206話 言われても言えないのだから
206話 「言われても言えないのだから」
月雲は充電器から外したタブレットを持ち上げ、それがマフラーとなった後、首に巻いた。
「あの……さっき握手してくれた和田さん、おはようございますって言ってましたけど、どう考えてもこんにちはの時間ですよね?」
「月雲ちゃん、彼女はおはようございますしか言わないことにしてるからそこら辺気にしたらダメだよー。さっ!二人とも指定された教室に行ってきてくれたまえ!頼むよー。あ、これ終業式の案内だから配っといてね。んじゃ、おやすみー。」
校長のテンションに負けそうになりながら校長室をでていった。
指定された教室は『2年10組』。ちなみに15組まである。そんなに生徒いるのか?
少し進めば生徒達が何事も無かったかのように歩いている。
「あ!先生こんにちはー。」
「こんにちは」
今挨拶してきた子は2年10組の生徒である
水原梨里奈
心の中で『今日は昼から登校だったから朝のアニメ見れてよかったー。教室に帰ったらみんなに聞いてみよ!』と言っている。
あとをつければ教室にたどり着けると思い、彼女の後ろを歩いていると不思議そうに見られた。
『なんだろう……私なんか悪いことしたかな……んー。もしかして朝来なくちゃいけなかったとか?でもあれ急にメールで知らされたし私悪くないよ?まぁ、いっか。とにかく朝のアニメの話を誰かにしないと!』
気にしなくてよさそうだなと月雲に伝えると小さく頷いた。
教室に着くと大半の生徒が椅子に座っていた。
「で、月雲。お前ここのクラスだったか?」
「多分違うけど、恐らくあの人の言い方だと、あなたと一緒に行動した方が良さそう。」
「分かった。」
全員が席に座った時、終業式のプリントを配って黒板に『文化祭』と文字を書いた。
昔は生徒の心の声がなかなか制御できず聞こえっぱなしだったが、今では聞こえないようにすることも出来る。
そんなことは置いといて。
「文化祭実行委員の1人である月雲雷さんに今回の文化祭について話をしてもらう。では、どうぞ。」
『文化祭実行委員になったつもりは無いんだけど。』
まぁ、そこは何とか誤魔化さないと他に紹介のしようがないだろ。
『分かりました。』
私の代わりに教卓に立って話を始めた。
「先程お配りしたプリントにも書かれているように終業式が急遽明日行われることになり、夏休みが早く始まることになります。そしてその分、文化祭も早めてもらうことになりました。まだ大まかなスケジュールは決まっていませんが、大体去年と同じように1年は店、2年は小演劇、3年は体育館で演劇となります。他にも有志によるコンサートやたくさんの企画を考えています。そこで皆さんにもっと文化祭を盛り上げてもらうために【文化祭を盛り上げるクラス】に選ばせていただきました。なので、今から一緒に考えていこうと思うのですがよろしいですか?」
台本も何も無いのによくここまで喋れたなと感心している場合では無い。生徒達がどう思っているかが肝心なのだ。
しかし、えーとかやりたくないだとか言われるんだろうなと思いどうしても心を覗くことを躊躇ってしまう。
ここは踏ん張って聞いてみるか。
『面白そうだ!あのアニメみたいにメイド喫茶とかやって欲しいなー』
水原莉々奈
『風紀はある程度守らないといけませんが、少しくらいなら盛り上がってもいいと思いますね。』
井野瀬麗華
『おっ、楽しそうじゃねぇか。』
山田桐也
この他にも文化祭を盛り上げることに賛成しているものが多数いた。
もちろん、反対している者もいるが。
でも、予想外の反応に私は思わず笑いそうになった。普段笑わないせいか全く頬が動かないのに……
『乗り気じゃない人には後で話を聞きましょう。先生、順調ですね。』
やつれていた月雲も少し笑っていた。
このクラスの力は計り知れない。
必ず文化祭を盛り上げてくれるだろう。
文化祭という大きな文字を消してみんなが挙げるやりたいことを書いていたその時だった。
後ろの扉がすごい音をたてて開いた。
『この私が遅刻するなんて。メールが届いていなかったなんて。許さないわ。』
ドスンと座ったのは生徒会長の長島千鶴だった。




