A-001:異世界の神さま Ⅰ
異世界転生。それは、年頃の少年なら誰もが一度は夢見たことがあるものだろう。えっ? そんなことない? 知るかそんな事!!
とにかく、これはそんな夢物語を実際に体験にした俺が何を見て、何を感じてきたかを記した記録である。他人に見せるつもりはないが、もしこれを見つけてしまったらこの本をそのまま燃やしてほしい。なぜなら、こんなの書いているのがバレたら完璧にバカにされるだからだ。じゃあ、なんで日記を書いたかって? そういう気分だったんだよ、悪かったな!!
……まぁ、どうしても気になるなら勝手に読んでいけば良いさ。でも、これだけは気をつけてほしい。これは、俺たちの物語だ。他の誰でもない、俺と……俺の仲間たちが世界を旅し、戦い、悩み、決断した俺たちの物語だと言うことだ。もちろん、そこにあなたはいない。それでもいいならこのまま最初の話を始めよう。それは、珍しく都会で雪が積もった受験日当日。それが、俺の……風間翔太の物語の始まりの日だった。
「やばい……時間がないっ!」
大学受験当日、俺は人生でこれほどまでにないほど息を切らして走っていた。腕時計を見ると試験開始まで一時間をきっている。何故こんなギリギリになったのか。それもこれも、先日、数十年ぶりに観測された豪雪の影響で道路は雪で埋もれ、電車すらも線路に雪が積もり運転見合せが続いているせいである。
「何でこうなるんだよぉぉぉぉぉぉぉっ!」
そんな悲痛な叫びも冬空に溶けていく中、俺はひたすら受験会場に向かっていた。幸いにも頭の中に詰め込んできた英単語や数式はまだその場に留まってくれている。俺は本当の意味で時間との勝負をしていた。この時、頭の中は受験のことでいっぱいになり、周りの状況なんてほとんど見えていなかった。それでも、前を歩くおばあさんの背中を見ながら俺は歩道橋の階段を降りようとする。しかし次の瞬間、突然おばあさんの背中は見えなくなると、俺の目の前にはどこまでも広がる青い空とそこを優雅に飛ぶ数匹の鳥たちが現れた。
「あっ……」
全てが一瞬のこと過ぎて何が起きたか理解することが出来なかったが、走馬灯のようなものが頭を過った瞬間、俺は完全に死を覚悟した。そして、さっきまで広がっていた青空も漆黒の暗闇に塗りつぶされてしまった。
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「……うむ。なるほどな……こりゃなんと言うか……」
漆黒の暗闇の中、途切れ途切れだが確かに聞こえる誰かの声。それによって、俺の意識を取り戻した。そして、聞き覚えのない声の正体を確かめるべく俺はゆっくりと目を開く。
「ドンマイ♪」
目を開いた俺の目の前には、白髭の延びきった知らないおじさんの顔がドアップで映し出された。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
あまりにも突然すぎる恐怖映像に俺はすかさず後退りするが、後ろはすぐ行き止まりになっていたためおもいっきり頭をぶつけた。
「なんだ? どうなってんだ?」
何が起きたか分からず慌てて後ろを確かめると、目には見えないが触れることは出来る透明な壁が一面に広がっていた。辺りを見渡しても、あるのは例の謎のおじさんとドラマなんかでよく見る社長が使いそうな立派な机とその上に置いてあるブラウン管のテレビ。そして、四方八方に先が見えないくらい広がる雲の床。俺は少しずつ、自分が置かれた状況を理解し始めていた。
「何を驚いてるんじゃ? ドンマイは、落ち込んでても元気になる魔法の日本語じゃぞ」
「いきなり何いってんのっ!?」
どっかのイギリス人少女と同じボケをするおじさんについ声を荒らげてしまったが、俺はすぐ冷静になり話を切り替える。
「あ、あんたあれだろ? 転生物で言うとこの神さまだろ?」
「何とっ!? よく分かったな。さてはお主さん、そういう力を持つ特別な人間なのじゃな?」
「そういう力って何ですか?」
予想以上にバカな発言をする本物の神さまにさすがの俺も呆れ返る。しかし、受験前で忙しい時にいつまでもこんな所で油を売っていたくないので、1人でぶつぶつ呟いている神さまに話しかける。
