A-013:異世界の遺跡
「な、ななななっ!?」
緑色の鱗に迫力のある顔、鋭い牙を持ち俺たちの3倍以上大きいであろうその姿は、どこからどう見ても架空の生物の代表格“ドラゴン”だった。至るところに斬られたような傷跡があり片方の翼が無くなっていたが、その迫力に衰えは見えず、ドラゴンの咆哮が轟く中、俺とシオンはびびってその場から動けなくなってしまった。
「に、逃げるぞ、シオンっ!!」
「ちょっ、待って」
震える体を何とか自制し、俺はシオンの腕を掴むと森に向かって全力で走り出した。武器がなければ話もまだ始まったばかりで遭遇したラスボス級の魔物。Lv1の冒険者がそんなのと戦えるはずがない。幸いドラゴンは両目を斬られていて周りが見えていないようで、首を動かしても俺とシオンの存在に気づいていない様子だった。これなら森に隠れてやり過ごすことが出来る。この時まではそう確信していた。しかし、何かをなぎ倒す音と地震のような振動が後ろから少しずつ迫っていることに気がついた俺は慌てて後ろを確認する。すると、目が見えてないはずのドラゴンが木をなぎ倒しながら一直線に俺たちのことを追いかけてきていた。
「にぃさん! あそこ!!」
シオンが指差した先を見ると道はそこで途切れていて、その奥には何やら拓けている土地のようなものがあった。
「あれが遺跡だな。よしっ!」
俺は残った力を振り絞ってスピードを上げて走る。そして、ドラゴンに追いつかれるギリギリでけもの道を抜けると、そこには予想通りおじさんから聞いていた遺跡があった。見るからに年代物の遺跡で岩や柱は崩れていて、至るところに苔が生えていたり大木が倒れていた。本当ならもっとゆっくり見学するつもりだったが、すぐ後ろにはドラゴンが迫ってきている以上そんな余裕はない。俺はシオンの手を引っ張って近くに倒れている太い柱の後ろに身を隠した。それと同時にドラゴンも遺跡にたどり着いたが、隠れるのがギリギリ間に合いドラゴンは俺たちを見失っていた。
「あの、にぃさん……」
「静かに! このままやり過ごすぞ」
俺はシオンに制止させてドラゴンの様子を見る。やはりドラゴンは目が見えてないようで周りを見渡して俺たちを探しているようだった。しかし、ドラゴンは俺たちを追いかけてきた。どうして見えない状態で追うことが出来るのか考えいると、シオンが俺の服の裾を引っ張って何かを伝えようとしてきた。
「あの……にぃさんは知らないようですが、ドラゴンは視覚だけではなく嗅覚も優れているんです。だから、1度匂いを覚えられると……」
突然言葉を失うシオン。まるで、夢も希望もないこの世の終わりみたいな顔をするシオンの視線は俺の後ろに向けられていた。なんとなく予想はついていたが、勢いよく後ろを振り返った俺の目の前には、さっきまで俺とシオンを探していたはずのドラゴンの顔があと少しでくっついちゃうくらいまで近い距離にあった。
「ヤバい! 逃げるぞ!!」
(……イタイ……クルシイ……)
「……えっ?」
頭の中で響き渡るドスのきいた声に俺は一瞬足を止める。すると、ドラゴンは突然叫びだしその場で暴れるように足踏みを始めた。地面に足がつくたびにおこる地震のような振動に俺たちは身動きがとれなくなる。ここからどうやって逃げようか、柱に捕まって必死に頭を回転させていると、振動に耐えらなくなったのか地面に大きなひびが走り出した。
「なんか……まずくないか、これ!?」
ドラゴンが暴れるにつれだんだんと広がっていくひび。ついに遺跡全体に行き渡ったその瞬間、遺跡が崩れると同時に地面が抜け、俺とシオン、そしてドラゴンは全員仲良く空いた穴の中に落ちていった。
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「……何とか生きてるみたいだな」
どれくらい気絶していただろうか、まず最初に目を覚ました俺の視界に飛び込んできたのは遠くに広がる少し赤みがかった空だった。それがあるだけで死んでないと確信できるとはいい時代になったものだ。
「イテテ……どんくらい落ちたんだ?」
俺は頭を押さえながら上を見上げて地上に出れるか確認するが、周りに散らばっている岩や柱を見ても高さ的に全然届いてない。上からロープでも垂らしてもらわない限り、ここから登って地上に出ることは出来ないという訳だ。
「あれ? シオン? シオーーーーン!!」
シオンが近くいないことに気づいた俺は名前を呼んでみるが、特に返事もなく辺りはすぐに静寂に包まれた。姿が見えないシオンの代わりに俺の隣にいたのは、さっきまで暴れていたドラゴンだった。死んでいるのか気絶しているだけなのか、硬い皮膚に覆われながらもプニプニする体を触ったり蹴ったりするが、ドラゴンはピクリとも動かなかった。
