前篇 レイティーとサラーシャ
大地には原生の森林が生い茂り、汚染されていない澄んだ大気が世界を包む。
森には獣とともに異形の生物―――魔物―――が生息し、人々は魔法技術を用いて生活を営む、そんな異世界に前世の記憶を持ったまま生まれた女の子がいた。
その名は、レイティー=ラシャーム。
彼女は、国の財務大臣を務めるラシャーム侯爵家当主とその奥方―――元辺境伯爵家令嬢―――の間に生まれた長女である。
彼女が生まれる3年前には長男も授かっていて、ごく普通の……いや、裕福な貴族一家で、家族仲も大変良い家庭であった。
プクプクの丸い顔につぶらな菫色の瞳、プックリと美味しそうなピンクの唇、色素の薄い浅葱色の髪をしていたレイティーは、乳児期は屋敷のアイドルとして大変可愛がられた。
そして物心ついた頃からは、持ち前の知識欲で教師陣だけでなく屋敷中の者達から知識を吸収し、彼女は6歳でプチレディへと成長を遂げる。
同年代に比べて速すぎる頭の回転、知識量、思慮深さ、マナーの習得率は、冷静に考えると『見た目は子供、中身は大人』の恐ろしい現象が体現されていて、彼女は大変子供らしくなくい子供であった。
しかし、彼女の生誕から2年後には弟、5年後には妹が生まれると、彼女はブラコン・シスコンの一面を覗かせ、『不気味な子供』ではなく『兄弟思いの優秀な女の子』として周囲には扱われ、楽しい生活を送っていた。
ところ変わってレイティーが生まれた同時期、世界にはレイティー以外にも2つの魂が舞い込んできていた。
その内の1つは、レイティーが生まれた同時刻、同国に舞い落ちた。
しかし、もう1つの魂はふらふらと何かを物色するように大気を漂う事、実に16年、レイティー達が貴族学校在学時にやっと大気から現世へと落ちて行った。
レイティーが生まれた同時刻に舞い落ちた魂は、ランドバーグ辺境伯爵家次女、サラーシャ=ランドバーグであった。
彼女は、真っ青な澄んだ瞳にきりっとした目元、赤めの唇とふんわりとした赤い髪をし、レイティーのように『可愛らしい』ではなく『艶っぽい』『美麗』と称される容姿をしていた。
彼女も前世の記憶を持っていて、レイティーと同じように幼少期から膨大な知識、頭の回転の速さ、思慮深さ、礼儀正しさを身に着けていた。
これにランドバーグ辺境伯爵家では『頭のいい子供』と大変喜ばれた。
なにせ、魔物や他国から武力で国を守る辺境地域では頭の良さより戦闘力が重要視されてしまい、成長する過程でいつの間にか脳筋が出来上がってしまう土壌が出来あがっていたから。
しかも彼女は武術・魔法の呑み込みも早く、『頭も戦闘力も優秀な女の子』として伸び伸びと育てられていた。
レイティーとサラーシャ、よく似た境遇の2人だけれど、決定的に違う事があった。
それは、―――この世界が乙女ゲームに酷似している―――という事を知っているかどうか。
レイティーは、前世、一般的なオフラインテレビゲームや携帯アプリを嗜みはするけれど、さほどゲームにもネットにも興味がなく、サブカルチャーにあまり詳しくなかった。
一方サラーシャは、前世、ネットゲームにネット小説、オンラインゲームをこよなく愛し、好みのキャラが出る乙女ゲームに一時期ハマった事があった。
そのため、転生したての頃『あれ? どこかで聞いような……』と思った事があったが、剣と魔法に夢中になってしまいどこかへ忘れてしまった。
しかし、サラーシャが7歳の時―――レイティーも同じく7歳―――、
子供のお披露目のために王都からやって来たラシャーム家一家のレイティーを見て、サラーシャは雷に打たれたように記憶を思い出した。
『あっ!! 乙女ゲームのくせにやけに戦闘能力を上げなきゃいけないヤツだ!!』と。
その乙女ゲームは、攻略対象キャラの容姿と声に力を入れた作品で、ありふれたストーリーだったけれど、2人の悪役令嬢がどのルートでも使いまわされ『手抜き?』と言われていた。
しかも対決する時になぜかマナーやダンスよりも身体能力や戦闘能力を競うミニゲームが起こり、『何と戦わせる気なの?』と思わせるゲームであった。
それに登場する2人の悪役令嬢の名が『レイティー=ラシャーム』『サラーシャ=ランドバーグ』。
2人とも王子妃候補なのに王子ルート以外でもジャマーに現れ、マナー・ダンスは2人とも同じくらい、魔法技術は『レイティー=ラシャーム』、武術は『サラーシャ=ランドバーグ』が強かった。
しかもヒロインがエンディングを迎えると、悪役令嬢達は揃って国外追放されてしまう。
それを思い出したサラーシャは思った。
『悪役令嬢としてエンディングを迎えなければいいのでは?』と。
それに、どう考えてもゲームの“サラーシャ=ランドバーグ”と性格が違うし、身体能力や人間関係など月日を重ねないと結果が表れない不確定な要素がある事に気付いた。
だからこそ、世界の強制力でストーリー通りに話が進もうとも、どこか付け入る隙があるはずだとサラーサは考えた。
そうしてサラーシャは『レイティー=ラシャーム』と接触を図った。
―――――これがレイティーにとって運命の出会いとなる。
レイティーは理由も分からずサラーシャに連れ回されまくった。
