俺事情
バンッと音とともに、何かが床に落ちる
固い金属類だったようで、ゴトンと重々しい音がした
痛い…なんて思う暇がなかった
罵声が聞こえ、次々と物が投げられる
その悲痛な叫び声は、もうほとんど慣れてしまったとでもいうように心に響いてこない
「なんで遅かったの!?私のこと嫌いになったの!?ねえ!!なんで!?」
さっきからずっと「なんで」と言っている
それに対しての俺の答えも、さっきから変わらない
「仕事だったんだ」
「仕事」そう言うしかなかった
だってきっと、あの人もそう言っただろうから
あの人は、俺の父だった
過去形
浮気したとか、逃げたとかじゃない
ただ普通に、死んでしまった
もうこの世にいないのだ
普通だった母さんも変わって
そして俺もきっと変わったのだろう
直哉の表情を見ていれば一目瞭然だから
母さんは、俺の存在を父と重ね、俺は母さんの望むままに父を演じる
だって、しょうがないよ。直哉
俺だけが犠牲になるなら、まだいいよ
狂った母さんが、もしかしたら直哉にまで手を出すかもしれないから
「嘘よ!!嘘嘘!嘘ばっかり!!」
また一つ、物が投げられる
「母さんっ…もうやめてよっ…」
直哉が母さんを止めようと、俺と母さんの間に立つ
だが、それすらも見えていないように物が投げられた
「直哉!!」
直哉を押し退け、鈍い音がしてそれが落ちる
さっきより重たく感じたな…と思い、頭をそっと触るとヌルリとした感覚がした
(血だ…)
手には真っ赤な俺の血がベタリと張り付いていた
「に…兄ちゃ…」
直哉が真っ青な顔でこっちを見る
俺は大丈夫だよ、と目で伝え泣き崩れている母さんの元へ寄る
「咲希、部屋に行こう。今日はもう寝たほうがいい」
母さんは顔を伏せたまま、よろめきながら無言で立ち上がる
伸びすぎた髪の毛で表情は分からない
よく見ると、髪が荒れている
「今度髪の毛切ってあげるから。それと、明日はちゃんと早く帰ってくるよ」
そう言っても、反応は帰ってこなかった
無言で部屋の中に入り、鍵を掛けて密室空間を作る
そこでようやく解放され、ため息をつく
だが、まだやることはある
散らかった物
「…片付けなくちゃなぁ…」
物を一つ拾い、もとの場所に置こうとする
だがしかし
「待って。兄ちゃん」
すぐ横を見ると、直哉がそこに立っていた
直哉の手には救急箱
「血、出てる」
「あ」
すっかり忘れていた
今でも血は止まることを知らずに流れ続けている
もしかして、と思いさっき歩いた所を目で追って見ると、そこには点々と血がついていた
「ああ~…拭かなきゃ…」
洗面所から雑巾をもってこようとすると、いきなり後ろに服が引っ張られた
「だから!血!」
もう顔が半分怒っていた
とりあえずここは、あれを言っておこう…
「ご…ごめんなさい…」