、
「なんや。もう終わっとるやないか」
魔力切れで眠っていたアヤメが歩いてきた。
「おう。もう大丈夫なのか?」
「まったく誰のせいやと思っとるんや……まぁ、かろうじてってとこやな……んっ?」
アヤメがシオンに気づいて目があったらしく、シオンは照れて俺の後ろに隠れてしまった。
「あぁ、あいつはアヤメ。しがないトレジャーハンターでお前とはぐれてからここまで一緒だったんだ」
「シオンやったけ? よろしゅうな」
「は、はい!」
互いに握手しあうシオンとアヤメ。
すると、アヤメが興味深かそうにシオンの顔をのぞきこんだ。
「あんた……ほんまについとるんか?」
「へっ……?」
「やめろよ! シオンは男だって話しただろ」
「いや、そう言うてもな……え~」
アヤメにはシオンが男の娘だと言う話はしていたが、想像していた以上だったらしく言葉を失っていた。
この反応を見る限り、俺の感性がおかしいわけではなくシオンが特別なだけらしい。
少しほっとした。
「まさか、こんな子がいるなんてな」
「信じられないだろ。俺だって今まで出会った女の子の中で1番かわいいと思ってる」
「……ウチとどっちがかわいい?」
「シオン!!」
即答した瞬間、アヤメのパンチがきれいにみぞおちに飛んできて、俺は膝から崩れた。
そのうちにアヤメはシオンの肩を掴んで、何やらいらんことを吹き込んでいた。
「ええか? 付き合う人はよーーーーーーーく考えたほうがええで」
「は、はぁ……」
アヤメの迫力に負けたシオンは困った顔をして俺のほうを見てくる。
シオンが助けを求めてきているのに無視するわけにはいかないのでアヤメをシオンから引き離そうと立ち上がるが、突然、洞窟内が大きく揺れだした。
「……ここも限界やな。あんま長居出来へんで」
アヤメの言うとおり、洞窟は先の戦いの影響で崩れかけていたが、急に揺れだした理由は実はもう1つあった。
「に、にぃさん……あれ……」
シオンは声を震わせながら、ある方向を指さす。
俺も気になってその方に視線を向けると、ドラゴンの顔が埋まった部分の地面が特に大きく揺れていた。
「ま、まさか……」
呟いた瞬間、地面が大きく盛り上がり、中から埋まっていたドラゴンの顔が飛び出してきた。
すなわち、ドラゴンはまだ生きていたのだ。
再び戦う姿勢をとるシオンとアヤメ。
しかし、俺はそんな2人の間を通ってゆっくりドラゴンに近寄っていった。
「にぃさんっ!」
「何、考えとるんや!?」
2人は俺を止めようと声をかけてくるが、俺は歩くのをやめない。
確信はなかった。
だけど、自信はあった。
声が聞こえる以上、ドラゴンは生きている。
人間と何も変わらない。
目が見えて、匂いに敏感で、立派な耳がついている。
だから、俺には自信があった。
「すげーな。お前」
俺が目の前に立っても微動だにしないドラゴン。
戦うどころか動くことさえ出来ないくらい弱っているのにも関わらず、まだ生きようとしているのだ。
俺はそんなドラゴンの生きることへの執念に感心を覚えながらも同時に悲しくもなった。
たから、
「だから……もうおやすみ」
俺はドラゴンに向けて指を鳴らした。