「なぁ、神さま。知ってると思うけど、俺は受験会場に向かってる途中で頭打って死んじゃったんだ。始まるまで時間もないし、こんな事してる暇があったら今すぐ俺を生き返らせて会場に向かわせてもらえないか?」
「んっ? それは無理な願いじゃ」
「何でっ!?」
「だって、お主が死んでから下界あっちじゃ一週間以上も経っておるんじゃ。死体はとっくに灰になって無くなっておるのにどうやって生き返らせることが出来るんじゃ?」
「うえぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
神さまの話では、死んだ人間を生き返らせるためには死んだ世界で死体がきれいに残っていることが条件らしいが、無駄に行動力の高い俺の親は俺が死んでからすぐに葬式をあげて大切な死体をきれいさっぱり燃やしてしまい、俺は生き返ることが出来なくなってしまったのだ。
「えっ? 何この俺の人生……」
死に方からここまでの流れがあまりにも間抜けすぎて、俺は完全に意気消沈してしまった。しかし、そんな俺をよそに神さまは机に足を乗せてテレビを見ながら大爆笑していた。
「くそっ! このろくでなし! あんた、それでも本当に神さまかよっ!」
俺の涙の訴えに神さまは、
「まぁまぁ、落ち着くんじゃ」
と言いながら、椅子から降りて俺の方に近づいてきた。
「お主、転生してみたくはないか?」
「転生……だと」
「そうじゃ。お主はまぬ……不幸な死に方をしてしまった残念なやつじゃ。しかし、新しい世界でもう一度、今度こそ人のため、世界のために勇者になってやり直してみたくはないか? すでにその準備も出来ているのじゃから」
そう言って神さまが指を鳴らすと、テレビが勢いよく回転して画面に壮大な自然が映し出された。どこまでも続く草原や高くそびえ立つ山、その中にポツポツと見える城やその周りに築かれた町。確かに俺の知る異世界に良く似た世界がそこにはあった。俺が映像に見とれていると神さまは俺の肩に手を回してきて、
「どうじゃ? 良いところじゃろ?」
と耳元で囁く。
せっかく生き返る事ができ、それがまさかの異世界だという夢のような話しに心惹かれる俺だが、ここまでの流れが神さまに仕組まれているような気がしてならなかった。
「なんか……色々と出来すぎじゃないですか? まるで、最初から俺を転生させるつもりだったかのように話が進んでるような……」
「そ、そそそんなことないぞ! ……そうじゃ! せっかく転生するんじゃから、何か特別な能力をお前に授けてやらないとなぁと思って準備しておいたんじゃ」
「まだ、するなんて一言も言ってないんですけど……」
やっぱり何か隠しているようで、神さまは核心をつかれて慌てながら机の引き出しを漁って何かを探し始めた。よっぽど奥にしまったのか、たくさんのガラクタが引き出しの中から飛び出してくる中、神さまは5枚のカードを持って俺の前に戻ってきた。
「ほれ。この中から好きなカードを選ぶのじゃ。そこに書かれた能力をお主に与えよう。ちなみに、ワシのオススメは左から二枚目のスマホじゃな」
「あんた、たまにぶっこんでくるよな……」
どうやら俺には転生しないという選択肢はないらしく、神さまに早く引けと無言の威圧されながら右端のカードに手を伸ばした。そして、引いたカードをめくると、そこには達筆な漢字で催眠と書かれていた。
「催……眠?」
そこに書かれている文字の意味が分からず首をかしげていると、まばゆい光と共に足元に魔法陣らしきものが現れた。
「な、なんだ!?」
何が起きたか分からずただまぶしい光から目を隠していると、向こうで神さまが手を大きく広げて叫ぶ。
「さぁ、夢と希望に溢れた異世界冒険の始まりじゃあ!」
すると、神さまの声に反応するように魔方陣の光がさらに強くなる。一体、何が起きるのかと警戒していると魔方陣は突然消え、俺の足元には巨大な穴があいた。
「ちょ、待てよ……ちょ待てよおぉぉぉぉぉ……!」
悲痛な叫びも虚しく、重力に引っ張られるように俺は空の上から真っ逆さまに落ちていった。