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震える体を誤魔化すように、乱暴に焼却炉の扉を閉めると小走りで家の中に戻った。
「あんた外でなにやってたの。早くご飯食べちゃいなさい」
「うん」
曖昧に笑って席に着く。
納豆とお味噌汁と漬物、厚焼き玉子にトマト。いつもの実家の朝ご飯を前にしてやっと震えが止まった。
「こっちも暑いなあって思ってさあ。昨日寝苦しかった」
「テレビ消さずに寝るからでしょ」
「そんな事……あるかなあ。あれ、お父さんは?」
「散歩。暑いから朝歩くんだって」
「へえ。トマト美味しい。やっぱり家の野菜最高」
トマトを齧ってその美味しさに感動する。
東京の安売りのトマトと家の野菜、同じ食べ物とは思えないくらい味が違う。
「そりゃ、さっき採ってきたばかりだからね。美味しいのは当たり前。でも今年は出来がイマイチなんだよ。全然雨が降らないから」
「そういえば、地面カサカサだったな」
「梅雨の間も殆ど降らなかったし、梅雨が明けてからは一度も降ってない。このままだと井戸が干上がってしまうかもしれないわね」
「東京は結構降ってるけどなあ、それこそゲリラ豪雨とか。会社の帰り何度びしょ濡れになったかわからないよ。突然降りだすんだもん」
雨が降らない。
その言葉がなぜか引っかかった。
雨が降らない、何日も何日も降らず、どんどん土が乾いていく。
ため池の水が干上がって、井戸水の水位が下がって。作物が枯れていく。
頭を垂れ始めていた稲が、大きくなり始めていた柿が、雑草さえ葉先を茶色く染めはじめ、風が吹くたび土埃が舞った。
「前もあった? 雨が降らない事」
今の記憶はいつのもの?
見渡す限りの田園風景。
雨が降らず、照りつける太陽を絶望の目で見上げる。
これはいつの記憶? あたしはどうして。
「ないよ。里子が生まれてから……ううん、お母さんの記憶にある限り、こんなに雨が降らなかった事なんて一度もない。この辺りは気候に恵まれてたんだよ。大きなダムが無くてもやっていける位気候に恵まれた土地だったんだから」
「そう、そうだよね」
大雪が降るわけでもなく、大雨になるわけでもなく。温暖で、適度に雨が降って。
天候で苦しむことなんて、今まで一度もなかった。
大学に進み東京に出て驚いたのは、台風だった。
台風があんなに凄い雨を降らせるものだと、あたしはそれまで知らなかったんだから。