A-017:異世界の魔力切れ
「どうすんだよ、これ……」
翼をなくし目も見えてないにも関わらず、体を奥底から震わせる咆哮が轟くところを見る限り、まだまだ元気いっぱいのドラゴンは突然周りの匂いを嗅ぎ始める。
それにより俺とアヤメの動きは自然と止まるが、ドラゴンはアヤメの匂いを嗅ぎつけたらしく、周りを一掃するようにしっぽを振り回した。
「くっ……!?」
とっさに後ろに下がるアヤメだったが、しっぽを振り回した時の風圧には耐えることが出来ず、勢いよく壁に叩きつけられてしまった。
「アヤメっ!?」
「大丈夫や……やけど、まさかホントにドラゴンが降ってくるなんてな……」
体をふらつかせながら立ち上がったアヤメはまだこの状況を信じられてない様子だった。
俺だって信じたくない。
こんな逃げ場のないところでドラゴンと会ってしまった以上、戦うしかないのだから。
「……いや、逃げ道ならある!」
ドラゴンの大きさならこれまで通ってきた道に入れないだろうと考えた俺はとっさに後ろを振り返って逃げようとするが、すでに壁が上がっていて戻れないようになっていた。
「残念やけど、その壁は一方通行や。こっちからじゃ、開けられんようになっとる」
「んじゃあ、どうすんだよっ!?」
「そんなの……戦うしかないやろ」
そう言って、臨戦態勢に入ったアヤメはハンドガンを創造し、ドラゴンに向かって数発撃ち込む。
しかし、強靭な鱗に覆われたドラゴンにはまったく効かず、全て弾かれてしまった。
「いっ!? 硬すぎやろ。全然、効いてないやん!」
むしろ、今の攻撃のせいで位置がばれてしまったらしく、ドラゴンは俺たちのほうに向かって炎を吐いてきた。
「あかんっ! 避けるんや!」
「えっ?……うわっ!? あちぃ!」
アヤメは次の攻撃を読んですばやく横にかわすが、そんな力を持ってない俺はギリギリで炎をよけてしまったため、ケツに火が移ってしまった。
「バカッ! こんな時に何やっとるんや!?」
「火ぃ消して! 火ぃ!」
「その辺で擦り合わせてたらええやろ!」
俺はアヤメに言われた通り、壁にケツを擦り合わせて火を消すが、残念なことにその部分は真っ黒に焦げてしまっていた。
「あぁ……今日買ったばかりなのに……」
「そんなこと、言っとる場合じゃないやろ。もう、どうすることも出来んで」
こちらにはあの鱗を突き破れるような攻撃はない。
せめて、何か弱点はないかとドラゴンの体を細かく観察するが、そもそもドラゴンについての知識がまったくない俺には分かるはずがなかった。
「んっ? 今のって……アヤメっ!」
「なんや?」
「あいつの右わき腹らへん、あそこだけ鱗が砕けてる!」
「ほんまか!?」
一瞬だけ見えた弱点。
その部分だけは、まるで強い衝撃を受けたかのように鱗が砕けていて皮膚が丸見えになっていた。
さすがの俺でも分かる。
そこが弱点であるというくらい。
「オーケーや。とりあえず、これ持っとき」
そう言ってアヤメは創造したハンドガンを投げて渡してきた。
「お前、一気に2つも創造れるのか?」
「んっ? あぁ……出来るで。消費する魔力は2倍になるけどな。せやから、無駄撃ちせんでくれよ」
「無理無理無理無理っ! 銃なんて使ったことないし初めて触るんだぞ」
「構えて狙って引き金を引く。それだけや。行くでっ!」
「んな、無茶な……」
L2でエイムしてR2撃つことしかしたことない俺にとって、アヤメが言っていたことがどれだけ大変なことか。
しかし、こうなった以上戦わないわけにはいかない。
俺は覚悟を決めて、アヤメが回り込んだ左とは逆にドラゴンの右側に向かって走り出した。
「構えて狙って引き金を引く。構えて狙って引き金を引く……」
ぶつぶつ言いながらドラゴンの右手に回り込んだ俺は弱点の部分を狙うが、完全に手が震えてしまい照準が定まらない。
