A-011:異世界の依頼
「すごい! まるで新品見たいです」
シオンはミョルニールを手に取ると、嬉しそうに振り回し始めた。老人が外した布の中から出てきたのは1本のハンマーだった。シオン曰くそれがミョルニールだったらしく、手に取るなり嬉し泣きをして再開を喜んでいた。
「あれって重くないのか?」
長さだけで見るならシオンの身長よりも長いミョルニール。それだけの長さがあればそれなりに重いはずだが、シオンは軽々と振り回していた。
「何か気になることでもあるのかい?」
俺がシオンを見ていると老人が隣に来て聞いてきた。俺には分からないが、シオンの喜びようを見るにミォルニルは相当良く修理されたのだろう。しかし、こんなフラフラの老人がそんな事出来るとは到底思えなかった。本当にこの世界は信じられないことばかりである。
「ジョージのあの武器だが、なかなか珍しい素材で作られていてな」
シオンとジョージをどうやったら間違えるか分からないが、どうせ注意しても直らないであろうからスルーして俺は老人の話に耳を傾ける。
「遠くのへんぴな山奥で数十年に数回だけ手に入る鉱石が使われているんだが、君らそんな所まで行ってきたのか?」
「さぁ? どうなんでしょうね……」
そんな事聞かれても昨日会ったばかりのシオンがどんな旅をしていたかなんて分かるはずがない。しかし、シオンの話を聞くかぎり1人でそんな危険な場所に行く勇気があるとは思えなかった。
「そうだ。君の武器もついでに修理してやろう」
「……あっ!」
老人に言われて俺は自分の武器を持っていないことにいまさら気づいた。
「んっ? どうかしたのか?」
顔を押さえて肩を落とす俺を見て、老人は心配そうに声をかけてくる。
「いえ。俺、ちょっと武器を持ってなくて……」
俺が渋々答えると、
「おぉ、それなら」
と西の方を指差す老人。
「この先、町を出て少し進んだ所にある崩れた遺跡。あそこなら武器を作るのに十分なほどの鉱石があるはずだ。もし、そこから鉱石を持ってくるならお前さんの武器を作ってやるぞ」
そう言った老人は明らかに何か企んでるような目をしていた。
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「さぁ! 張り切って行きますよ!」
町の門を出てすぐの所。シオンは軽く屈伸すると、おそらく遺跡がある方に向かって指差す。あの後、武器を持たない俺が一人で向かうのは危険だと言う話になり、結局シオンと一緒に行くことになった。しかし、シオンは俺の護衛よりも新しいミョルニールを試したいという気持ちが勝っているのだろう。俺でも分かるくらいシオンの目はヤる気に満ちていた。
「あれ? にぃさん、その袋どうしたんですか?」
出発すると同時にシオンは俺が持っている袋に気づいて聞いてくる。
「んっ? あぁ、これには花が入ってるんだ。あのおっさんの頼み事でな」
遺跡の話を聞いた後、俺は老人に花束を渡されていた。何でも友人との約束だかで、毎年この時期に遺跡に供えるようにしていたらしい。しかし、歳とった老人にはきついらしく、代わりに供えてくるように頼まれていたのだ。
「そうだったんですか。えへへ」
一通りの流れを説明すると、シオンはなぜか嬉しそうに笑った。
「なんだよ。気持ち悪いな」
「いえ。やっぱり、にぃさんは優しいな~って思って。僕の目に狂いはありませんでした」
「なっ! わ、わかったから早く行くぞ」
「はぁ~い」
俺は照れを隠すためにきつめに言葉をかけたが、内心では今すぐにでもシオンを抱きしめたい欲求に駆られていた。それほどにまでシオンは可愛かったのだ。しかし、シオンは男だ。その事実がこの気持ちの行き場を無くしてしまい俺を苦しめていた。
「そう言えば気になったんですけど、にぃさんは武器も持たず、どうやってここまで来たんですか?」
「えっ?」
