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こんな夢を観た

こんな夢を観た「秋のリサイタル」

作者: 夢野彼方

 恒例の「落ち葉のリサイタル」が今年も開催される。秋山輝代の奏でるヴァイオリンの美しいしらべを聴きに、大勢の人々が森の広場へと集まっていた。

 紅や黄色に色づいた木の葉が目にも鮮やかな演奏会場は、きれいに苔が取り払われた古い切り株が100席もならぶ。それが今や満席で、あとから来た者は皆、立ちながらの見物となった。

 わたしも出遅れた1人で、節くれだったブナの幹にもたれながら、会が始まるのを今や遅しと待っていた。


 一枚岩を削って平にした舞台の上に、紅葉のドレスに身を包んだ秋山輝代がしずしずと現れる。

 とたんに、ワアーッという声援と、耳もつんざけよ、とばかりの拍手で迎えられた。

 秋山輝代はスタンド・マイクに顔を寄せ、スイッチがちゃんと入っているかどうか確かめるため、指でコンコンと叩く。

 ゴツゴツッ、と音が拡声され、入力オーバーによって生じたハウリングが森の中に響き渡った。

 それを合図に、観客席は一斉に静まり返る。さあ、いよいよ始まるぞ、と思いきや、秋山輝代は悲しそうな声で言う。

「お集まりの皆さん、とっても残念なのですが、演奏会は中止いたします」


 辺りは騒然となる。ただ、それも秋山輝代が再び口を開くまでの話だった。わたし達を含め、誰もがその訳を知りたくてたまらないのだ。

「実は、わたしの大事な『蜘蛛糸のしらべ』が、今朝から行方不明なのです。代わりのヴァイオリンならいくらでもあります。でも、たとえストラディヴァリを千丁譲ると言われても、わたしにはあれしかありません」

 観客の中には、憤りをそのまま言葉にだす者も少なくなかった。

「誰かが盗んだに違いない。いったい、どこの大ばか者なんだ、そいつは!」

「空から月を取り上げて隠すようなものじゃないか。この世の秩序というものを乱そうという謀反者だな。断じて許すことはならん!」

 わたし自身、強い怒りを感じていた。同時に、とても悲しくなった。「蜘蛛糸のしらべ」は、万年ニレが自ら折った枝に、ジョロウグモの長達が何千年もかけて糸を張った最高傑作なのだ。

 

「まだ、この森のどこかにあるかもしれない」誰かが期待を込めて言う。

「ならば、われらで探そう。何としても見つけだそうじゃないか」

 口々に述べる声で溢れた。人々は散り、草むらを、木の陰を、そして梢の上までを探し始める。

 世界を隅々まで歩くことになったとしても、必ず探し出そう、わたしの決心もまた固かった。目を皿のようにして、それこそ草の根分ける勢いで這い回る。

 薮の中でフンコロガシに出会い、こう尋ねてみた。

「ここいらで『蜘蛛糸のしらべ』を見かけませんでした?」

「さあ、今日は蜘蛛の糸1本にすら触れなかったなあ」フンコロガシは、土団子を蹴る足を止め、そう答える。


 蕾をつけ、冬に備えるツバキにも聞いてみた。

「誰かが『蜘蛛糸のしらべ』を持っていってしまったんです。何か知りませんか?」

「まあっ、なくなってしまったって、それはほんと? 困ったわ、あのきれいな音色が聴けないと、わたしの蕾はいつまで経っても花開くことはないでしょう。そう言えば、今朝早く、冷たい風がぴゅうっと吹いたっけ。それが何か関係あるかもしれない。その風は、まっすぐ南へ走っていったわよ」

「そうですか、もっと南を探してみます」わたしは礼を言って、更に森の深くへと向かう。


 コナラばかり立ち並ぶこの一帯は、あらかた葉が落ちてしまったか、残った葉もすっかり黄色く染まっていた。地面の上には、敷き詰めたように、どんぐりがびっしりと転がっている。

 1つだけもぞもぞと動くどんぐりがあった。よく見ると、一緒に落ちてしまったミノムシが、どんぐりの下敷きになってもがいている。

 わたしはどんぐりをそっと除いてやった。

「次からは、もっと注意した方がいいよ」わたしは言う。

「ありがとうございます。あの、ついでにそこの木の枝先に乗せてもらえませんか。もののついで、ということで」ミノムシが頼む。

「お安いご用。風に気をつけてね。そよ風だからと言って、油断していると大変な目に遭うから」ミノムシを枝に乗せる。

「風と言えば、朝一番に吹いた奴はすごかったなあ。その突風に揺り落されたんですよ。そいつ、こんな妙ちくりんな葉っぱを落としていきやがった」

 ミノムシは、みのに貼り付けていた葉を剥がし、わたしに渡す。金色をした小さなカエデだった。


「きれいな葉っぱだね」わたしが感心すると、

「差し上げますよ。お礼と言っては何ですけれどねっ」と答えた。

「ありがとう。しおりにでも使おうかな」金色のカエデを、財布の札入れにしまう。

 北風の吹いた方角は容易にわかった。草が折れ曲がっていたり、中には茎からぽっきり倒れてしまっているものもあったからだ。

「こっちか……」わたしは先を進む。

 年老いて背の高いケヤキばかりが立ち並ぶ。どこもかしこも枯れ木ばかりで、一足早く冬が訪れたかのような装いだ。


 とりわけ大きく、太い木が立っている。木の周りをぐるっと回ってみると、ごつごつした幹の一部が、不自然なほど、つるん、と滑らかだった。

「まるで、穴を塞いだ跡みたいだ」

 表面にうっすらと、小さな手の形をした染みがある。指でなぞってみると、かすかにへこんでいた。

 もしかしてと思い、さっきミノムシから貰った、金色のカエデの葉を取り出し、あてがってみる。

 幹にぽっかりと穴が空き、うろが現れた。中には、枯れ葉そっくりにデザインされたヴァイオリンが置かれている。


「ああ、確かにこれは『蜘蛛糸のしらべ』だっ。遠目に見ても素晴らしかったけれど、目の当たりにするとなお美しい……」

 わたしはうろから「蜘蛛糸のしらべ」を慎重に持ち上げた。手にしていることを忘れるほど軽い。

「糸には触れないように気をつけなくちゃ」そう、自分に言い聞かせる。あまりにも繊細な弦は、それを奏でるのにふさわしいもの以外の手が触れると、たやすく切れてしまうのだ。


 わたしは「蜘蛛糸のしらべ」を携え、来た道を駆け戻る。

「おそらく、早走りの北風のしわざだな。あいつときたら、冬が来るのが待ち遠しくて仕方がないんだ。本当にしょうがないいたずら者だよ」走りながら、わたしはつぶやいた。

 けれど、こうしてヴァイオリンも見つかったことだし、許してやることにしよう。

 何より今は、これから始まる素晴らしい演奏のことで頭がいっぱいだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 綺麗な作品ですね。秋の一日の森の静まりが夕陽に輝いているようです。虫たちを驚かさないように物陰からそっと、落ち葉のリサイタルを聞いていたい。
[一言] その演奏を聴けることで盗まれたことさえ許せるようなすばら演奏の技術とそれを支えるヴァイオリンの音色というのを夢の中でもいいので一度聴いてみたいですね。
[良い点] 童話のような素敵な夢ですね。 うらやましい、こんな夢を見てみたいです。 私が今日見た夢は・・・・・・忘れちゃいました。 夢日記でもつけようかと思う今日この頃です。
2014/10/27 13:06 退会済み
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