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展開

ケン太の活動が開始される。その目的とは……。

 翌朝、千石高校の校長室にアキラの怒声が響き、キヨシとケイスケはうへえ、と首をすくめた。

「ガクランを返してきた、だとお!」

 アキラは激昂していた。

 珍しいことである。かれが感情を人前であらわにするのは、年に何度あるだろう。

「馬鹿っ! お前はなんて馬鹿者なんだ!」

 キヨシは不服そうに口をまげ、上目がちにアキラを見ていた。その態度がさらにアキラをいらいらさせていた。

「なんでそんなことしたんだ。言ってみろ!」

「おら……」

 もぐもぐとキヨシは口を動かした。

「あのガクラン、着る資格はないと思って、やっぱり持ち主に返すほうがいい……そう思ったんだ……」

 キヨシはうつむき、腹のところで両手を組み合わせもじもじしていた。

「お前、あれを着たのか?」

 アキラの口調が一変して穏やかなものになった。キヨシはにいっ、と笑いうなずいた。

「うん、おら着てみた」

「よく腕が通ったな。お前には小さすぎはしなかったか?」

「そんなことないでや。最初小さいかなって思ったけど、着ているうち身体にあってきたんだ」

 アキラはケイスケを見た。

「ケイスケ、お前キヨシがガクランを着たところを見たのか?」

 ケイスケは点頭した。

「へい、キヨシさんがガクランを着たところ見ました。サイズはぴったりでしたよ」

 アキラは考え込んだ。

「妙だな……ケン太とキヨシでは体型に違いがありすぎる。それなのにぴったりサイズが合うとは」

「兄ちゃん、おら……」

 アキラはきっとキヨシを睨んだ。キヨシはまた首をすくめた。

「もういい! 部屋へ帰ってろ。おれはひとりになりたいんだ」

 キヨシとケイスケの目が合った。

 うなずきあい、そろそろと退出する。

 ひとりになったアキラは立ち上がった。

 窓際に歩み寄ると、じっと外を眺めた。

 校庭では、千石高校の生徒たちが整列し、密集隊形をとって行進の練習をしている。手足をいっせいに動かし、まるで軍隊である。

 アキラにとっては、これは軍事訓練であった。

 いつの日か、かれはこの私製の軍隊で世の中にうって出る気でいる。

 かれは本気で日本を征服する気でいた。それが政治的な結社を通じてか、あるいはクーデーターを起こしてか、いまは判然としないがアキラは権力を握る気でいる。

「いつの日か……」

 つぶやき肩をすくめる。

 と、背後の気配にアキラはくるっとふり向いた。

 開けっ放しのドアから、イッパチの顔が覗いていた。

「お前は……?」

「へへっ、イッパチでございます。こんち、ご機嫌をうかがいにまいりました」

 アキラはうなずいた。

「そうか、なにやら情報屋みたいなことしているやつがいると聞いたが、お前か」

 イッパチはひょいひょいと軽い足取りで室内に入り込むと、ぽんと額をたたいた。

「へいお察しの通り、みなさまのためにいろいろ噂あつめ、調べもの、なんでもやっております!」

 アキラはどっかりとデスクの向こうの椅子に腰をおろした。

「なにか情報があるか?」

「へい、伝説のガクランについて新しい情報が入りましたんで」

「なにっ!」

 アキラは身を乗り出した。

「へへっ、お知りになりたそうでございますな。お話ししますか?」

「喋ってみろ。気に入ったら情報料を払ってやる」

「それでは……あのガクランの素性がわかりましたんで……」

「素性? あれはケン太が父親から譲り受けたと聞いているぞ」

「そうでございましょう? しかし、その父親はどこからガクランを手に入れたってことは知っておりますか?」

 アキラが首をゆっくりふると、イッパチはしてやったりといった顔になった。その顔を見て、アキラは苦い顔になった。どんな相手でも、劣勢になることは好まないのだ。

 イッパチはケン太を尾行して、ある服飾屋にたどり着いたことを話した。

「どうやらその先代の主人が伝説のガクランの製作者らしく思えますな。主人はとうに死んで、いまはその孫娘が店を継いでおります。そこでケン太はガクランの秘密を聞いたようです」

