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中編① 安定の婚約破棄 

―――――運命の時―――――



「本日は、第2王子様がご卒業になられるにあたり、国王陛下と王妃様がご出席なさいます。皆様、失礼の無いようにお願いいたします」


卒業式が行われた同日夕方から卒業を祝うパーティーが開催された。

会場に集まった来場者達に注意事項が述べられると、一瞬シンとなる。

第2王子の婚約者が発表されるとあり、卒業生の婚約者・家族もパーティーに参加し、会場は礼装に身を包む人で溢れかえっていた。


「まあ、○○様。お久しゅうございます。ご無沙汰しておりました」

「○○殿、1年ぶりですな。領地からわざわざいらしたのですか? ……ああ、やはり気になりますな」


と、そこかしこで挨拶が行われつつも、人々はどこかソワソワしていて落ち着かない様子だった。

その中で、視線を集めている箇所が2つ。

第2王子周辺と、おしゃべりをしているレイティー&サラーシャであった。


本来、在学中に王子妃が決定される予定であるのに、何故かその噂が上がってこない。

その不自然さに、聡い者は第2王子達から距離を置いて口を閉ざし、疎い者は周囲に問いただしていた。



パ~ンパラパ~ン♪



国王陛下の入場合図が会場に鳴らされ、皆膝をつく。


「面を上げよ。卒業生達よ、卒業おめでとう。これからは、領民のため国のための働きをより求められるようになる。大人として貴族として国を支える者として、今後も努力を重ねていくように。以上だ」


会場を端から端まで見渡しながら、やわらかい口調で諭すように言葉を発した国王は、最後に第2王子に視線を置くと、手を挙げてダンス音楽を促した。


会場中央の空間が開けられ、ダンスを踊る者、食事を食べる者、会話を楽しむ者とそれぞれが移動を始める。

レイティーとサラーシャは第2王子の動きによって出来る事が限られるため、壁沿いで談笑しながら飲み物を飲んでいた。


ダンスは高位貴族の者から踊り、またファーストダンスは婚約者または婚約者候補を周囲に知らしめる意味があるので、レイティー達は『まあ、無いだろうな』とは思いながら、第2王子から誘われる可能性があるため待機しているのだ。

すると、目に映るのは、紺色を基調とし、裾に向かって淡くグラデーションになっているドレスを着たヒロインを第2王子がエスコートをして、ダンス広場に向かっていく様子。

同時に、悲鳴のような溜息が会場全体から上がった。


「うわ~……」

「……まさか本当に……」


サラーシャとレイティーはあきれた様子でそれを見送った。

そしてお互いに目で合図を行い、それぞれの家族の元に歩き出した。




「レイティー、第2王子様は状況が分かっていらっしゃらないのか?」

「分かっていらしたら、このような事は起こりません」

「……まあ、そうだな……」


父親のラシャーム侯爵家当主は眉間にしわを寄せ、ダンスをする第2王子達を厳しい目で見つめた。


「はぁ……候補者をここまでないがしろにされるからには、あのご令嬢は相当優秀でいらっしゃるのでしょうね……?」


母親のラメスティーは侮蔑の色を隠しもせず呟いた。


「……」


「……あなた。私表情を取り繕えそうにありませんわ。話には聞いておりましたが、実際目の当たりにしますと口から不敬な言葉が出そうになります。母親として娘の側に居てやりたいのですが、今の私の顔では却って不興を買うかもしれません」


「……気持ちは分かるがな……。下を向いて扇で顔を隠し、私の斜め後ろに控えてなるべく目立たないようにしておけばいいだろう。それとも気分が悪い風を装って、椅子のところで待っておくか?」

