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「子……里子」
名前を呼ぶ声がする。
この声は怖くない、さっきみたいに体が震えない。でも、誰?
「里子、こんなところで寝ていないで」
「ん」
ぼんやりとした頭で声を聞く。あぁ、この声はお母さんだ。
良かった私戻って来られた。戻って来た。え、どこから?
「お、お母さん?」
肩の辺りをポンポンと叩かれて、やっと瞼が開いた。
眩しい、窓から日差しが差し込んでいる?
あれ? 天井が高い。背中が痛い。
「やっと起きた、里子なんでこんなところで寝てるの」
「へ、あ」
お母さんに言われて視線を動かすと、寝ていたのはベッドでは無く部屋の入り口、つまり廊下だった。これじゃ背中も痛くなる筈だ。
「あんたがいつまでも下りてこないから様子を見に来たら、廊下に倒れてるんだもの。驚いたわ」
「ごめんなさい、廊下涼しくてつい」
廊下で寝ていた理由は自分でも分からないけれど、心配をかけたくなくて嘘をついた。
なんで廊下で寝ていたんだっけ? 眠くて二階に上がってきて、部屋のドアを開けてそれで。
「櫛!」
そうだ櫛を見つけて、燃やした筈なのに部屋の中にあったのを見つけて怖くなって、それで気を失った。
寝てたんじゃない。
「櫛? 寝ぼけてるの?」
「そうじゃなくて、あそこに。無いっ」
上半身を起こし部屋の中を指差す。
焼却炉に入れて火を付けた筈なのに、部屋の中に戻ってきた。
確かに見た筈なのに、部屋の中にあれは無かった。部屋の入り口から見渡せる範囲のどこにも無かった。
「何を言ってるの」
「夢、なのかな」
あれは夢? 何かを見間違えたの?
分からない。分からないけど、怖い。
「下に行こう。ねえ、私少し調子悪いかも、今日下で寝ても良い?」
この部屋で眠るのが怖くて、私は嘘をついてお母さんにお願いした。
「具合悪いって、大丈夫なの。お医者さんもお盆休みで診てもらえ無いわね。町までいけば休日診療の病院があるかしら」
「大袈裟だよ。少し調子が悪いから心細いというか、なんというか。変だよね、向こうでは一人で暮らしてるのに」
心細くてお母さんの傍にいたい。子供みたいに。
「なに甘えてるの。仕方ないわねえ、じゃあ特別に今夜は座敷で布団を並べて寝てあげるわ。そうと決まったらお布団干さなきゃね」
「うん。手伝う」
部屋に戻ってこなくて良いように、着替えを入れた鞄を抱えた。
一人にならなければ大丈夫、きっと平気。
自分に言い聞かせ、お母さんの後を付いて階下に向かう。
さっき感じたひんやりとした空気は、もうどこかに消えて無くなっていた。