それでもとりあえず引き金を引くが、発砲音にびびって目を閉じてしまったせいで銃口はまったく違うほうを向いてしまい、弾はドラゴンの顔に当たってしまった。
銃初心者がやる典型的なミス。
これによって、今度は俺の位置を把握したドラゴンが後ろから追いかけてきた。
「うわああああっ! ごめんなさああああい!!」
俺は喰われまいと必死になってドラゴンの周りを駆け回る。
「ナイスや。ショータ」
どうやらアヤメは最初から俺を囮にするつもりだったらしく、離れた場所からドラゴンの皮膚が剥き出しになった部分を狙っていた。
そして次の瞬間、スナイパーライフルから放たれた弾は見事そこに当たり、ドラゴンの肉を裂いていった。
しかし、ドラゴンは苦痛に満ちた声をあげるだけで倒れることはなく、方向転換してアヤメのほうに突進していった。
「あぶないっ!」
ドラゴンが突進してくるのにも関わらずただ棒立ちしているアヤメ。
俺は心配になって声をかけるが、それもアヤメの作戦だったらしく、ぶつかるギリギリまで引きつけてから避けてドラゴンを壁に激突させた。
「まったくすげぇこと考えるな。あやうく潰されるところだったぞ」
「ん~? なんとなく上手くいく気はしてたで」
「……勘か?」
「勘や」
アヤメは誇らしげに髪をなびかせる。
一方で、壁に頭がめり込んでいるドラゴンはピクリとも動かない。
最後はあっけなかったがようやく倒すことが出来たんだと俺はホッとするが、アヤメはどこか浮かない表情をしていた。
「たぶん……まだ生きとるで」
「えっ? まじか……」
「あれくらいでやられるほど、ドラゴンはやわな存在やない。弾も皮膚の表面で止まっとるしな。致命傷にはなってへんやろ」
「じゃあ、どうすんだよ?」
「これを使うしかないやろな」
そう言ってアヤメは先の尖った1発の銃弾を見せてきた。
「いわゆる貫通弾ってやつや。まぁ、これはこれで別に魔力を消費するからあまり使いたくなかったんやけど……しゃあないか」
アヤメが弾を詰めていると、ドラゴンはのっそり起き上がって、再び耳が痛くなる咆哮をしてきた。
「ほな。囮たのんだで」
「なっ!? 卑怯だぞ!!」
「ウチが攻撃するんやから囮くらいやってくれてもええやろ」
「ぐぬぬ……」
俺が反論出来ないでいる内に、アヤメは遠くでうつむせになって狙撃の準備を始める。
「……仕方ねぇ。囮でも何でもやってやるぜ!」
俺は気合いを入れ直してドラゴンのほうを見るが、ドラゴンは俺のことを無視して、一直線にアヤメのほうに向かっていった。
ドラゴンも俺よりアヤメのほうが危険だと学習したのだろう。
予想外の動きにアヤメも慌てて立ち上がって逃げ出す。
「こんにゃろ!」
俺は気を引こうと必死になって撃つが、ドラゴンは一切見向きもせずアヤメを追い続ける。
それでも俺は銃を打ち続けたが、突然手元からハンドガンがポンッと音を立てて消えてなくなってしまった。
それと同時に倒れ込むアヤメ。
この時、俺は直感した。
「あっ、魔力切れ……」
俺はアヤメを助けようと走り出すが、すぐ後ろまで迫っていたドラゴンに追いつくはずもなく、ドラゴンの巨大な足が小柄なアヤメを踏みつけようと振り下ろされた。
しかし、ドラゴンの足はアヤメを踏みつけることなく何かに弾かれると、ドラゴンはそのままバランスを崩して倒れてくれた。
俺はその隙をついてアヤメの元に駆け寄って担ぎ上げると、全力でドラゴンから距離を取った。
「無駄撃ち……するな……ゆうたやん……」
「わりぃ。ちょっとテンパってた……どれくらいで元に戻る?」
「10分……あれば……戦えるくらいには……なるやろ……」
さっきまであんなに元気だったアヤメが魔力切れを起こしたことで息切れが激しくなって、話すことすらつらそうにしていた。
それどころか、起きてることすらつらいのだろう。
何回もまばたきを繰り返して眠らないように頑張っていた。
「とりあえず……その辺に……おろしてや……」
