05片 表の友情と裏の戦い
こっそりと更新です
……時間がかかって申し訳ありません
クラウとアカザの共同作業。
育てるために必要な情報をクラウが用意して、それを元にアカザが育成を行う。
──彼は今、クラウから情報を集めることに専念していた。
「たしか、土が大切なんだよね?」
「うん。シルバーハニーは魔力の濃い場所でしか育たない、ニールヘイムでも危険な場所でしか見つけられない花なの」
ニールヘイムは宙に散布された魔力が三国の中でもっとも濃く、領土もまた魔力によって危険地帯となる場所が多い。
シルバーハニーはその大量の魔力を糧に育ち、甘い蜜を生みだす。
甘露な味は各国で有名で、その花の蜜はかなりの値段で取引されていた。
「魔力が濃い? 地面に魔力が強く浸み込んでいるってことかな?」
「わたしもそう思って、土魔術が使える宮廷魔術師に頼んでみたの。だけど、それでも花は咲かなかった。きっと、何か別の条件があるのよ」
「うーん……一度、試したんだよね? クラウ様は、どうやって種を手に入れたの?」
「え? 学園の友達に頼んだら、この二つの種が貰えたの。本当に仲が良い友達だと思っているのよ」
「……種、触らせてもらって良い?」
「う、うん……捨てないでね」
クラウから渡された種を、優しい手付きで観察するアカザ。
(うん、種自体に問題はないみたいだ。それなら原因は花壇か育て方にあるのかも。今の情報だけだと、確証がないな……)
「ねえ、植えてからはどうやって育てていたの? 少し、教えてほしいな」
「えっと……侍女に貰った水を、一日に一回お昼頃に撒いていたわ」
「その水は、水魔術のもの?」
「ううん、井戸から汲んだ普通の水」
(と、なると……やっぱりかな? その友達も、怪しいには怪しいけど……種自体は本物だし、知らなかったんだろうな)
育たなかった理由に、ある程度目星を付けていたアカザ。
思案する表情に不安になるクラウだが、アカザの表情を見て不安はなくなる。
──笑っていたのだ。
暗い、口角がつり上がったものではない。
ただ見た者が、伝染して微笑みたくなるような笑みであった。
「クラウ様、分かりましたよ。ぼくの予想が正しければ、これでちゃんと咲くと思う」
「ほ、本当っ!?」
「はい、良いですか?」
それから、アカザはクラウに自論を伝えてみる。
初めは不思議そうな顔を浮かべていたクラウも、親身に丁寧な説明をされる内に、少しずつその考えの正しさを認識していった。
「──と、いうわけなんだよ。だから、さっき言った通りに育ててみれば、OKかな」
「お、おっけー?」
「えっと、問題なしって意味だよ」
アカザたちに与えられた(言語理解)は不完全なものであるため、『OK』が直接伝わらなかった。
……こうした言葉の違いが、後に異世界人たちに大きな事件を起こすキッカケを齎すのだが──それをまだ、誰も知らない。
「なるほど、異世界にはそんな言葉があるのですね。……とりあえず、アカザ様の指示通りにやってみましょう!」
「クラウ様、ぼくみたいな人を様付けしちゃ駄目だよ。呼び捨てにして」
「いえ、そんな! アカザ様はわたしにこの花のことを教えてくださった先生です! どうか、アカザ様と呼ばせてください!」
「え? えっと……まあ、OKかな?」
「ありがとうございます! アカザ様っ!」
「ふわっ! 危ないよ」
湧き上がる喜びのあまり、アカザに抱き着くクラウ。
学友がいるクラウであるが、異性の友は一人もいなかった。
そうした中で突然できた、異性の友……突然だったが故に、クラスの精神も少し麻痺していたのだ。
なので、自身の現状を認識すれば──
「ご、ごごっゴメンなさい!」
「ううん、気にしないで。だけど、男の人にこんなことを何度もやっちゃ駄目だよ」
「わ、分かりました、アカザ様! だ、大丈夫ですっ!」
(何が大丈夫なんだろう? ……まあ、どうでもいいか)
アカザは思考を放棄し、花壇の整備を始めていく。
こうしてアカザは、意図せずに王女を手駒にしたのであった。
◆ □ ◆ □ ◆
「脅しがまだ足りないな。このままだと、あの人が確実に殺されちゃうよ」
そう言って剣を振り払う。
ヌメッとした赤い液体が飛び散り、壁に付着する。
「“クリーンアップ”……よし、これで証拠隠滅完了っと」
術式名だけで魔術を行使し、汚れたその場所を一瞬で綺麗にする。
赤い水溜まりも、焼けてこびりついた赤い染みも──散らばった人間の体も。
「いやいや、死体を綺麗にしてどうする」
