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「ついし?」

 耳慣れない響きに、女は眉の根を寄せる。

「そう、墜死。酒場宿『銀鹿亭』で働く女給リリィは、昨晩遅く銀鹿亭の裏路地に墜落して頭部に外傷を負い、死亡した。発見されたのは今朝方で、ツーパレス市の治安を預かる我ら衛兵隊としては事故と殺人の両面から捜査中ってわけだ」

「……リリィが、死んだ?」

 ドア枠にもたれて煙草をくわえる男の姿に、女が顔をしかめる。制服こそ市が雇う衛兵隊のそれだが、着崩され、シトラスの香水を匂わせる姿はどうにも仮装めいている。女が抱く不審の念に気付いたのか、肩をすくめる仕草すらわざとらしい。

「ところで、あんたが銀鹿亭のもうひとりの女給、アコニットさんで間違いない? だったら、申し訳ないが一階までご足労願おうか」

 アコニットと呼ばれた女はため息をつき、漂う紫煙に目を細める。

「ついさっきまで寝てたの。身支度をするから、デリカシーのない名無しの衛兵さんは外で待っててもらえるかしら?」

「おっと、これは失礼した。俺の名前はリクター。ツーパレス市の衛兵隊長補佐を務める者だ。それから念のため言っとくが、裏路地には部下をやってあるからな」

「心配しなくても、逃げたりしないわ」

 乱暴に閉められたドアが再び開くまで、一時間あまり。忙しげにつま先で床を叩き、苦虫を噛み潰したような表情を隠そうともせず壁に体重を預けるリクターに、アコニットはとびっきりの笑顔を浮かべてみせる。

「……いい性格してんな、あんた」

「あら、褒めていただいているのかしら?」


 一階の酒場には銀鹿亭の主人であるバロナーと料理人のコッキン、店の常連であるナルキンに、役人然とした見知らぬ男を加えた四人の男が待っていた。ご丁寧に、入口と裏口へ続く扉はリクターの部下らしき衛兵が固めている。どうやら、衛兵隊はリリィが何者かに殺されたと踏んでいるらしい。この場に集められたのは容疑者なのだろうかとアコニットが訝しんでいると、唐突に外が騒がしくなり、坊主頭に僧服の一団が店に踏み入ってくる。彼らは衛兵が制止するのを意にも介さず、口々に宣伝文句を説き始めた。


「不慮の事故で亡くなられたご家族、ご親族がいらっしゃるなら、ぜひ我らが復活教会のご利用を。ただいま春の早逝割引実施中でございます」

「葬送教会では故人の宗教に則って適切な葬送法をお選びいただけます。御用の際は葬送教会、葬送教会をぜひぜひお呼びつけくださいませ」

「形の崩れたご遺体の整形や回復でしたら神聖教会が利用者アンケートで業界トップ。最新の魔法で、竜に焼かれた骨からでも綺麗なご遺体に」

「現代の魔法では回復できない難病、奇病にかかってお亡くなりでしたら冷凍教会のご利用をご検討ください。未来の回復魔法の可能性は無限大です」


 おごそかな口調、沈痛な表情、それらと相反する無遠慮な宣伝文句。ハエと僧侶が死体にたかる、とはよく言ったもので、彼らはどこからか人死にを嗅ぎつけてやってくるのだ。相応の金額を払えば手厚く弔ってもらえるし、大金を積めば生き返ることすら不可能ではないものの、一般人が気軽に手を出せる金額ではない。復活破産で悲惨な第二の人生を送る羽目になった、という話も珍しくない。


「ちっ、教会のハエどもめ。おい、さっさと追い出せ」

 リクターの指示で、裏口を固めていた衛兵も加勢に入る。

「彼らがハエなら、貴方たちは死体の臭いを運ぶ風かしら」

 教会に人死にの情報を流しているのは医者や衛兵だ、というのは半ば常識となっている。それを皮肉るアコニットの言葉に、リクターが嫌そうな顔をする。

「俺が流してるわけじゃねえっての」

「衛兵隊が、じゃないのね」

「奴隷のくせに、口の減らない女だな」

「解放奴隷よ。間違えないで」

 アコニットの口調が尖ったものになり、リクターが軽く肩をすくめる。

「おい、アコニット。衛兵さんになんて口を利くんだ。すみませんねリクター隊長殿。うちの女給は教育が行き届きませんで……」

 アコニットを怒鳴りつけ、ぺこぺことリクターに頭を下げる小太りの中年は銀鹿亭の主人であるバロナーだ。酒焼けした顔に似合わぬ笑顔を張りつけている。

「さっきも言った通り、俺は隊長補佐だ、バロナーさん」

「おお、そうでしたな。まことに気が利きませんで……」

 バロナーの卑屈な態度にリクターが眉をひそめる。

「教会のハエどもの排除を完了しました、リクター隊長補佐殿」

「おう、ご苦労。さて、始めるとするか」

 部下の報告に鷹揚な態度でうなずき、年季の入ったカウンターにもたれかかったリクターは、一同を見渡して口火を切る。

「もう知ってる者もいるだろうが、改めて説明しよう。酒場宿『銀鹿亭』で働く女給リリィが死体になって発見されたのは、明け方……おおよそ三時間前ってところだ。発見したのは巡回中の衛兵で、場所はこの銀鹿亭の裏路地だ。彼女がいつ墜落したのかを目撃した者は今のところ見つかっていない。衛兵隊としては事故と殺人、どちらの可能性もあると考えている」

 床に煙草の灰を落とし、リクターが続ける。

「面識のない者もいるだろうから紹介しておこう。ここに集まってもらったのは銀鹿亭の主人であるバロナー、同じく料理人のコッキン、女給のアコニット。そして昨夜被害者と話しこんでいた常連客のナルキン。最後に公証人のノータリィだ」

「公証人?」

 契約書や証明書の発行に携わる役人が、なぜこの場に呼ばれているのかを訝しむ声が上がる。それを受けて、ノータリィがリクターの横に進み出る。

「ご紹介に預かりました、公証人のノータリィです。この度は故人にお悔やみ申し上げると共に、故人が生前に残された遺言書について、衛兵隊のリクター氏の要請を受けてこちらへ伺った次第です。本来、遺言書の内容は関係者にのみ明かされるべきものであり、こうした処置には前例がないのですが、本件の特殊な事情に鑑み、正式に上長の許可を受け、あくまで特例ということで……」

「はいはい、前置きはいいから。結論だけ簡潔に述べてくれ」

 放っておけば延々と続きそうな前置きをリクターが遮り、先を促す。話の腰を折られたノータリィは不承不承、といった体でうなずくと短く告げる。

「読み上げます。『私、リリィ・アフェアの全財産は我が友アコニット・ラースに相続される』彼女の遺言書に記された内容は以上です」

 その場に集う全員の視線が、アコニットに集まる。

「あの、バカ……」


 アコニットは舌打ちし、なぜ自分がこの場に呼ばれたのかを理解したのだった。

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