ドラゴンから離れた物陰にアヤメをおろす。
「10分って言ってたよな。ここで隠れきれるか?」
「無理やろな……匂いを覚えられた以上……すぐにばれる……」
「じゃあ、走り回るしか」
「それじゃあ……休まらんやろ……だから……これの出番や……」
アヤメはあのウエストポーチから、また新しい石を取り出した。
反響石とは違って水色の石。
それを地面に叩きつけたアヤメは肩の力を抜いて、後ろの壁にもたれかかった。
「反空石……一定時間、特殊な空間を作り上げるんや……外から中は見えんし……匂いも出えへん……レア物やからこれ1個しかなかったんやけど……」
「じゃあ、ずっとここにいればいいじゃん!」
「アホ……一気に2人の匂いが消えたら、あのドラゴンは見境なく暴れるやろ……そんなことになったら……ここが崩れてみんな下敷きや……だから……そうならんようにあんたは囮をやるんや……」
「やっぱり? だと思ったよ」
「これ……持ってき……」
再びウエストポーチから石を取り出したアヤメはそれを俺に渡してきた。
赤色の石と藍色の石。
「反魔石と反衝石や……1回だけ……魔法攻撃と物理攻撃を弾いてくれる……はぁ……はぁ……もう……無理みたいや……あとは頼んだで……」
そう言って眠ってしまうアヤメ。
「あぁ……任せろ」
俺は2つの石を握りしめて歩きだす。
外から見えないという話が気になって少し歩いから後ろを振り向いてみると、確かにそこにアヤメの姿はなかった。
よく見ると空間がねじれているようだが特に問題はない。
俺がドラゴンの気を引いて逃げ回ればいいのだから。
「……それじゃダメだよな」
転生してからずっと俺は逃げていた。
オオカミの時も、城に忍び込んだ時も、そして今回も。
この辺でカッコつけておかないといけない気がした俺は頬を叩いて気合いをいれる。
「どうせ、死んでも生き返るんだ。死ぬ気の全力でいかせてもらうぜ」
三度ドラゴンと対面したが、ドラゴンはアヤメだけを探しているらしく、俺が近づいても完全無視。
さすがの俺もドラゴンの舐めきった態度に完全に頭にきていた。
「いいさ。お前がその気なら、むしろやりやすいってもんだ!」
さっきドラゴンが壁にぶつかった時に落ちたかけらの中から、先の尖った物を選んだ俺はそれを持ってドラゴンの弱点目掛けて突っ込んだ。
「うおおおおおっ!!」
反魔石と反衝石があるからどんな攻撃が来ても大丈夫だと思っていた。
しかし、ドラゴンはそんな俺の決死の覚悟すら嘲笑うように、ただの鼻息だけで俺を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた俺は後転しまくって壁に激突する。
頭が割れるような衝撃に泣きそうになっていると、トドメをさしに来たドラゴンが目の前に立っていた。
「ちょっちょちょちょちょちょ……タイムっ! ちょっとタイムっ!!」
手を振って必死に訴えるが、思いは届かずゆっくり足を上げていくドラゴン。
反衝石は吹き飛ばされた時になくしてしまったらしく、手元からなくなっていた。
潰されても生き返えられるかな?
完全に諦めモードになった俺は抗う気力すらなくしていた。
ドラゴンはそんな俺に躊躇なく足を下ろしてきた。
「くそおおおおっ!!」
その瞬間、突然脇から飛び込んできた影が勢いよくドラゴンにぶつかった。
その時の衝撃に耐えることが出来なかったドラゴンは一瞬宙に浮くと、飛び込んできた影と同じスピードで反対の壁に吹き飛んでいった。
影が飛び込んできたりドラゴンが吹き飛んだりと、驚くような光景が目の前で繰り広げられていたが、もっとも俺が衝撃を受けたのは影の正体だった。
アヤメよりは小さくないが少し小柄な体型。
それ以上に大きなハンマー。
そして、女の子のようなかわいい顔。
「大丈夫ですか? にぃさんっ!?」
「シオオオオオンッ!?」