タツヲ
アキラと抗争を続けるタツヲの登場!
が、かれにはある秘密があった。
万石高校と千石高校は町の南北両端に位置し、川辺に近いところにある千石高校に対し、万石高校は北の丘陵地帯に建っている。
したがって万石高校への道は長い上り坂が続いていて、徒歩のものは結構辛いことになっている。
その坂道を、汗を掻きながら登っているのはイッパチだった。
太り気味の身体をえっちらおっちらゆらしながら、イッパチは全身にびっしりと汗を掻いて登っていた。
やがて万石高校の校舎が見えてきた。
レンガ積みの、古い塀と、どっしりとした校門が近づく。
そこを通ろうとするイッパチを、万石高校の制服を着た生徒たちが呼び止めた。
「おい、お前はなんだ?」
へっ、とイッパチは小腰をかがめた。
「あたしですか? へい、あたしはイッパチと申しやして、けちな三下奴でござんす。どうかご勘弁を願いまして、ここをお通しくださるよう願いたてまつります」
ひとりの生徒が鋭い声をあげた。
「嘘付け、お前の制服は千石高校のものじゃないか。さてはスパイだな!」
イッパチは真っ青になった。
「とんでもございません! あたしゃ言ってみれば情報屋みたいなもんでして、ここのタツヲさんにとっても重要な情報をお知らせしようとしただけでございます」
「タツヲさんに? お前、タツヲさんの知り合いか?」
「いえいえ、お顔も存じ上げませんが、タツヲさんのことは皆さんの噂でよっく存じ上げておりますよ。大変な才能の持ち主だそうで、あたしゃぜひお目通り願いたいと思いまして、必死の思いで参ったしだいで……」
喋り続けるイッパチの襟首を、生徒の一人がぐいと掴まえた。
イッパチはひゃあ、と悲鳴をあげた。
「怪しい奴だ。そんなに会いたければ会わせてやる。ただし、タツヲさんが、お前をどう扱うか、こっちの知ったことではないがな」
ずるずると引きずられ、イッパチは校舎の中へ入っていく。
「ふーん、おれに会いたいと……そうか。判った。そこに残して、あとはおれに任せてくれ」
万石高校のいまは廃部になった山岳部の部室で、タツヲは窓の外を見ながら言った。背中を見せたままのタツヲに、イッパチを連れ込んだ生徒たちはうなずき、出て行った。
あとにタツヲと、イッパチ二人が残された。
「おはつにお目通り願います。あたしはイッパチと申しまして、是非一度お目にかかりたってお話しをさせていただきたく……」
「よせ」
タツヲは短く言った。
へっ? と、イッパチは顔をあげた。
タツヲは背を向けたまま可笑しそうに話を続けた。
「そういった卑屈な態度は、お前が馬鹿にしている相手にだけやればいい。おれにそんな態度を続けるなら、これ以上話をすることはないぞ」
「そ、そんな、あっしはタツヲさんを馬鹿になんて……」
「だからやめろ、と言っているんだ」
タツヲの声が少し強まった。
イッパチは首をすくめた。
タツヲはまた口を開いた。
「お前は相手が自分より下だと思うと、そういう卑屈な態度をとるんだろう。そういう態度をとれば相手はお前を軽く見るという間違いをおかす。お前は自分の本当の姿を悟られることもなく、腹の中で思い切り馬鹿にすることができるからな。だが、おれには通用しないぞ」
ふっとイッパチの肩から力が抜けた。
肩をすくめ、立ち上がると部室の隅におかれているパイプ椅子に腰掛ける。
「まいったね、どうも。あんたにゃ、なんでもお見通しのようだ」
ポケットから棒つきのキャンデーを取り出し、口に咥えた。
タツヲは尋ねた。
「それで何の用なんだ?」
「伝説のガクラン、ってご存知ですか?」
ぴくり、とタツヲの背が動いた。
「伝説のガクラン……」
つぶやく。
「ご存知のようですね。それを着た奴があらわれたんで」
「どこでだ?」
タツヲはくるりとふり向き、イッパチの顔を見つめた。
はじめてタツヲの顔を見て、イッパチの顔に驚きの表情が浮かんだ。
それを見て、タツヲは眉をひそめた。
「どうした、なにをそんなに驚いている?」
「あ、あんたの顔……まさか、そんな!」
「おれの顔がどうした、というんだ」
「そ、そっくりだ! いや、あたしの見た伝説のガクランを着たやつに、あんたはそっくりなんですよ!」
「なに? なんて名前のやつだ」
「高倉ケン太、といいます」
「なんだと!」
タツヲの声が高くなった。
その顔が見る見る赤く染まる。眉間によった皺を見て、イッパチは怖れの表情を浮かべた。
ぶるぶるとタツヲの両方の拳が震え、なにかを必死に押さえ込んでいるようだった。
くくくく……。
タツヲの唇から笑い声が洩れていた。
「そうか、高倉ケン太というのか。伝説のガクランを着ているのは……そうか、判った! 知らせてくれてありがとうよ、イッパチ。それ、これが礼だ」
タツヲはポケットから数枚の万札を取り出すと、ぱらりと床にまいた。イッパチはあわてて膝まづいてそれを掻き集めた。
わはははは!
タツヲは哄笑していた。
万札を集めながら、イッパチはそれをぼう然と見上げていた。