母親の表情を見て、父親は苦笑いをした。

瞳が鋭すぎて、視線が合えば相手を呪縛しそうな威力だったのだ。

相手を呪いそうな眼力は、さすがにマズイ。

少し思案すると、父親は母親を壁際にある椅子にエスコートした。


「ここで気分を落ち着かせ、社交の笑みを浮かべられるようになったら側に来るように」


母親に労りの声をかけると、父親は給仕に水と従僕の手配を頼み、母親の気分が優れない風を装った。


どうしても呪眼を抑えられなければ、最悪母親は家に帰っても何とか理由を並べることができる。

しかし、レイティーと父親は王子妃発表とその後の話し合いに出席しなければいけないために中途退席は出来ない。


「……はぁ……。……レイティーは本当にいいのかい?」

「ええ、構いません。ですが、念のためケリガン様に傍に待機していただくことは出来ませんか?」

「それくらいは大丈夫だろう。少し探してくるから、待っていなさい」


『しょうがない娘だ』とため息をつきつつも温かい瞳を残して父親は食事スペースに向かって歩いて行った。

それを見送っていると、レイティーはちらちらと視線を向けられていることに気付いた。


「……やほ~……」


小さな声で横から声をかけられ振り向くと、サラーシャ……と少し後ろに年かさの侍女の姿が。


「あら? サラーシャ様はもうお話はよろしいのですか?」

「ええ。もう大丈夫です」


艶やかに微笑むサラーシャに周囲から「ほう」と感嘆のため息が漏れる。

いつもの事だと気にすることもなく、レイティーはちらりと年かさの侍女を見て口を開く。


「……そのようですね。私の方はお母様の気分が優れないようで……」

「え? ラメスティー様大丈夫ですか?」

「……ええ……」

うつ向いて顔を上げないラメスティーに、触るな危険を感じ取ったサラーシャは、レイティーに問いかける視線を送る。


「……よっぽど衝撃的な光景のようでしたわ」

「……まぁ、そうよね……」


レイティーとサラーシャは顔を寄せて苦笑いした。

その後2人は取りとめのない会話を繰り返し、王子妃発表が始まるのを待った。




チンチンチンチン♪




注目を集める鐘が鳴らされる。

ソワソワとしていた雰囲気が一瞬にして緊張感へと変わった。


「さて、そろそろ皆も気になっておろう。第2王子フォーネルの婚約者なのだ「父上!! お待ちください!!」……が」


第2王子は国王の言葉を遮る暴挙に出た。

周囲は息をのみ、国王はその無礼に眉を寄せると、厳しい視線を王子に向ける。

そして何かを決心するように一度フッっと息をつき、話を促した。


「マナーとして褒められたものではないが、そこまで必死になるからには聞かぬ訳にはまいるまい。話すがよい、フォーネル」

「はい!!」


呆れを含んだ国王の言葉に意気揚々と返事をした王子は、会場を見渡し、誰かを探し始めた。

キョロキョロと視線を泳がせた後、イライラしながら声を張り上げた。


「サラーシャ=ランドバーグ!! レイティー=ラシャーム!! ここへ来い!!!」

「ひっ!」

「なっ!」


会場のあちこちから悲鳴が漏れる。

他家のご令嬢を呼ぶ場合、婚約者や家族、同性の親しい者は呼び捨てが許されるが、それ以外の者はマナーとして『様』『嬢』をつけるのが当たり前である。

しかも、家名まで呼び捨てる事は、その家を見下していると言っているようなもので、失礼極まりない行為になる。

それを衆人の前で王子はしてしまった。


王子がメラメラと怒気を纏って立っている場所から、参加者たちはズリズリと後ずさり離れていく。

『関わったらうちも巻き込まれる』と。

そうして国王陛下達が座っている壇上前にいた王子の周りは、ぽっかりと空間が空いた。

同時に、サラーシャとレイティーの前にいた人たちが横に逸れ、王子までの道のりを作った。


その間を2人は微笑を浮かべ、壇上に向かって歩いて行く。

淑女としてゆったりと歩いていると、王子の額に血管が浮かび上がる。

しかし2人は王子の顔色を気にしない。

