03片 変わる生活
二ヶ月ぶりです
あれから、しばらくの時が過ぎた。
アカザとそのクラスメイトたちは、王国の意思に従って学習を続けていた。
この世界に関する知識を学び、戦うための技術を習い……一月が経過している。
初めの頃は地球への帰心に泣き出す者もいたが、今ではこの世界で生き、強くなるために努力を行う者が大半である。
「ふんふんふーん♪」
クラスの中でも優れた者は、既に国の猛者たちにも匹敵する力を手に入れた者が出現し始めた。
ギフトによる成長補正が、彼らを何倍にも強くしているのだ。
「ふふふんふーん♪」
だが、全員が全員、そうした力を手に入れられたわけでもない。
戦闘に関するギフトを得られなかった者には、そうした直接的な力は身に付かず、あくまで自身のギフトに沿った間接的な――いわゆる補助的な力が備わっていく。
すると、クラス内でヒエラルキーが生まれていき、意識的無意識問わず差別が始まる。
やれお前は弱いだの、やれ貴方は相応しくないだの、やれ黙って従えだの……。
そうして、クラス内に亀裂が入っていくのだが――。
「ふふふふふーん♪」
アカザは学友との交友関係などどうでもよく思っており、ただ自身のしたいことだけを行っていた。
何を(一部除く)言われようと聞き入れず、何を(一部除く)されようとも受け入れた。
クラスのいざこざなど気にせず、アカザは地球に居た頃とほぼ変わらぬ日々を過ごす。
クラスメイトも国の者も、アカザのやることに何も言うことは無い。
裏でどのような考えが張り巡らされようとも、実際アガサには自由を与えられた。
宛がわれた部屋に入ると、満面の笑みを浮かべてアカザは窓辺に置かれたソレに近付いていく。
「お待たせ~、元気にしてたかな?」
それは、彼の行いたいことが、誰にとっても害がないことであったのが大きい。
何故ならアカザは――ただ鉢植えに植えられた植物に水をあげているだけなのだから。
「こっちの世界だとどうなるか心配だったけど、ちゃんと育ってくれて嬉しいよ」
アカザの見つめる先では、一輪の花が咲き誇っていた。
「マリーゴールド。アフリカン種を育てるのは初めてだったから心配だったけど……しっかりと咲けたみたいだね」
細長い葉っぱと筒状の花びらを持つその花が、異世界で巨大な蕾を開いていた。
橙色の花弁は窓辺から降り注ぐ日輪の光を目一杯に浴び、まるで歓んでいるかのように揺れている。
「……揺れる? 風のせいかな?」
窓から吹く爽やかな風が、マリーゴールド特有の香りを鼻腔に届ける。
鉢植えに植えられたその花は力強く咲き誇り、風程度で揺れるとは思えなかった。
本来アフリカン種のマリーゴールドは、その大輪故に茎が倒れやすい。
なので、鉢植えで育てる場合は支柱を必須とする――のだが、アカザは支柱を使わず、ただ大きい鉢植えで育てていた。
「普通のマリーゴールドじゃない。本当に、アレの通りになっちゃった」
アカザが呟いた通り、マリーゴールドは普通の物では無かった。
根からは一輪の花しか咲かず、脇芽が生える前兆は一切ない。
本葉も二枚しか生えておらず、増える様子も全くない。
……そもそも、本来地球から持ってきた種は、この世界で育つことは無かったのだ。
しかし、不可能を可能にする力が、この世界には存在している。
「……(花卉栽培)。うん、こっちの世界特有の花になったと思えばいいかな?」
アカザだけが持つ力――(花卉栽培)。
花を育てるためだけに与えられたその力を使うことで、マリーゴールドは花開いた。
栽培条件や育て方など関係無い。
アカザは種に告げただけ、それだけで綺麗に咲き誇ったのだ。
「だけど、種を増やせないのは残念だなー。まさに、一世一代の美しさだよ」
無条件に花を咲かせられるならば、アカザはそう悔しくも感じた。
地球で咲く花をこの世界に持ち込むため、スキルはアカザに条件を提示した。
それが、従来の方法で種子の生成を行えないことだ。
花はどれだけ成長しようと種子を生まず、刺し木をしようと決して育たない。
一代限りの美しさを、その花はアカザに魅せる。
「はい、魔力で作った水だよー。しっかりと飲んでねー」
アカザはそう言って、指先から水を生み出して花へと水をやった。
この世界に来てから、アカザたちは魔力と呼ばれる力を知った。
世界中に拡散された神秘の力、地球ではありえなかったことを容易く行う魔の力――それが魔力だ。
国によって魔力の存在を教えられたアカザたちは、クラス全員がその日の内に魔力を感じられるようになった(これは珍しいことではなく、異世界人は感じようとすれば即座に魔力を知れるとも説明された)。