手を翳された死体は、忽然と姿を消す。
その動作を何度も行い、いつしかこの場所には一人の者しかいなくなる。
外套を被ったその者は、誰も居ない場所で何度も呟く。
「うん、これでよし。……さて、あの貴族はもう懲りたと思う。次はあっちかな?」
何やらうんうんと頷き、また別の場所に移動しようとする。
が、そのとき──
「……あれ? てっきりあの侍女とずっと遊ぶと思ってたんだけど」
「君は何者だ? それに、フィーヌのことを遊びと言うな」
黒髪黒眼の少年が一人、接触してきた。
彼はアカザに委員長として認識されている男で、この国に『勇者』として認定された男である。
委員長は先程まで、つい先日褥を共にした侍従──フィーヌと寝ていた。
しかし、廊下に居る者に気付き、こうして近づいたのだ。
「ハハッ! 君も薄ら気付いているんでしょうに。この国は、君たち異世界人を都合の良い道具としか見ていないよ。君の言うフィーヌって娘だって、仕込まれた娘なんだから」
「……黙れ」
「うんうん、このあとわたしがどう言おうと否定して、最後に黙れという展開だけは止めてね。別にね、君が──君たちがどういう選択をしようと構わないんだから」
両手を上げて降参を示す。
委員長はそれに怒りを抑え、冷静さを意識して話を戻した。
「なら、君は何をしにこの場所へ」
「そうだね……暗躍って言えばカッコイイかな? あっ、わたしのことはこの城にいる偉い人全員が知っているから、一々報告する必要は無いよ。ついでに君のことは、調査の最中で偶然知ることになっただけ」
「暗躍……つまり、敵ってことだな」
「へー、そんな装備で大丈夫か?」
「煩い、準備はいつでもできる。──顕現せよ、“エリクス”! “ソルム”!」
「……ツッコんでよ。にしても聖具、もう契約してたんだ。あっちも焦ったのかな?」
委員長のその言葉で、右手に上半身に淡い光が宿り──次の瞬間、剣と鎧が現れる。
聖具──聖なる力が宿った武具。
契約した聖人から魔力を借り受け、魔を滅する力を与える伝説に語り継がれる装備。
委員長はこの世界に来てから、聖剣エリクス・聖鎧ソルムと契約を行っていた。
聖剣は自身の能力で元から、聖鎧はこの国に聖人が遺した物である。
「こんなに近くにいても、君の実力が測れない。そんな相手が弱いはずもない。だから最初から全力でいく」
「……いや、戦わなきゃいいでしょ」
「逃さないさ。君は既に人を殺している、罪人は裁かないとね」
「それが君の能力か。国にも報告していない能力だけど、それがあればこの国の黒いところも気付いていたんじゃないの?」
委員長の持つギフト(勇者之心)には、対象の罪過を見抜く能力が存在していた。
彼はそれで罪過を見抜き、告げたのだ。
それはつまり、王城に住まう者たちに罪過があるかどうかも分かっている。
彼がそれを知ってなぜ沈黙を貫くのか……それが疑問であった。
「ま、別にいいよ。わたしの目的を邪魔しなければ、君の行動を邪魔することはないよ。ほら、これで満足だから帰ろうk──」
「逃さないって、言ったよね?」
その瞬間、王城に激震が走った。
廊下に大穴が開き、外套を被った者と委員長は同時に外の訓練場に出る。
「良いのかな? こんな風にデッカイ穴を開けちゃってさ。いやー、さっさと逃げないと不味いなー」
「構わないさ。味方は多い方が有利だし、君が捕まれば何も問題はない」
「うわー、勇者っぽくないよこの人」
睨み合うように立ち止まっていると、城の中からドタバタと騒ぐ音が聞こえ出す。
「ま、その通りだよ。わたしもこのままだと不味い状況になる。だから逃げるよ」
「そうはさせな──」
「バイバイ! “テレポート”」
「空間属性!?」
発動した魔術によって、外套を被った者はその場から瞬時に消える。
空間属性の魔術は二つの意味で貴重で、委員長が空間魔術の使い手を見るのは初めてであった(属性適性を持つ者・術式を知っている者が少ない)。
「い、いったい何が……勇者様!」
「すみません、侵入者を見つけたのですが逃してしまいました。敵は空間属性を使っていたので、もうここにはいないかと」
「!? い、急いで報告を!」
その場にやって来た衛兵は、委員長からの報告を聞いて上司に伝えようと走る。
再び誰も居なくなった訓練場、委員長はそこで呟く。
「次は絶対に捕まえてみせる。――全員で、生き残るために」
聖具を解除し、委員長は部屋に戻った。
……なお、アカザはこのとき、音にも気づかずぐっすりと寝ている。
今度こそ、二か月以内に投稿したいです