3
朝まで起きているつもりだった。
また夢を見るかもしれない、今度は追いつかれてしまうかもしれない。
追いつかれても夢だから大丈夫。そう思う事ができなかった。
「里子、起きなさい」
お母さんの声にハッとして目を開けた。
つけっぱなしのテレビは朝の情報番組を映している。眠るつもりはなかったのに、ベッドに寄り掛かったまま、いつの間にかうとうとしていた様だった。
「里子」
「起きてる、起きてるってば」
ドアを開け廊下に出る。
「へ?」
足元が冷たかった。
「なんでここ濡れてるの? お母さん、ここなにかこぼした?」
キッチンへ戻っていくお母さんに問いかけると「あんたじゃないの?」と呑気な声が返ってきた。
「あたしじゃない。じゃあ誰が」
あたしの部屋は廊下の突き当り、その隣の部屋はお兄ちゃんが使っているけど今は旅行中で居ない。
お母さんじゃないなら、誰が。
「部屋!」
慌てて部屋の中に戻って周囲を見渡す。
テーブルの上のペットボトルの蓋はちゃんとしまっている。カーテンもちゃんと……え。
「カーテン、寝る前は隙間なんかなかったのに」
窓の外を見ようとして、怖くてカーテンすら開けられなかった。
あの時カーテンは隙間なく閉められていた。それは間違いない。
「どうして、どうして、どう……いやあぁっ!」
違和感を感じて枕元を見る。
違和感の原因。見慣れない、あたしのじゃない。
「なにこれ、なにこれ、なんなのよぉ」
怖い。でもそのままにしておくわけにはいかない。
恐る恐る手を伸ばし、あたしはそれに触れた。幻、幻覚。その可能性は低いとわかっていても、現実だとは思えなかった。
「触れる。夢とか幻とかじゃない」
指先に触れる感触は本物で、あたしは震えながらそれを握りしめ部屋の外に出た。
「間違い、何かの間違い。だって誰も部屋に入ってない。あたし以外誰も部屋にいなかった」
パジャマのまま庭に出て納屋の方へと歩く。
早く早く。これはここにあっていいものじゃない。
「しらない、こんなの。しらない」
焼却炉の小さな扉を火かき棒で開け、手の中のものを放り込む。
ゴミ焼却を家でやらない様に役場の人から通達が来ているはずなのに、この町の人間はいまだに焼却炉を使いゴミを焼いてしまう。家もそうだ。毎朝お母さんがこうしてゴミを焼いている。
「火が付いた。燃えてる」
燃え盛る火の中で、周囲を黒く焦がしながら、それは燃え始めていた。
夢じゃない。これは現実だと私に突きつけるかのように。
「幻じゃない。誰が置いたの?」
焼却炉の中で燃えている物。さっきまであたしの部屋のベッドの上にあったそれは、古ぼけた櫛だった。
折れたのだろうか? 半分しか無い。木製の櫛。
「誰が、誰が置いたの。寝るまではなかった。夢で起こされた時は無かった、絶対に」