「さて、どうしたものか」
動かないドラゴンは放っておくことにして、これからどうしようか考えていると、右手に奥に続くてあろう道の入り口があるのを見つけた。俺は進むべきかここにいるべきか悩むが、ここにいて目覚めたドラゴンに襲われる可能性やシオンを探すことを考えてこの道を進むことにした。しかし、先は真っ暗で一寸先は闇状態、他の主人公ならここでかっこよく木の棒に火をつけて松明を作って進むだろうが、あいにく俺はそんな技術を持ち合わせていない。仕方なく壁を伝っていくことにしたが、すぐに光が届かなくなり、暗闇の中を腰を落としながら前に何もないか手探りで進むしかなかった。そして、ある程度進んだ所でついに壁らしきものにぶつかった。押しても引いてもびくともしない壁にどうすることも出来ず、俺は壁にもたれかかる。すると、壁が急に揺れだし、地面の中に沈んでいった。まったく予想していなかった出来事に俺はどうすることも出来ず、バランスを崩し地面におもいっきり後頭部をぶつけてしまった。
「イテェェェェ……ってなんだ、ここは明るいじゃん」
体を起こして周りを見渡すと道はまだまだ続いていたが、さっきまでとは打って変わって等間隔に設置された松明にきちんと火が灯されていた。明るければこっちのもの。これでビビって進むことはなくなったが、どうやら物事はそこまで上手くいかないらしい。明るい道になってからと言うもの、コウモリみたいなモンスターの大群に襲われたりヒルみたいな生物が服の中に入ってきたりと、正直真っ暗なほうが安全だったんじゃないかと思えるような目にあった。さらに、どこからか落ちてきた巨大な岩に追われると言うダンジョン物において定番中の定番のハプニングにまで襲われる始末。間一髪で岩を避けた俺はフラフラになりながらも狭い道を抜け、まるで中ボスでも出てくるような雰囲気を醸し出す少し広い空間に出た。
「疲れた……もう動けん……」
仰向けで大の字になった俺はつい弱音を漏らしてしまう。と言っても、つい2、3日前までただの高校生だった人間が出来ることなんてたかが知れている。むしろそれ以上のことをやっている他の奴らのほうがおかしいのだ。
「ちくしょおおおお! なんで俺ばっかりこんな目にあうんだよおおおお!!」
ついに不満が爆発した俺は子供がだだをこねる時のようにじたばたする。すると、本音を叫んだおかげか思った以上に心がスッキリした。
「おし、そろそろ行くか」
いい気分転換のおかげで少し元気を取り戻した俺は立ち上がろうとするが、その瞬間何かが天井で動く気配を感じた。嫌な予感はしていた。しかし、気のせいだろうと思い、確認のため天井を見上げると、そこには巨大なクモがいて運がいいことに目まであってしまった。
「あっ……ハハ……」
恐怖で言葉を失った俺は気づかれないようにゆっくりこの場から離れようをするが、巨大グモはそんな俺に向かってものすごい速さで糸を吐いてきた。
「ヌオオオオ! あぶねぇ……」
俺は巨大グモが次々と吐いてくる糸を紙一重で避けていく。しかし、気がつけば壁際まで追い詰められていて逃げ場がない状態になっていた。
「ヤベッ!?」
壁際に誘われていたことに気づいた時には時すでに遅く、壁に固定される形で糸に捕まってしまった。俺は何とか逃げようとするが異様に粘着力のある糸のせいでまったく身動きが取れない。さらに、それを見た巨大グモが天井から落ちてきて、口を動かしながらじわじわ近づいてきた。
「やめろおおおおっ! 俺なんか食っても旨くないぞおおおお!!」
必死の叫びも虚しく、目の前で大きく口をあける巨大グモ。食われた場合おそらく体は残らない。そうなれば、いくら神さまだって蘇生させることは不可能だろう。今度こそ終わりだ、全てを諦めて俺は目を閉じる。しかし、巨大グモが俺を食べられることはなく、代わりに鈍い音と一緒に生ぬるい液体が顔にかかってきた。何が起きたのか不思議に思い目を開くと、目の前にあったはずの巨大グモの頭がなくなっていて、体も地面の上で力なく痙攣していた。そして、巨大グモの体が完全に動かなくなると、拘束していた糸も蒸発するようになくなり、俺は自由に動くことが出来るようになった。
「何とか間に合ったようやな」
「……へっ?」
目の前の状況に理解が追いつかず呆然としていると、俺が来た道とは別の方向から銃を肩にかけた少女が金髪ロングヘアーをなびかせながら近づいてきて、俺に向かって手を差し伸べてきた。