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アキラ

キヨシの兄、アキラは千石高校を支配する番長である。伝説のガクランの存在を知ったアキラであるが……。

 千石高校の校長室で、アキラは壁に貼られた町の地図に見入っていた。

 町のさまざまな箇所には青いピンと赤いピンでしるしがつけられている。青いピンは千石高校の影響下にある番長やスケバンをあらわし、赤いピンが万石高校の影響下の番長や、スケバンである。

 ピンの数はほぼ同数で、それぞれの高校の近くにもっとも同じ色が集中している。だが配置はすこし差があり、万石高校のピンが一箇所に固まる傾向があるのにたいし、千石高校のピンは万石高校を外から覆うような配置になっている。

 その地図の真ん中に位置しているのが赤星高校だ。

「赤星高校を制するもの、すべてを制す」

 アキラはそうつぶやいた。

 真っ白な軍服に似た学生服。ボタンが外に見えないネイビー・タイプのものである。

 細面のやや酷薄な印象をあたえる顔。髪型は五分刈りにして、それがますます旧海軍の士官のような印象を与えている。

「タツヲのやつ……いつか勝負してやる!」

 そうつぶやくとアキラの額に怒りの血管がういた。爆発しそうな感情を必死に抑えているといった感じだ。

 がちゃり、とドアが開きアキラはふり向いた。

 入ってきたのはキヨシとケイスケである。

 ちら、とアキラの顔に嫌悪に似た表情が浮かんだ。が、すぐそれを押し殺しマホガニーのテーブルの向こうにまわり椅子にこしかけた。

 細い指を組み合わせ、じっとふたりを見つめた。

 一言も口をきかないまま、そのまま数十秒がすぎた。

 やがて沈黙に耐えかね、ケイスケがべらべらと喋りだした。

「あ……あの、大変なんです! おれ、伝説のガクランを見たんです!」

「伝説のガクラン?」

 アキラはつぶやいた。ちょっと小首をかしげ、ケイスケに続けるよううながす。ケイスケはここぞとばかりに身を乗り出した。

「そうなんすよ! かつて伝説の番長が着ていたというガクランが、いま現れたんですよ!」

 ケイスケは興奮し、唾をとばした。

 アキラは少しばかり眉間に皺をよせ、かすかに顎をひいた。

 はっとケイスケは身を引いた。

 アキラに会うときは、かれのこの僅かなシグナルを読み取らなければならないので、じつに気疲れする。

「それは本物なのか?」

「本物に違いないですよ、背中に金の縫いとりで”男”ってでかでかとありましてね、色は血のような真紅!」

「ふむ、それで着ていたのはなんてやつだ?」

「ええと、たしか高倉ケン太とかいったっけ……」

「なにっ、高倉? 本当に高倉と言う苗字なのか?」

 ケイスケはいきなりのアキラの興奮ぶりにびっくりした。

「へ、へい……高倉って家から出てきたし、本人も高倉ケン太って言ってました」

「そうか……ご苦労」

 アキラはふたたび氷のような冷静さを取り戻した。

 きっ、とキヨシを見る。

「キヨシ! ここでものを食べるんじゃないと何度言ったら判るんだ」

 ケイスケの横で、ポケットからバナナを取り出し頬張っていたキヨシはあわてて皮を投げ棄てた。アキラに睨まれ、たちまち真っ赤になってうなだれる。

 アキラはやさしくキヨシに話しかけた。

「なあ、キヨシ。お前もこの千石高校の番長なんだ。おれに恥をかかせるな。頼むよ」

「う……うん。御免、兄ちゃん」

 そう言うと照れたように首筋をぼりぼりと掻いた。首筋のところから、ふけがぱらぱらと飛び散り、床に落ちていく。

 アキラの眉間にふかい皺が刻まれる。それを見て、あわててキヨシは掻くのをやめた。

 アキラはケイスケを見た。

「ケイスケ、キヨシに風呂に入るよう言いつけておいた筈だな。いったい何日、入っていないんだ?」

「す、すいやせん〜!」

 ケイスケは青ざめ、震えだした。

 アキラの清潔好きはいまにはじまったことではない。それが証拠に、いまいる校長室にはゴミひとつ、塵ひとつ落ちてはいなかった。すくなくとも二人が入ってくる前は。

「もういい、あとのことはおれが処理する。もう帰れ」

 すっかり恐縮して、ふたりは室内を後にした。キヨシの後に続こうとするケイスケに、アキラが声をかける。

「まて、ケイスケ。その高倉ケン太というやつ、どんなやつか徹底的に調査しろ。いいか、おれが徹底的といったら、どんなことか判るな?」

「も……もちろんで……!」

 そういいながらあとずさる。

 と、ケイスケの足がキヨシの投げ棄てたバナナを踏んだ。

 すってーん! と、ケイスケは派手にすっころんだ。

 あ、すいません、すいませんと連発して、ケイスケはあわててバナナの皮をひろい、部屋を後にする。

 アキラはまるで表情を変えなかった。

「ずっこけかたも古典的なやつだ……」

 ふん、と鼻をならすとテーブルの上のボタンを押した。

 すぐ足音が近づき、掃除用具を持った老人がドアを開けた。

「お呼びで……」

「うん、これから全校生徒に訓示をする。放送で呼びかけてくれ」

 判りましたと、老人は頭を下げた。

 実を言うと、この老人こそ千石高校の校長室の真の主、校長であった。

 アキラが千石高校の実権を握り、支配するようになって校長は用務員の仕事をするだけの閑職においやられてしまった。

 校長が退去すると、アキラは立ち上がり廊下に出た。

 廊下の床はぴかぴかに磨かれ、壁もつややかな白さを保っている。窓ガラスには曇りひとつなく、すべてが清潔だった。

 廊下から校庭へ急ぐアキラの前に、数人の生徒がたむろしていた。

 が、近づくアキラに気づきたちまち背筋をぴん、と伸ばし四十五度の角度で敬礼する。

 それらに目もくれず、アキラは校庭へと急いだ。

 校長の放送がはじまった。

「これよりアキラ様より重要なお話しがあります。全校生徒は、校庭へ集まってください……」

 ばたばたと駆け足の足音が轟き、全校生徒が必死になって校庭へ急ぐ。

 その中をゆうゆうとアキラは歩いていった。

 校庭の演壇に登ったとき、全校生徒は学年ごとにきっちりと整列し、アキラを迎える態勢になっていた。

 かれの恐怖支配は学校のすべてに染み渡っていたのである。

 演壇に登り、アキラは口を開いた。

 マイクはないが、アキラの声は校庭のすみずみに届いていた。

「諸君! いよいよ決戦のときが近づいたようだ。伝説のガクランと言うのを聞いたことはないか? それがあらわれたという情報がはいった。伝説のガクランを手に入れたものは最強の番長であるという称号を得ると言う。それをわれらがにっくき敵、タツヲに渡してはならぬ! 諸君、その伝説のガクランを手に入れるのだ。ガクランを所持しているのは、高倉ケン太という生徒らしい。いま、調査しているから、いずれその高倉ケン太という生徒のことは判明するだろう。いいか、もう一度言う。伝説のガクランを万石高校のタツヲに渡してはならぬ! 以上だ」

 アキラの演説を聴いて生徒たちの間にざわざわと私語がひろがった。それを制止もせず、アキラはさっさと演壇を降り、校長室へ戻っていった。

 まずは第一手。

 このことはいずれ万石高校のタツヲの耳に入るだろう。

 さて、タツヲがどう出るか?

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