アカザが行ったのは感じた魔力を、水に変換して使用する――魔力変換と呼ばれる技である。
体内に取り込んだ魔力を指先に集め、水がジョウロから降り注がれるようなイメージを行う……そうすることで、アカザは水を与えたのだ。
魔力を少量の水に変換するだけならば、魔力と本人のイメージさえあれば可能だ。
ただ、本来の用途以外で水を扱う術――魔術を使うためには、その他にも必要なことがあるのだが……それはまた、別の機会に。
「うーん、みんな頑張ってるなー」
窓の外では、クラスメイトが各々修練を行う様子が見て取れる。
武器を振り、魔術を放ち、スキルを使って騎士たちと戦う。
魔力という概念は、学生であった彼らに強大な力と安心感を与えた。
地球において空想の産物とされる、魔力を使った技の発動。
そうして画面の向こう側でしか見たことの無いようなことを、現実の自分が行う。
――それは彼らに、小さな錯覚を与える。
自分たちがこの世界において、絶対的な強者であること……そう思ってしまったのだ。
国としては、自信を持ってことに当たってくれることに異論は無い。
むしろ、引き籠られずに済むので、それを助長させるように振る舞っている素振りも見せている。
大気中の魔力を取り込んで、体中に巡らせる。それだけで、身体能力が向上する。
非力だった女子だろうと、今では巨大な武器をぶんぶんと振り回す程だ。
この世界の者の場合、いきなりそこまでの効果は見込めないが、異世界から召喚された彼らの場合、地球で一切魔力を使わない中で過ごしてこれた経験がある。
そこに魔力という法則が新たに彼らに作用し、超人のような力が発揮できるようになったのだ。
「……みんなには悪いけど、ぼくは強くなりたいわけでも、魔術が使いたいわけでも無いからね。ぼくはこの子たちが居れば、それで充分なんだから」
アカザの視線の先には、温かい雰囲気を醸し出すマリーゴールドが咲いている。
不思議と感じる温もりは、自然とアカザの口角を緩ませていった。
「――♪」
鼻歌のようなものを奏で、アカザはこの日部屋で一日を過ごしていく。
◆ □ ◆ □ ◆
夜、一人の騎士が巡回を行っていた。
いつもと変わらない静かな時間。
静寂に支配された王城の中を、片手に持った魔道具で照らして進んでいた。
「――ったく、どうせ結界があるんだから回る必要なんてないじゃねぇか」
王城には複数の魔道具によって何十もの結界が展開されている。
城壁、王族の部屋、宝物庫……王城において必要な場所に置かれた結界によって、外部からの侵入者を拒む。
「さてさて、今日は誰が、何人盛り上がっているのかねぇ。暇を潰すにはもってこいのイベントだ」
騎士はそう呟いて、部屋を巡っていく。
騎士になってから鍛えさせられた身体強化スキルを使い、聴覚を一時的に高める。
『……ぁ。…………ぁああ!』
「おうおう、ヤってるヤってる。確かこの部屋は、レント様の部屋だったな。いつもいつも種付けご苦労なこって」
部屋には防音の魔道具があるのだが、身に纏う魔道鎧とスキルの力によってそれを越えて音を盗聴する。
中ではアカザのクラスメイトの一人、レントが自身に与えられた侍従を相手に腰を振っているのが確認できた。
「他の部屋は……案外、堕ちるのが早い奴らだったな」
『もっと、もっと頂戴!』『おらおら、欲しけりゃくれてやる『なぁ、もっとしっかりとしゃぶれよ『凄い! こんなの初めて!『安心して、君たちの国は僕が守るから!……』
「……最後のは勇者様の言葉か。これで国も安泰ってこったな」
ハニートラップ……見た目麗しい異性を宛がい、情を以って自分たちの望む選択をその者に取らせようとする方法だ。
地球ではまだまだ子供として扱われることの多い少年少女、そうした色仕掛けにすっかり嵌り込んでしまう者も多かった。
『――初めてなんでしょ? 安心して、私がしっかり教えてア・ゲ・ル♪』
「……これでまだヤってない奴はあと四、五人ぐらいだったっけ?」
また一人、自身の体の疼きに耐えられずに甘い罠へと堕ちていく。
既に何十人もが異性との交遊を持ち、深い情愛を感じるようになっていた。
――それこそが、国の望む結果であった。
「……ん? どこかで物音が……いや、どうせベットが軋む音か布が擦れる音か」
一瞬、今までに聞いていた音とは異なる音がなって気がした騎士は、周囲を見渡す。
だがいかんせん、情事の音が耳に届き過ぎたが故に、それが何処で鳴ったものかを認識することはできなかった。
「さて、巡回巡回っと」
異世界人の泊まる地帯を越え、通常の巡回ルートに戻る騎士。
……それを覗く一つの影に、本日も警備は気付くことは無かった。
別サブタイ――変わる性活
では、また二ヶ月後に