妄想に浸っていた俺はシオンからの直球すぎる質問に言葉を失う。俺は思考をフル回転してどう答えるか考えるが、特に良い案も思いつかず、その場に立ち尽くしてしまった。すると、そんな俺を見て空気を読んだのかはたまた天然か、シオンは手を叩いて、
「分かりました! にぃさんはきっと、ものすごい魔法が使えるから武器を持たずここまで来れたんですね!!」
これだと言わんばかりの満面の笑み。
実際はこの町まで商人のおじさんに連れてきてもらっただけだが、それでは答えとしてシオンは満足しないだろうから、とりあえずそういうことにすることにした。
「あれ? 違うんですか?」
「あ……あぁ、そうだよ! 俺はすっごい魔法が使えるんだ! それでここまで武器を持たずに来ることができたんだ。アハハハ」
内心焦りながらも胸を張って答えると、シオンは疑うことなく、むしろ今まで以上に尊敬の眼差しで俺を見つめてきた。そんなシオンの様子を見て、何とか誤魔化すことが出来んだとほっと胸を撫で下ろすがシオンのターンはまだ続いていた。
「あの……その魔法、今すぐ出来ませんか? ぼく、魔力が弱くて魔法が使えないんでそのすっごい魔法を見てみたいんですが……ダメですか?」
そう言ってちょいうる上目遣いで聞いてくるシオン。そのかわいさのあまり男だと分かっていながらも、俺はつい固まってしまった。そして、頭の中ではそのかわいさに負けシオンを押し倒す映像が流れ出した。
「ど……どうしたんですか。にぃさん?」
「ハッ!」
シオンに声をかけられ俺は正気を取り戻す。慌ててシオンのことを見るが特に変わった様子はない。そのため、あれが妄想だったことに気づき安心するが、なぜか同時に深いため息も出た。
「あの……それで魔法のほうは?」
シオンはよっぽど魔法のことが気になるらしいが、俺にはそんな力はない。あるとしたら催眠ぐらいだが、人数的に今シオンに見せることは出来ない。俺はそのことを素直に話し、この話をここで切ることにした。
「俺の魔法は条件が厳しくてな。どうしても見たいなら、せめてもう一人誰かいないとダメなんだ」
「あっ、そうなんですか……じゃあ、せめて“コード”を聞いてもいいですか?」
「へっ? コード?」
なかなか食い下がらないシオンから出た謎のワードに俺は再び言葉に詰まる。
「あぁ、コードな……コード……」
俺は知っている風な態度を取るが、そんな異世界ワードを知っているはずがなかった。指鳴らすだけの技にコードなんてあるはずがないだろと思いながら、とりあえずこれからのことも考えてコードについて見栄をはらず正直に聞くことにした。
「実はな……この魔法は、俺に物心ついた頃から使える不思議な魔法なんだ。それに、まるで自分の体の一部のようにこれを使ってきたから、今までコードとかあまり気にしていなかったんだ。だからシオン。お前にコードを教えることは出来ない。だけどっ! 俺は、このままじゃダメだと思う。それに、ここでこの話になったのは偶然だとは思えないんだ。だからシオン! 俺にコードを……魔法を教えてくれ!!」
「にぃさん……いいですよ、分かりました!!」
俺の迫真の演技による申し出に対して、シオンは即答で承諾してくれる。
「まじで? いいの?」
「もちろんですよ。にぃさんに頼まれて、ぼくが断るわけないじゃないですか」
「うわっ! まぶし!」
心が穢れきった俺には屈託のないシオンの笑顔はまぶしすぎて直視することが出来なかった。しかし、同時にその人の良さが俺にはとても不安に思えた。こういういい子を狙う悪い奴らが多い今の時代、この無垢な笑顔がずっと見られるように守ってみせると俺は心に決めた。
「さぁさぁ、にぃさんそこに座ってください」
いつの間にか草むらに腰をかけていたシオンに言われ、俺も座り込む。すると、近くに落ちていた木の枝を俺に突きつけてきた。
「まず、これだけは忘れないでください。魔法は奇跡じゃありません。魔力と原子の結合によっておこる現象なのです!」