04片 小さな花壇と奴隷化計画
なんだか遅れてすみません。
さらに数十日が経過したある日、王城においてある噂が流れ始めていた。
「ふんふん……ん? アレは……」
訓練にはほとんど参加せず、一日を花を愛でるために費やしているアカザ。
今日も今日とでそれは変わらなかった。
気分転換に散歩をしていると、ある場所に目を移す。
「花壇……どうして、こんな所に……」
それは、小さな花壇であった。
城の角の辺りに作られた、日も僅かしか当たらない場所。
──そこに一人、少女の姿があった。
しゃがみ込んでいて容姿は分からないが、かなり高そうなドレスを身に着けている。
アカザたちが会った王女と、同じ髪色をしていた。
「……ひっく……ひっく……」
肩を震わせるその少女に、アカザはゆっくりと近寄る。
少女に用があったのではない、アカザに用があるのは──花壇の方であった。
「えっと、ちょっと見せてもらえるかな?」
「……っ!?」
「ごめんね、少し調べたいことがあるんだ」
ビクッと怯えた少女は、恐る恐るアカザの方を向く。
目の下を真っ赤にして、瞳に涙を輝かせていた。
紳士が手を出してしまいそうな、蠱惑的なその少女をスッと避けて、アカザは花壇の土に手で掬う。
「あむっ。成分は……ハァ、これは土魔術のヤツだ。だけど、腐葉土になってる。こっちの世界の花が枯れて、養分になった?」
「……の」
「誰が作ったんだろう? 誰でもいいけど、いつか完璧な成分の土を作れる人に会ったら調べる方法が欲しいし」
「……ぁの」
「だけど、ぼくも負けられないな。魔術で広大な花畑を造れることも分かったし、いつかあの本で見た場所──」
「あのっ!」
アカザはここでようやく、この場に少女がいることを認識する。
今までは誰かがいる、という認識でしかなく、花壇に近付いてからは完全に忘れていた程であった。
一度土を花壇に戻し、後ろを振り返る。
「ん? こんにちは、どうしたのかな?」
「あ、貴方は、異世界からお姉様が呼んで来た方ですよね?」
「お姉様? うん、多分そうだよ」
ファーストコンタクトを取った、最初の異世界人である第四王女を忘れていた。
アカザはそれでも異世界という単語から、肯定の意を表した。
「や、やっぱり! あ、あの、わたしはこの国の第五王女である、く、『────』と申します。貴方のお名前、わ、わたしにお聞かせ願えないでしょうか?」
「ぼくの名前はアカザ、よろしくお願いします。王女様」
ニコリと笑みを浮かべて、第五王女に挨拶したアカザ。
……頭の中に、目の前の少女の名前は記録されていない。
「それで、王女様はどうしてこのような場所においでに?」
「あの、その、少し、やりたいことを反対されていまして……」
「やりたいこと、ですか?」
「はい……」
グスン、と鼻を啜る第五王女。
会話をしながらも、脳内で土のことを思うアカザであったが──
「お花を一つ、育てようとしてい──」
「クラウ様。詳しく、聞かせてもらえないでしょうか?」
第五王女の発言に、優先度を変更した。
しばらく話をしていると、クラウから緊張した様子は無くなっていた。
アカザがクラウの話を、親身になって聞いていたからである。
「なるほど。つまりクラウ様は、ご家族にその食べ物ができる花を育てて、食べさせてあげたい……そういうことですね」
「うん。だけど、どうしても植えるための土が用意できなくて」
クラウはアカザに、一つの種を渡した。
ピンポン玉サイズの種であった。
「この種は、『シルバーハニー』という花の種なの。甘い味がする食べられる花だから、育ててようとしていたのだけれど、みんなに反対されちゃって。だから自分で少しずつ試してみたんだけど、それも結局土が駄目で育たなかったの」
「……そう、ですか。ちなみに、どんな花が咲くかは分かりますか?」
「ごめんなさい。本で見たのだけど、その本はここには無いの。ただ、とても綺麗な花だということは保障するわ」
その言葉だけで、アカザの行動理念は満たされた。
「分かりました。では、ぼくもその育成に協力しますよ」
「え? いいの?」
「当然です。クラウ様のその思い、ぼくのような者の力であれば、幾らでも貸そうと思えました」
(ハニー、というぐらいだから甘いのは間違いないけど、たぶん厄介事も一緒に付いているんだよな。ぼくはそれでも育てたいし、邪魔者はみんなが勝手に倒すだろうし……別に大丈夫か)
アカザは心の中でそう思いながら、クラウの手を握る。
花に対する熱い情熱に心を奪われているアカザが、クラウの顔が真っ赤になっていることに気づくことは無かった。
「いっしょに頑張りましょう、クラウ様!」
「……は、はぃ……」
そうして、二人の共同作業は始まった。
◆ □ ◆ □ ◆
男は一人、机に向かって筆を執っていた。
王城で仕事をするこの男は、国の中でもかなりの地位に就いていた。
記された内容が内容なため、その場所には侍従も誰も居れていない。
そんな場所で、一人呟く。
