直哉の心
授業というものは、ボーとしていれば案外早く終わるものだ
それがたとえ弟が見ている授業だとしても、俺の通常運転は変わらない
授業が終わり、皆ワイワイと帰りの支度を始める
俺も教科書を鞄につめる
後ろに少し目をやると、直哉が退屈そうに後ろの壁にもたれかかって、クラスを一通り見渡している
何をしてるんだ…?
その様子を見ていると、直哉と目があった
直哉はもたれかかっていた背中を離し、俺の方へ一直線できた
「兄ちゃん。帰ろ」
「…まだ早い」
「あ、そっか」
教室には、もう数えるくらいしか人がいない
直哉は隣のやつの椅子をひき、俺の机の方を向きながら座る
…良かった。弟はちゃんと椅子に座る人間だった…
最近、机などに乗る者が多々あったから
なんとなく心配してたんだけど…
「何してんの?兄ちゃんも座りなよ」
座る?
なんで?
「俺の帰らなきゃいけない時間まで、話してよーよ」
「え…でも…」
図書室…
……え…
なんで図書室に行かなきゃとか思ってるんだ…
自分にひく
「俺、兄ちゃんと話したい気分だし」
どんな気分だ
俺には到底理解できない
「ほら、家じゃさ、居心地ってゆーか…空気?が悪くて兄ちゃんともあんまり話せないじゃん。だから、ね?」
お願い!というように手を合わせ、頼み込んでくる
なんだろう
そう言われると、断りずらいんだよな…
「…ちょっとだけだぞ。ちゃんと帰る時間になったら…」
「分かってるって!!ほら!!座って!!」
足をバタバタさせ、子供っぽい仕草をする直哉に少しだけ
顔が綻びる
「本当久しぶりだなぁー」
「おい、まだ人がいるから静かに…」
「兄ちゃん」
言葉が区切られ、直哉が不敵な笑みを浮かべながら話し出す
「俺、兄ちゃんのことは大好きだよ」
何を話し出すかと思えば
「あ…ああ…俺も好きだぞ」
「でも、母さんは嫌いかな。あんなの、いてもいなくてもおんなじだ」
「…その言い方は…ないんじゃないか」
手に力がこもる
あれでも俺達の母親だ
親をそんな風に言っていいはずがない
「兄ちゃんだってそう思ってるでしょ?本音を聞かせてほしいな」
「俺はっ…そんなこと…思ってない…」
「でも、母さんがいなければもっと自由に過ごせるでしょ。俺は兄ちゃんが言うから手伝ってるだけで、今すぐにでもあの家を飛び出したいと思ってるよ」
「…」
「兄ちゃんが望めば、俺が何処にだって…」
そう言いそうになった所を、直哉の口を手で塞ぐ
「中学生が何言ってるの。お前じゃ、何も出来ないよ」
それは俺にも当てはまる言葉で、少しだけ胸が、ザワザワした
気持ち悪い感覚
なんでこんな感覚にならなきゃいけないんだろう…
ゆっくりと口元から手を離し、直哉に言い聞かせる
「今度そんなこと言ったら、許さないからな」
「…分かったよ…」
不服そうに頬を膨らまし下を向く直哉
だが
「だけどね、兄ちゃん。兄ちゃんはきっと逃げ出しちゃうよ。あの家から」
真っ直ぐ見据える直哉の目には
光なんてものは、存在しなかった