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対決!

千石高校へ乗り込むケン太。そこでアキラと直接対決をもくろむが……。

 朝が来た。

 ベッドでぱちりと目を覚ましたケン太は、ハンガーにかかったガクランを見上げた。

 ちりりりり……。

 目覚まし時計が鳴り出す。

 それを無意識に止め、ケン太は起き上がった。

 窓からの陽射しが、ガクランの背に刺繍された”男”の文字にあたってまぶしく反射している。

 ケン太の顔にとまどったような表情があらわれた。

 じっと伝説のガクランを見つめる。

 昨日の自分の行動を思い返し、まるで別人だと思った。

 最初がケイスケ。

 そして赤星高校の校門でたむろしていた不良たち。

 いつものケン太なら、声をかけられただけでびくびくして、どうにかして逃げ出したいと思うはずだ。

 それが、なんと自信たっぷりに相手をして、しかも撃退してのけたのである。

 学生服に手を伸ばし、袖を通す。

 途端にケン太の身体のすみずみまで力があふれ、自信が蘇ってきた。

 おれは男だ!

 おれは強い!

 おれはなんでもできる!

 表情が一変し、いままでの気の弱さは一瞬で拭い去れていた。

 肩の線がぐっと持ち上がり、背も高くなった気がする。いや、実際に高くなっている。

 そろいのズボンに足を通す。

 さらに自信がふかまった。

 さあ、今日は手はじめに千石高校へ乗り込もう!

 

 千石高校の手前には川が流れ、ちいさな橋がかかっている。

 高校のまわりにはゴミひとつ落ちてはいなかった。校門には千石高校の制服を着た数人の生徒が背をまっすぐのばし、あたりを警戒している。

 そこにケン太は堂々と乗り込んだ。

 警戒中の生徒たちの顔に驚きの表情が浮かぶ。

「伝説のガクランだ……」

「なにっ!」

 伝説のガクラン……というつぶやきの中、ケン太は歩を進めていく。

「あいつを倒せば……」

 ひとりが決意の表情になり、こぶしを固めて殴りかかる。

 それをさっとよけ、ケン太は足を突き出して相手の足にからませた。

 すてーん、とおおげさに転ぶ最初の生徒の後ろから、もうひとり今度は木刀を振りかぶってくるやつがいた。

 はっ、とケン太はその木刀を素手で振り払い、相手の手首を握った。そのままねじりあげる。

「いてててて……!」

 悲鳴をあげ、相手はぽろりと木刀を取り落とした。落ちた木刀を、こんどはケン太は爪先で蹴り上げ、ぽーんと空中に浮かせるとぱっと掴んだ。

 わーっ、と喚声をあげ千石高校の校舎から数十名の生徒たちが校門めざしかけてくる。

 どの生徒たちの顔にも必死の形相が浮かんでいた。

 ケン太は木刀を片手にその中へと飛び込んでいく。

 ばしっ!

 ばしっ!

 ケン太の木刀が揮われるたび、ぐえっ、とかぎゃっ、とかいう悲鳴があがった。

 たちまちあたりは戦意をうしなった生徒たちであふれた。

 ひゅんっ!