「勇者たちの懐柔は進めている。残りはあと僅か、しかしどいつも靡くどころか追い払うほどだ。……さて、どうするか」
書類に記されているのは、異世界から召喚された者たちの詳細な報告だ。
初めの日に写したステータスや、それから判明した能力、成長した能力値など、果てには性格や操作方法まで載っていた。
「大抵の奴はそれでも使えそうだ。首輪を嵌められれば簡単だったのだが……アイツらに首輪を嵌めるには、面倒な儀式が必要だからな。この世界に溶け込ませた方が早い」
異世界人は隷属されない。
神が与えた特典なのか、今までに召喚された者全てがそうであった。
……だが、それは条件を満たすことで解除される。
一つはこの世界の者と関係を持つこと。
もう一つは――儀式による、強制的な奴隷契約であった。
「だけど、こいつは必要ないか。ギフトも使えない、能力も低い。頭は悪いから何一つ使いようがない」
捲った紙から一枚を取り出し、内容を吟味してそう呟く。
そこには――『アカザ・ゴオン』と記されていた。
「早めに殺すか素体にするか。顔はいいから貴族に売るのもいいかもな。まったく、何だあのギフトは。植物を成長させるならともかく、花にしか使えないギフトだと? あれならばソウカ様が居れば充分だ」
ソウカとは、ギフト(農耕之極)を手に入れたアカザのクラスメイトだ。
彼女のギフトは全ての植物に対応し、すでに実績を見せているためそう評価された。
「……そうだな、確かエルビー伯爵が男色であったか。異世界の美少年ということで渡せば、さぞ喜ぶだろ──」
アカザのこれからを決めようとしたその瞬間、周囲の魔道具から光が失われる。
「だ、誰だ!」
「そんなこと、させるわけにはいかないな。あの人には、女性を抱いてほしいからな」
男の前には、外套を被った謎の者が立っていた。
声は魔道具で変声され、体格は大き目の外套によって大まかにしか分からない。
「……何者だ、貴様は」
身長は小柄な女性程だろうか。
男はそう思いつつ、話を進めようとする。
「誰であろうと関係ないのでは? 今必要な情報は──何が目的か、だけだろう」
「それはもう分かっているではないか。お前がこの異世界人、アカザにどうして固執するかだ」
「別に、ただ必要なだけだ。お前には分からない、あの人のことなど」
「……そこまで言うとなると、さぞ使えそうだな。ならばもう、分かっているだろう?」
「何のことかな?」
「頼み事をするならば、当然謝礼を用意してあるのだろう? さて、それを聞かせてもらおうか」
侵入者は頼み事をする立場であり、男は優位にあるのだ。
そんな意味も無い自信を誇り、男は侵入者に交渉を行う。
……だが、交渉とは、ある程度対等の者でなければ成立しない。
「一つ訊こうか、ラグハーロ公爵」
「……何かね? 先に言っておくが、私に脅しなど通よ──」
「スクロール、これだけで理解してもらえないかな?」
「……いや、良く分からないな」
「では、正しく言おうか──隷属のスクロールについて、これを訊こうか」
スクロールとは、魔法を特別な技術で紙に封じた物のことである。
魔力を籠めることで一度だけ使用可能で、魔力さえ足りれば誰でも使えるため世の中に出回っている道具だ。
──だが、全てのスクロールが出回って良い品というわけでもない。
魔法にも強すぎるが故に封じることを禁じられた物や、使い方が犯罪に繋がるため禁じられた物があった。
隷属魔法もまた、その一つだ。
「訊きたいことは二つ、“隷属”と“解放“の二つを使って……何をする気だった。それがあれば、奴隷となった異世界人を一人、奪えるのではないのか?」
「……」
「図星か。すでに使用した、ということは無いだろうが、どうせ場所は吐く気が無いだろうから構わない」
汗を垂らしながら、それでもなお冷静さを失わないように心がける。
失敗したならば、そこで何かを失うことを直感で掴んでいたからだ。
「何が、目的なのだ」
「いいや、すでにこちらの要求など理解しているのだろう? 無駄な説明は不要、計画を実行前に邪魔されたくなければ、こちらの動きに関わらないことだな」
男──ラグハーロは異世界人を手に入れ、侵入者もまた異世界人を。
望む者が異なることは明確であり、互いに干渉する必要は無い。
「……方法は、あるのか。こちらはこれを手に入れるために、危険を冒したのだぞ」
「こちらも危険を冒しただけだ。すでにお前の協力者にも、話はつけた。この国が腐っていることは良く分かった。あの人をこの場所に置いていては、いずれ危険なことになるだろう」
「お前にとってあの男──アカザ・ゴオンとはいったい何者なのだ」
侵入者はそれに答えると、部屋の中から気配を消した。
照明の魔道具が光を灯し、その場所に静けさが戻る。
ラグハーロは何事も無かったかのように、再び書類に何かを書き始めた……その紙に記された者には、×マークを記して。
『あの人は、愛すべき愛しき人さ』
そう話した侵入者からは、濃密な狂愛を感じた。
では、また数月後