「お前、聞いたのか」

「へい、いまはこんなものがありまして……」

 イッパチは懐から盗聴器のようなものを取り出した。

「なにしろこいつは壁を通して向こうの会話を聞き取ることができるという優れものです。ばっちり聞きましたよ。それによりますとですね……」

 そう言うと店での会話を繰り返した。

 アキラはうなずいた。

「ふむ面白い。その店のことは噂で聞いたことがある。なんでも港町で、応援団とか番長、スケ番に絶大な人気がある店があるとか。そうか、その店が伝説のガクランの生まれた場所か……」

「いかがでございましょう? お気に入りになりましたでしょうか?」

「気に入った。情報料は払ってやる」

 アキラは立ち上がり、ポケットから金を出してイッパチに近づいた。

 イッパチは両手を出して、それを受け取る姿勢になった。

 そのイッパチの手を捻りあげ、アキラは無理やり自分の方へ顔を向けさせた。

 アキラの顔がイッパチの間近にある。

 その目の物凄さに、イッパチの顔に冷や汗が噴き出した。

「確かにお前は役に立ちそうだ。だがおれに役に立つ者は、たいがいおれの敵にも役に立つことがあるものだ」

「な、なんでござんす? あ……あっしは……」

「判っているだろう? タツヲのことだ! おい、目をそらしたな。お前はタツヲにも情報を持っていくつもりだろう? そうすれば、おれとタツヲ、ふたりから金をせびることができるからな。お前はおれたちふたりを手玉にとっていい気になっているが、そうそう幸運が続くとはだれにも言えないぞ!」

 アキラは荒々しくイッパチの身体を離した。

 イッパチはよろよろとなって、床に座り込んだ。その目の前にアキラは金をばらまいた。

「とれ! 約束だ。金は払ってやる」

 有難うございます……それでもイッパチはつぶやいた。

 アキラはもうイッパチから関心をなくした、という様子でさっさと廊下に出ると外へ向かった。

 取り残されたイッパチの表情に憎々しげな感情があらわになった。いつもにこやかなかれには似合わず、猛々しいといっていい表情だった。

 イッパチはつぶやいた。

「へっ、いまに見てろ……いつかお前の尻尾を掴んでやるからな……」

 さっと立ち上がるといつもの柔和な表情に戻り、校長室を出て行った。その顔からはだれにも内心の動きを知ることは出来ずにいた。

 

 そのころ……。

 赤星高校の校長室では双子の姉妹の喚声があがっていた。

「赤星高校を元通りにするんですってぇ!」

 双子は目をきらきらさせケン太を見上げた。

 ケン太はうなずいた。

「そうさ、ぼくときみら三人だけが赤星高校の生徒だなんて、少なすぎる。なんとか生徒を集めよう」

 うんうん、と双子はうなずいた。

 隣りでは校長が布団に寝たままになっているが、その会話を耳にして目を見開いた。

 ケン太は校長に向き直った。

「校長先生、赤星高校の生徒名簿なんて残っていますか?」

 校長はうなずいた。

「もちろんじゃとも。しかしそんなもの、どうするのかね?」

「赤星高校を辞めた生徒がほかの高校に転入したら連絡がきますよね。その高校から」

「そりゃ、まあ……」

「しかし転入しないままでいたらどうでしょう? その転入手続きをしなかった生徒を尋ね、復学を薦めるんです」

 校長は「ほ!」というように口をすぼめた。

 双子は顔を見合わせた。

「でも復学したくない、って言われたらどうします? いま赤星高校は……」

 赤星高校は千石高校によって占拠されたも同様になっている。そのため本来の生徒は学校に来る気をなくし、辞めてしまった。

 ケン太は笑った。

「そのことはぼくがなんとかする。いずれやつらをたたき出すつもりだが、そのあと生徒を受け入れるため、訪ね歩こうというわけさ!」

 ふうん、と双子は顔を見合わせうなずいた。

 そしてにっこりと笑った。

「素敵! またみんなと一緒に登校できるのね! エミちゃん!」

 それを受け、エミが嬉しそうにうなずいた。

 ああ、こっちがユミか……。

 ケン太はいまだにユミとエミの区別がつかない。

「あたし、もとの女友達に話してみます!」

 エミは手をたたいた。

 ユミが立ち上がり、パソコンの前にすわり画面を立ち上げた。

 ファイルから生徒名簿を選び、プリンターで印字する。

「できました。これが生徒名簿です!」

 ユミから出来立ての生徒名簿を受け取り、ケン太は立ち上がった。

 さあ、赤星高校の再生第一歩である。

 これがケン太の目的だった。

 ケン太とユミ、エミのふたご三人は連れ立って外へ出て行った。

 それを見送る校長の目に嬉し涙がひかっていた。

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