怒り
家の中は静寂
ただそれだけがあった
直哉は救急箱から包帯やら消毒液やらを出して一向に口を開こうとしない
俺も直哉の手元を見ているだけだ
怒っているような悲しんでいるような直哉の表情に俺はどうすればいいんだろうと、うろたえるばかり
額から流れていた血は、時間が経ったせいかもう固まっていた
それでも直哉は一言「ダメだよ」と言って、俺を床に座らせ今の気まずい状況ができている
どうしたものか…
全部俺のせいなんだけどな…
俺が早く帰って、いつも通り過ごせば直哉を悲しませることはなかったし、俺も怪我をすることはなかった
まあ、自業自得なんだ
結局
でも、このまま話さないっていうのもなんだか嫌だ
俺は話題を探しながら勢いで口を開いた
「い…やぁ…今日は寒いなぁ」
その言葉にピクリと、微妙な反応をして
チラリとこちらを見る
「雪降ってるからね」
そう言ってまた目をそらし、救急箱をガサガサさせる
「えっと…学校楽しいか?」
普通なら親が聞いたりする台詞
でもウチには親はいるようでいないようなものだから、別にこんなことを聞いても問題はないはずなんだけど…むしろ聞いた方がいいはずなんだけど…
「は?」
反抗期だろうか
冷たい反応に思わず体が固まる
「なんで兄ちゃんがそんなこと聞くの」
「え…そりゃ…気になったから…」
こんなとき、どんな反応をすればいいのか分からない
「じゃあ兄ちゃんはどうなんだよ」
「俺は…別に…」
「別にはないんじゃないの。今日だって、友達と遊んだりしたから遅くなったんじゃないの」
「それは違う!」
「何が違うの」
「あいつは!!友達なんかじゃない!!」
「じゃあなんで遅くなったの。その人と遊んでたからじゃないの!?」
包帯が直哉の手から離れて床に落ちる
直哉の目を直接見ることが出来ず、その包帯が転がっていく様子を見ることしか出来なかった
「ほら見ろ。兄ちゃん、やっぱりその人と遊んでたんじゃないか…」
嘘つき、と最後の言葉は小さく呟かれた
「遊んでは…ないよ」
「何にしろ、兄ちゃんがその人と一緒にいて遅くなったのには代わりないじゃないか…」
話すにつれ、直哉の声が掠れていく
「……学校なんて、楽しいわけないじゃないか…家がこんなんなのに、外で楽しめるわけ、ないじゃないか…」
俺だってそうだよ
なんて言えない
今は何も話せない
今自分の表情はどうなっているだろうか
きっと苦々しい表情なんだろう
謝罪の言葉しか頭に浮かんでこない
そんな時、直哉が続ける
「でも」
「…?」
まだ続くその言葉
次はなんて言われるのか、待つしかなかった
「外よりは、中の方が居心地がいいよ」
「??」
そういうものなのか?と疑問しかなかった
俺はどちらかと言うとやはり外の方がまだ楽だ
少しは自分でいられるから
「だって、家には兄ちゃんがいるし」
流れが少し柔らかくなった、そう思った
「外のやつらは嫌だよ。自分勝手で。でも、家の中なら、いつも兄ちゃんいるし、まあ、いいかなって思ったりしたんだよ…でも」
今日は遅かった、とまたトーンが沈み出す
「いや…でも…30分くらい…だったし…」
「30分だよ!?その間俺は一人でどれだけ心細かったか!!」
「ご…ごめん…」
「…明日からは…早く帰ってくるよね?」
「ああ…」
「1分でも遅れたら、きっと母さんも怒っちゃうよ?分かってる…?」
「分かってるよ…」
「…ほんとかなぁ…」
そういうのを最後に、床に落とした包帯を手に取り、消毒をして巻き付ける
「母さんも兄ちゃんもおかしいけどさ、俺はちゃんと二人のこと愛してるよ?」
「それは、俺も同じ…」
「いやいや、俺のが愛してるって。兄ちゃんの愛情は俺の家族愛には到底及ばないよ」
直哉が笑っているのか、いないのか分からない
包帯を巻くため、後ろに回っているからだ
「出来た。いいよ兄ちゃん」
包帯で巻かれた場所を触ってみると、少しだけズキリと痛みが走った
「あ、ダメだよ兄ちゃん、触ったら…」
「あ…ああ…ごめん…」
素直に謝る
そっか、触ったらダメか…
「直哉、ありがとう」
そうお礼を言うと、ニコリと嬉しそうな顔をして上に上がっていった