横を通り過ぎる時に「お労しい……」「このような事があってよいのか……」と卒業生たちは悲壮な顔をしてレイティー達に呟く。

2人はその声をBGMに自分たちの歩みのペースを崩すことなく、途中後ろにお互いの両親が合流し、国王と王子の御前に進み出た。


一同全員で礼をし、国王に頷きをもらってからレイティーとサラーシャは王子に向き合った。


「「何でございましょう?」」


王子はさらに顔を赤くし、怒鳴りだした。


「お前たちは犯罪者だ!! お前たちのような者が王家に嫁ぐなど許せる事ではない!! 処罰の上、国外追放だっ!!!!」


会場が凍りついた。

国王と王妃の顔に凄みを増し、冷徹な視線が王子の後頭部へと突き刺さる。

会場中が愕然とする中、サラーシャとレイティーは微笑を崩さず王子を見つめていた。


「……犯罪者とは聞き捨てなりません。わたくしは犯罪など、一切犯しておりませんが」

「私も犯罪など一切しておりませんわ」


サラーシャとレイティーは王子の怒りを受け流す。

2人の雰囲気は怒った様子もなく柔らかで、王子との温度差が余計に異様さを醸し出し、貴族たちはまた後ずさる。


「お前達は結託してエレナへ暴言、暴力を行っていたではないか!! 私の他にも証人がいる!!」

「そうだ!! お前達がエレナへ暴言を吐いていたのを見たぞ!!」

「教科書やドレスを破ったのはお前たちだろう!!」

「エレナの物を盗んで嫌がらせをいていたくせに!!」


ぽっかりと空いた壇上前の空間に、宰相家の次男、騎士団団長の次男、魔導師団団長の三男、が躍り出た。


「それに!! 1週間前!! エレナが階段から突き落とされた!! そこにお前たちの私物が落ちていたのだ!! 言い逃れは出来ないぞ!!!!」

「しかもお前らが突き落としたのを見たという証人もいる!!」


鬼の首を取ったかのように高らかに王子と騎士団団長次男が言い捨てる。

騎士団団長次男の視線が一か所に止まると、会場中の視線がつられて動く。

そこには顔色の悪い3人の令嬢が立っていた。


「そこの3人! 私に教えてくれたことを述べなさい!」


宰相家次男が人差し指で眼鏡クイッと上げ、鼻高そうに促す。

その、ドヤ顔に白けた目を向けながら、


「ねえ、あれってあった?」

「ん~、なかったんだけど……私達へのいやがらせ?」


と、レイティーとサラーシャは、周りには聞こえないようにボソボソと会話をする。

宰相家次男が示した3人は、元王子妃候補者達。

卒業生ではない彼女達は、婚約者のパートナーとして参加していた。


「さあ!! 早く言いなさい!!!」


宰相家次男に再度促され、3人の元王子妃候補者達は震わせた手を握り締めて口をパクパクさせ、自分たちに注がれる視線に顔色が蒼白になった。

周囲の者は3人の令嬢からザッと距離を取る。


「……ぁ……ぁの……」

「聞こえません! もっと大きな声で! 私に告げたように、1週間前の放課後、楽器室の前の階段でサラーシャ=ランドバーグとレイティー=ラシャームがエレナの背中を押した、と!! 貴女方はそう私に言いましたね!!!」

「「「…ひぃ……」」」

「なんですかその態度は! きちんと返事をしなさい!」

「「「……は……はぃ……」」」


令嬢たちから返事を受け取ると、宰相家次男はサラーシャとレイティーに視線を戻し、フンと鼻を鳴らす。

周囲の人間に避けられ孤立した3人の令嬢は震えがひどくなり、指先だけでなく肩でガタガタと震えだした。


「これだけ証拠があるのだ!! 自分たちの罪を素直に認めたらどうだ!!!」


男たちは蔑んだ目でサラーシャとレイティーを見下す。

片や2人は真っ向からその視線を受けても怯まなかった。


「罪も何も、私達は犯罪などしておりませんし、きちんとお調べになられましたでしょうか?」

「おっしゃるように人を階段から突き落とすような犯罪はきちんと調べるべきです。なのに、わたくしたちには一切事情聴取もされていませんし……。処罰に国外追放という重たいものを述べられているのですから、もちろん通報されていますよね? それなら、なぜわたくしたちに取り調べがないのですか?」