 風を切る音がして、なにかがケン太の木刀にまきついた。

 はっ、とそれを見たケン太はぎりり……と木刀を握る手に力を込める。

 巻きついたのは自転車のチェーンであった。

 チェーンを飛ばしてよこしたのは、女子生徒である。

 彼女の身につけているのは一応セーラー服であろうが、そうとう改造している。

 胸元がぱっくりはだけ、胸の谷間がふかく覗いている。ウエストがばっちり見えるほど短く、セーラー服というより水着のブラにセーラー服のリボンをつけただけ、といえる。

 スカートは足もとまで達するロングであるが、脇にふかいスリットがあり、チャイナドレスの下半分だけのようだ。

「覚悟しな!」

 女子生徒は真っ赤なルージュをひいた唇でにやりと笑い、叫んだ。

 木刀を封じたチェーンはながく、彼女の手には垂れ下がった端がぶらぶら揺れていた。それをぐるんぐるん振り回し、じりじりと近づいていく。

 ケン太に向け、チェーンを飛ばした瞬間、ケン太は一気に女子生徒めがけダッシュした。

 予想もつかないケン太の動きに、女子生徒は一瞬立ち止まった。

「いやあ!」

 彼女の胸元に飛び込んだケン太は、ぐっと頭を下げ背負い投げをくらわした。

「きゃあ!」

 このときばかりは彼女は女らしい悲鳴をあげ、ずっでんどうとひっくり返った。

「痛──い!」

 腰を打ったのか、立ち上がれないでいる。

 ケン太は急ぎ足になって校舎の中へと踏み込んだ。

 校舎の中は暗い。

 ケン太は昼間のあかりになれた目が、あたらしい環境に適応するまでちょっと立ち止まった。

 やがてじょじょに目が慣れてきた。

 廊下の向こうに、ひとりの巨漢が立ちはだかっている。

 キヨシであった。

 あいかわらずポケットに食べ物を詰め込み、それを口に運んでいる。

 口に運んでいるのは焼き芋だった。

 もぐもぐと咀嚼し、うつろな目でケン太を見ていた。

 やがて食べ終わったのか、ごくんと喉をならして呑みこみようやく口を開いた。

「お、おまえケン太ってやつか?」

「そうだよ」

「おまえの着ているのは伝説のガクランってやつか?」

「そうだ」

「おらキヨシっていうんだ。アキラ兄ちゃんが、そのガクラン欲しいっていうからよ、お、おまえ、それを脱いでおらにくれねえか?」

 そう言うとにいっ、と笑う。

 前歯が数本抜けた口があらわになる。

 ケン太はゆっくりと首をふった。

 キヨシは肩をすくめた。

「そうか、やっぱ駄目か……そんじゃ!」

 いきなり頭を下げ、ケン太向かって突進してきた。

 ケン太はさっとキヨシの突進を避けた。

 ごつーん、という派手な音を立て、キヨシは壁に頭をぶつけていた。

 キヨシは平気な顔でふりむいた。

 額が赤くなっている。

 手を挙げ、ちょっとそれに触ると、その手を口にもっていきべろりと舌先で舐めあげた。唾をつけた手を額にやり、ごしごしとこする。

 おそろしいほどの石頭であった。

 だっ、とふたたび突進する。

 こんどもケン太はそれを体をかわしてよけた。

 が、キヨシはそれを予想していたのか、かわされた寸前さっと頭をふった。

 どん、とケン太の胸にキヨシの頭頂部がめりこんだ。

 ぐっ、とケン太の息がつまる。

 げひひひひ……。

 妙な笑い声をあげ、キヨシは両手をひろげ掴みかかってきた。

 さきほどのダメージで動きがとまったケン太は、あっけないほどキヨシに抱きかかえられる格好になる。

 めりめりめり……。

 ケン太の背骨が悲鳴をあげた。

 キヨシは笑いながらケン太を締め上げた。

 ケン太あやうし!

 ぐいっ、ぐいっともがいたケン太はなんとか片手をキヨシの抱擁から抜け出させることに成功した。

 その手をキヨシの顔にもっていく。

 鼻をつまみあげる。

 ぐあ──!

 さすがに石頭のキヨシも、これには参ったようだ。

 鼻の頭はどんな格闘家でも鍛えることはできない急所といわれている。

 おもわずキヨシの腕から力が抜ける。

 さっと身を離したケン太は、ぜいぜいとあえいでいた。

 くうーっ、と鼻の頭をこすっていたキヨシは、こんどは怒りの表情をあらわにしてふり向いた。

 ふたたび頭を下げ、頭突きの態勢になって突進した。

 ケン太はそれを避ける戦術をとることなく、今回はキヨシの走る方向に自分も走り出した。

 奇妙な追いかけっこがはじまった。

 どすどすという足音を立て、ケン太を追いかけるキヨシ。

 そのさきを短距離ランナーのように走り去るケン太。

 なんとか追いつこうと、必死になるキヨシ。

 ケン太は校舎内の廊下を右に走り、左に曲がりキヨシを引っ張りまわした。

 階段を登り下がり、駆け抜けるふたり。

 やがてキヨシの足もとがふらついてきた。

「待て……おめえ、卑怯だぞ……おらと、勝負しろ……」

 とうとうキヨシの足がとまった。

 ぺたりと床に座り込み、肩で息をしていた。

 いっぽう、ケン太はそれを見ておおきく深呼吸をくりかえした。

 やがてケン太の呼吸が平静になる。

「まだやるかい?」

 そう声をかけると、キヨシは情けない顔になって首をふった。

「それじゃ」

 片手をふってケン太は歩き出した。

 ふり返ると、キヨシは床に座り込んだまま手をふっていた。

 人の良い笑顔を浮かべていた。

 