それはゲームと同じ傲慢で高飛車な性格なのかを探られていたのだが、現実のレイティーは全くそんな事はなかった。
それが分かったサラーシャは味方に引き込もうと、レイティーに『転生』の秘密を打ち明ける。
まさか自分以外に『転生』していた人がいたと思わなかったレイティーは、秘密を分かち合える仲間が出来て喜び、2人の仲は急速に深まって、たった2週間の滞在期間でお互いの家族からも認められる親友となった。
そして、サラーシャから『乙女ゲーム』の内容を教えられたレイティーは、
―――――サラーシャと手を組んだ。
そして時は流れ、レイティーが12歳の時、第2王子妃候補に名が挙がった。
一時は魔物狩りを専門に行うハンターになるのではないかと心配されていたレイティーだったが、日常態度はレディーそのものであり、知識量、頭の回転の速さ、淑女マナーの優秀さを買われ候補に挙げられた事に、両親はもとより屋敷中の者が喜んだ。
しかし、レイティー本人は、
「とても光栄なことですね。ですが、もっと相応しい方が他にいらっしゃると思います。私では務まらないと……。それに……、私には、辺境伯爵家の皆様のように領民と直接触れ合うような方の所の方が合っているのではないかと思います」
と、不安げな様子で第2王子妃候補に難色を示した。
それを受けて、ラシャーム侯爵家当主は候補を辞退しようと王家に相談したが、より優秀な王子妃を選別するために必要な事とされ、辞退は認められなかった。
結局、レイティーは「臣下の務めとして」と穏やかな笑顔で―――内心は苦々しく思いながら―――候補者になる事を了解するほかなかった。
そして同じく、サラーシャも回避できずに王子妃候補に名が挙がった。
王子妃候補に選ばれた少女は全員で6人。
12歳の第2王子と同年か1~2歳年下の少女が選ばれた。
選考方法は、まず2年間の能力判定期間が設けられて6人から2人に人数が絞られ、その後2~3年かけて王子妃が決定され、第2王子の貴族学校卒業時に婚約する、という流れであった。
なぜ選考段階が2つに分けられているかというと、落選後の婚約事情を考えての事。
大体の家は貴族学校在学中に婚約を結ぶため、候補者の中の年長者の年に合わせ、学校入学前までに1次選考を終わらせる事にしたのだ。
王子妃候補であるという事は『優秀な令嬢の証』だが、選考期間中はもちろん他家と婚約が結べない。
そんな優秀なご令嬢を王家が多く囲っていては非難される。
なので、他家に優秀なご令嬢を婚約適齢期までに返す意味もあるのだが、しかし一方、勝ち残った候補者2人は貴族学校在学時にも他家と婚約が結べない。
そこで、王子妃候補から最後に外れる者には、特例として王家から「婚約に関して協力を惜しまない」と約束されていた。
そうした配慮が込められながら、王子妃候補選考は行われた。
そして2年が経ち、候補として残ったのは、
―――――レイティー=ラシャーム
―――――サラーシャ=ランドバーグ
運命の出会いから5年、お互い連絡を取り合ってヒロイン対策を練り、乙女ゲームの舞台に上がらないように努力していたのにもかかわらず、結局ゲームと同じ状態になってしまった2人。
しかし、能力判定期間の2年間、直接話せる機会だからとレイティーとサラーシャは常に一緒に行動し、ゲームに出てこない隠された部分(付け入る隙)にあらゆる対策をねじ込んだ。
そんな自分の未来を勝ち取るための策が2人の株を上げてしまったのだが、本人たちは知る由もない。
評価は、2人とも優秀で、知識量・頭の回転の速さは同位、マナーの良さはレイティー、戦闘技術はサラーシャ、という甲乙つけ難い僅差。
しかし、国境を守る辺境伯爵家との関係を強固にする事を考慮し、候補者第1位はサラーシャとされた。
そして2人は貴族学校に入学する。
貴族学校は15歳~17歳の3年間通う。
ヒロインが転入してくるのは最終学年の時。
レイティー達はヒロインが来るまでの2年の間に、優秀さを周囲に見せつけ、またゲームには表示されなかった人間関係をより広げ、貴族として淑女として皆にお手本にされる言動を徹底し、ゲームには無かった環境を作り上げた。
そう、ゲームの隙間を突つきまくり、『登場人物や起こる出来事は同じだけれど、それ以外の状況は全く違う』という舞台にしたのだ。
そこへヒロインが転入してきた。
このヒロインは、言動から『転生者』である事が早々にレイティー達には分かった。
攻略対象を落としていく行動に淀みがないのだ。
しかも、ハーレムルート。
よく考えれば、一夫多妻の国で多夫一妻が許されるはずもないのに。
それにこのヒロイン、『ゲームの中だから何をしても大丈夫』だと思っている節が言動にしばしば見られ、『生きている』自分を認識できていないようだった。
そのため、レイティー達が貴族として相応しい行動をすればするほどゲームに酷似した状態になり、卒業前にはハーレムが出来上がっていた。
そうして『ゲームに酷似した』世界で、『ゲームには無かった設定を付け足した』レイティー達は『ゲームと同じような日々』を過ごし、『ゲームと同じような卒業式』を迎えた。