「あ、サラーシャ様。もしかして、通報なさっていらっしゃらないのでは?」

「え? まさか、国外追放という重たい処罰を科すにも関わらず、綿密な調査もしないで刑を言い渡すのは、冤罪の典型ですよ?」


朗らかに会話をするサラーシャとレイティー。


「それに、エレナ様? ですか?」

「「その方はどなたですか?」」


心底不思議そうにサラーシャとレイティーは首を傾げた。


「「「「なっ!!!」」」」

「確かにこの一年間、私達はあるご令嬢に、礼儀マナー、淑女としてや貴族としての心得や言動、について何度も何度も注意いたしました。ですが、私はそのご令嬢をご紹介されたりご挨拶も受けたりしておりませんので、お名前が分かりませんの。サラーシャ様はご存知ですか?」

「ああ、第2王子フォーネル様や、宰相家ご子息シューベル様、騎士団団長ご子息カイル様、魔導師団団長ご子息マーティス様といつもご一緒に行動されていた、あのご令嬢ね。いいえ。わたくしもご紹介すら受けた事はないですから、知りません」 

「あれほどエレナに暴言を吐いておきながら、知らぬと嘘をつくな!!」

「いえ、フォーネル様達が“エレナ”と呼んでいらっしゃるご令嬢の事は存じています。しかし、わたくしたちはフォーネル様からもご令嬢ご自身からもご紹介を受けていませんので、わたくしたちにとって“エレナ”とおっしゃるご令嬢の本当のお名前が分かりません」

「私もサラーシャ様とご一緒で、皆様がおっしゃる“エレナ”という人物は特定しておりますが、本当のお名前はご紹介されておりませんので、知らないとしか言いようがございません」


この2人が主張するのはもっともな事で、貴族の『名乗り』は重たい意味を持つ。

それは、顔と名前と一致してもらう事、家名を背負っていると証言する事。

『名乗り』を行わない者は知らない人とされ、また個人として名前を認知してくれるな、と受け止められる。


その事をレイティー達が話すと、国王陛下達や貴族達は、王子達や“エレナ”と称される令嬢に非難の視線を向ける。

『貴族としての最低限のマナーが出来ないのか』『知らなくて当たり前ではないか』と。

それに気づかない王子は、汚いものを見るかのようにレイティー達を睨め付ける。


「お前たちはそのように屁理屈ばかりこね、淑女として恥を知れ!! それに比べ、エレナは心優しく、清廉な気質をもった素晴らしい女性だというのにな!! ……エレナ、こちらへおいで」