 廊下の先にいる人影を見て、ケン太は足を速めた。

「待て!」

 声をかけると、相手はぎくりと立ち止まった。

 ふり向く。

 ケイスケであった。

「や、やあ……」

 気弱げな笑みを浮かべた。

 この顔こそが、ケイスケの本質のようだった。つっぱって見せたのは虚勢であろう。

「ケイスケ、って言ったよね、あんた」

「は、はい……」

 おどおどと手を前にしてひねくりかえし、目をしばしばさせる。

「この高校を仕切っているのはだれだい? きみか?」

「と、とんでもない! アキラさんっていうお方で」

「ふーん、そうか。それじゃそのアキラさんって人のところへ、ぼくを案内してくれないか?」

「あっしが?」

 ケン太はじっとケイスケを見つめた。

 ケイスケはぼけっとその目を見つめ返し、やがてぶるっと首をふった。

「わ、わかりました……こちらで……」

 先に立って歩き出す。

 ケン太はその後を追った。

 やがてケイスケは千石高校の校長室の前で立ち止まった。

「こちらで……」

「校長室じゃないか」

「へえ、アキラさんはここにいつもいらっしゃるんですよ」

 そうか、とつぶやきケン太はドアをノックした。

 どうぞ、という返事にドアを開き中へと入る。

 窓際にマホガニーのテーブルを置き、その向こうの皮製の椅子にアキラが座っていた。

 逆光になっていて、その表情は読めない。

 ケン太は目をすがめた。

「あんたがこの高校を仕切っていると聞いた。ぼくは高倉ケン太といって、話しをしに来たんだ」

「話し?」

「そうさ、こんな無駄な争いやめにしないか?」

「無駄?」

 アキラの返事はつねに短い。

 ケン太はしだいにいらいらしてきた。

「そうさ、無駄さ。こんな争いをして一体何になるんだ。高校同士の縄張り争いなんて馬鹿らしいと思わないか?」

「なぜ無駄なんだね」

 ようやくアキラが二言以上を口にする。

 それに勢いを得て、ケン太は言葉を重ねた。

「だってそうじゃないか。ぼくだって、あんただって学生だろ? ということは、親に学費を出してもらって、通っているということじゃないか。こんなことする前に、ぼくたちにはやることがあるんじゃないか?」

「なにを?」

「勉強だよ。社会に出てなら縄張り争いだのなんだの、勝手にやればいいけど、ほかの生徒をまきこむのはやめてくれ!」

 くすくすとアキラが笑い声をあげた。

 ケン太は唇を噛みしめた。

 ゆらり、とアキラが椅子から立ち上がる。テーブルをまわり、ケン太の目の前にやってきた。じっとケン太の顔をながめ、ゆっくりとうなずいた。

「なるほど、お前がケン太か……」

 両手を後ろに組み、背中をのばして言葉を続けた。

「お前はおれたちが親に金を出してもらって学生になっていると言ったが、あいにくそれは間違いだ。おれたちはびた一文たりとも、親に金をだしてはもらっていない。第一、おれたちは学生ですらないのだ!」

 ケン太はぽかんと口を開いた。

 それを面白そうにながめ、アキラはうなずいた。

「そうさ、驚いたようだな。それにもうひとつ、ここは高校ではない。かつては千石高校という学校だったが、いまでは廃校になって建物だけが残っているのだ。それをおれが買い取り、支配しているのだ。万石高校もおなじさ。おれたちはただの建物に通う、学生服を着た社会人というわけだ」

 あまりの衝撃に、ケン太はふらりとなってあとずさった。

「つまり、おれたちは立派な社会人なんだよ。ここは言ってみれば千石高校という名の会社さ! お前の言っていることはすべて間違いだ!」

 アキラは机のボタンを押した。

 それに応じて、ひとりの老人が姿をあらわした。

「これが千石高校のもと校長だ。千石高校が廃校になって、失職したのをおれが拾ってやって雑用をこなしてもらっている。どうだね、これでも文句があるのか?」

 ケン太ははっ、と顔をあげた。

「そ、それじゃ赤星高校は? あそこであんたらの生徒……いや、同志……いや、つまり手下が騒いで……」

「それはおれの知ったことではない。学生服を着た社会人が、どこでなにをしようとそれは法律の範囲何でのことだろう。喧嘩? 勝手にやらせればいいじゃないか。ほかの一般人には迷惑をかけていないんだから。それに赤星高校といったって、おれの調べではたったふたりの在校生がいるだけだと聞いている。そのふたりには迷惑をかけていないのだから、お前に文句をつけられる筋合いはない」

 ケン太は足もとが崩壊する想いだった。

 呆然となっているケン太に、アキラはささやいた。

「要するにお前は自分の勝手な正義感で余計なことをした、というわけさ」

 勝手な正義感……。

 ケン太はつぶやいた。

 アキラの言葉はケン太にとどめを刺した。

 思わず座り込むケン太に、アキラは声をかけた。

「さあ、判ったなら家に帰れ。お前は正真正銘、ただの学生なんだからお前の言ったとおり学生の本分を守るべきだ。つまり勉強さ。社会人になったら、また会おうや」

 ぽかん、とした顔になって見上げるケン太にアキラはうなずいた。

 つかつかとデスクに近づくと、その引き出しから一組の学生服を取り出す。

 赤星高校の制服だった。

「そんな妙な学生服は脱げ。そしてこちらの、まともな制服に着替えるんだ」

 言われたままにケン太は伝説のガクランを脱ぎはじめた。

 上着を脱ぐ。

 ばさり、とリーゼントの髪型が乱れ、前髪がかかってきた。

 ズボンを脱いだ。

 きれいに染め上がったケン太の金髪が見る見る黒髪になっていく。

 アキラに渡された赤星高校の制服に袖を通し、ズボンをはいた。

 ケン太は伝説のガクランを身につける前の姿に戻っていた。

 無言でケン太は千石高校の校長室を後にしていた。

 それを悲しげな顔でもと校長が見送っていた。

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