般若の顔から一転、目元を赤らめうっとりとした様子で一人の令嬢に手を差し出す王子。

その差し出された手に、令嬢ははにかんで手を乗せた。


「よくここで出てこられるね」

「何も考えてないんでしょ」

「確かに。私には無理だわ」

「あたしも無理。あの『私惚れられてる』って酔ってる顔見ると、何にも分かってない感じだね」

「あれだけ教えてあげたのに?」

「頭湧いてるから無理っしょ」


レイティーとサラーシャは、顔は微笑のまま、たが内心『コイツあほだろう』と令嬢に呆れた視線を向けた。


「さっきから何をブツブツしゃべっている! お前達は本当に心根が腐っているな!! この美しい令嬢が、エレナだ! お前達は彼女に散々暴」

「お話途中失礼ですが、ご本人から、きちんと家名と一緒に名乗っていただきたいです」


王子の話の途中に、サラーシャが言葉をねじ込んだ。

「無礼だ!」とギャーギャー騒ぐ王子を放っておき、サラーシャとレイティーは“エレナ”と称される令嬢の顔をじっと見つめる。

令嬢は、その視線から逃れるように王子の腕にすがりつき震えた。


「エレナが怯えているではないか! お前達がいじめていたからに他ならないだろう!!」

「わたくしたちはそのような事は一切していません。それに、お言葉ですが、他人に家名を名乗らないという貴族としての責任を放棄している方の言葉に信用はありません」

「お前達がエレナを怯えさせるのがいけないのだろう!!」


唾を飛ばしてサラーシャを睨みつける王子。

その腕にぶら下がっていた令嬢がツンツンと袖を引き、潤んだ瞳で王子に口を開く。


「フォーネル……私、大丈夫だから……。貴方が守ってくれているからご挨拶するわ」

「ああ、なんて優しいんだ。こいつ等の言う事なんか聞く必要はないのに……」

「でも、私、失礼な事はしたくないから……」

「エレナはなんて素晴らしいレディーなんだ」

「あいつ等が全部悪いのに……」

「怖かったらしなくてもいいんだよ?」


いきなり始まる5人だけの世界。

卒業生は「またか」と呆れた様子を隠すこともなく、初めて見る者達は目を白黒させて、唖然と5人を見る。

王子のファーストネームを呼び捨てにする令嬢の無礼さ。

衆人の前で、何より国王陛下の御前で自分達の世界を優先する無神経さ。


「あの人達、今どんな状況か分かってるかな?」

「さぁ~頭にお花が咲いてるからねぇ……」

「早く帰ってこないかな……時間が……」

「……これだから色ボケは……」


その間、レイティーとサラーシャは暢気に突っ込みを入れていた。


衝撃から帰ってきた貴族達は、ゆっくりと場所を移動し始める。

少しすると、壇上を背にする王子達と孤立する元王子妃候補者3人の周囲には人が居なくなり、レイティー達の側、あるいは三つ巴から離れた所へ集まった。

王子達は自分達の世界に入り込んで気付かず、元王子妃候補者3人は移動しようにも刺すような拒否の視線を受けその場から動けなかった。


「フンっ!! 優しいエレナがお前達に挨拶すると言っている。しっかりと聞いておけ!!」


偉そうに鼻を鳴らした王子は令嬢の手を引き、一歩進み出る。

令嬢は頬を染めて王子を見つめた後、優越を灯した瞳を一瞬レイティー達に向けると、フルッと肩をビクつかせ、おどおどした様子でカテーシをした。


「わ……私は、エレナ=シャメゾンと申します」

「シャメゾン様とはどちらのシャメゾン様ですか?」

「っ!! 無礼ではないか!!」


爵位を名乗らない令嬢にサラーシャが突っ込みを入れると、王子から怒鳴られる。

『ダメだこりゃ』と、サラーシャとレイティーは目を合わせた。


「初めてご挨拶をする場合は、必ず爵位をつけるのがマナーです。今、シャメゾン様がされたご挨拶では、相手に失礼になります。ですからわたくしたちが無礼なのではなくて、シャメゾン様が無礼になります。当たり前の事ですが、フォーネル様は知らないのですか?」

「そっ!」

「では、レイティー様がお手本を見せてくださいます」


『よろ』と視線を向けられたレイティーは、一度目を丸くした後、小さく微笑んで口を開いた。


「初めてご挨拶いたします。私は、ラシャーム侯爵家の長女、レイティー=ラシャームと申します」


背筋を伸ばしゆったりとした動作で膝を曲げ、徐々に床に視線を落とし、膝を曲げきったところで体を震わせることなく5秒静止、そしてゆったりと動作を戻す。


「どうぞお見知りおきくださいませ」


最後ににっこりと相手の顔を見て微笑む。

軸がぶれることない綺麗なカテーシに周囲から声を出さない称賛が浴びせられる。

サラーシャは目で『どうよ!』と訴えながら、王子とエレナに言った。


「これが、正しいご挨拶の仕方です」

「それがどうした!」

「では、もう一度ご挨拶をやり直して下さい。シャメゾン様」

「……ぃや……」

「一度したのに、まださせるのか!!」


サラーシャは、はぁーと息を吐く


「……フォーネル様、彼女の身元が不明ですと、彼女の訴えや証言が認められませんがよろしいですか?」

「それは!」

「フォーネル様は、シャメゾン様から『わたくしたちが暴言や暴力をした』と訴えられたのですよね?」

「そうだ!! お前達がエレナに『下級貴族のくせに』やら『淑女にあるまじき行動』やら『貴族としてあり得ない』やら『娼婦のようだ』やら、色々と暴言を言ったではないか!!」


その言葉に、卒業生たちは『そうそう、あの女は言われて当たり前だ』と頷く。

それを見た王子は勘違いをしてしまう。


「皆も頷いているではないか!」


『いやいや、あんたの言葉じゃなくて、サラーシャ様の言葉に頷いたんだよ!』と、卒業生達はぶんぶんと首を横に振る。


「それに! エレナの持ち物が頻繁に無くなっていた!! お前達が盗んだんだろう!!」


『ナイナイナイ』と卒業生は手を横に振る。

上位貴族の者がなぜ下級貴族の質の落ちた物を盗もうというのか。


「お前達から足を引っかけられて転ばされた事も!! ジュースをドレスにワザとかけられた事も!! お前達が階段から突き落とした事も!! すべてエレナから聞いている!!」

「本当に、シャメゾン様はご自分の口からわたくしたちにされたと言いましたか?」

「そうだ!!」

「では、シャメゾン様に尋ねします。大事な事なのでご本人の口から申し上げないと証言になりませんから。本当にわたくしたちから暴言・暴力を振るわれたのですか?」

「……え?……こんな展開なかっ……」

「はっきりとお答えください」


王子の腕にぶら下がり、口元をニヤッと歪めていたエレナは、急に話題を振られて焦りだす。

『ちょっとおかしくない? でも王子が撃退するはずだから……』と顔を俯かせてモゴモゴ口を動かすが、怯えた顔を向けてサラーシャに言った。


「……はっ……い……」

「その証言に相違はありませんか?」

「……はい」

「では、シャメゾン様の家名に誓って嘘は言っていない事を証明するために、レイティー様がお手本を見せて下さったように、もう一度、爵位を含めてご挨拶して下さい」

「……え? 家名に誓って?」

「ほら、エレナ。あいつ等に罪を認めさせるチャンスだ」

「ぁ……ぇ……」


エレナは、“家名に誓って”という言葉に引っ掛かりを覚えたがそれを気にせず怯えた演技を続ける。


「……は、初めまして。私はシャメゾン男爵家の三女、エレナ=シャメゾンです。よろしくお願いします」

「大丈夫か? あいつ達は本当に底意地が悪い」

「でもこれであいつ等は罪人だ」

「エレナ、素敵な挨拶だった」

「ああ、エレナは可愛いな」


王子達がエレナを囲んで褒め称えている間、エレナの家の爵位を知らなかった者達は侮蔑の視線を彼等に向けた。

国王と王妃は、息子達の様子を目の当たりにし表情が抜け落ちた。

その国王達にレイティー達は真剣な表情を向け『どうしますか?』と見つめた。

その視線を受けて国王は王妃と小話をし、再び正面に向き直ると、第2王子達を一瞥してからサラーシャとレイティーに視線を移し、頷いた。

そして、ランドバーグ辺境伯爵家当主とラシャーム侯爵家当主を見つめ、目礼をした。

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