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入学式

赤星高校は大変なことになっていた! なんと、ここは不良の溜まり場になっていたのだ。なぜ、こんなことに? ケン太はこの赤星高校を立て直せるのか?

 ここが赤星高校か……?

 ケン太は高校の正門で眉をひそめた。

 とても今日が入学式を迎える高校とは思えなかった。

 高校の塀は一面に落書きでうまり、校庭にはゴミが散乱している。正門のまわりにはべったりとうんこ座りをした男女が、道行く通行人を鋭い視線で眺めている。男女とも学生服を着ているからには高校生だろうが、その学生服は誰一人としてまともなスタイルの者はいない。

 数人にいたっては、学生服すがたで煙草をふかしていた。

 もっとも学生服についてはケン太はあまりその連中におおきな顔はできない。

 金髪リーゼント、真っ赤な学生服の背中には金の縫いとりで”男”の文字が踊っている。

 もしかしてここで一番派手な格好をしているのはケン太かもしれない。

 ゆっくりと正門に近づいた。

「待ちな」

 ひとりの男子生徒がゆらりと立ち上がり、ケン太の行く手をふさいだ。

 じろじろとケン太の足もとから頭へと視線を動かしていく。

 その男子生徒はひょろりと背が高く、頭の毛は染めていないがケン太とおなじようなリーゼントだった。近づくと安っぽい整髪料のにおいが漂ってくる。

「おめえ、ずいぶん格好いいじゃねえか? どこの生徒だ?」

「ぼくはこの赤星高校の一年生で高倉ケン太といいます。きょうから入学しにきました。どうぞよろしく」

 丁寧に挨拶すると、相手は眉をひそめた。とはいえ、そいつの眉は剃っているのかほとんど見えないから眉間に皺がよる程度しか表情は読めない。

 ぷーっ、としゃがみこんでいた女子生徒がふきだす。

「ぼくちゃん、一年生なんだ。可愛いねえ!」

 そう言うとげらげらと笑い出した。

 身長より横幅がひろそうな、でっぷりと太った女子であった。頭は真っ赤にそめ、ポニーテールにしている。

 最初にケン太に言葉をかけた男子生徒がいらついて叫んだ。

「黙ってろい! アケミ。おれが話しているんじゃねえか」

 アケミ、と呼ばれた女はふんと肩をすくめた。

「ふうん、ケン太っていうのか。それでなんの用だ?」

 ケン太はあっけにとられた。

「ですから入学しに……」

「そうかい。まあ勝手にしな。しかし、この校門を通りたければ通行料が必要なんだ。料金は……そうだな、いまおめえが持っている有り金全部だ!」

 そう言うとにやりと笑った。

 ケン太はゆっくりと首をふった。

「そんなものは持っていません」

「なにい?」

 男子は気色ばんだ。

 その気配に、それまで座り込んでいた数人の男子生徒が立ち上がった。

 最初の男子生徒は振り返り叫んだ。

「このぼくちゃん、通行料は払えねえそうだってよ!」

 ぽきぽきと指の関節をならしながらかれらは近寄ってくる。

 最初の男がぐいっ、と近寄った。

「痛い想いはしたくないだろ?」

 ささやきながらケン太の胸倉をつかむ。

 こいつもケイスケと同じようなことを言うなあ、とケン太はあきれていた。

 するりと手を挙げると、胸倉を掴む相手の手をひねりあげる。

「いててててて!」

 悲鳴をあげた。

 思ったより甲高い声だった。

 ぐいっ、と力をいれ相手をくるりと廻して、とーんと背中を押す。

 わっ、わっ、わっと両手をぐるぐる振り回し、男子生徒はたたらを踏んで近寄ってくるほかの男子生徒に突っ込んでいく。

 わあ、と数人がひとかたまりになってすっころんだ。

 ケン太は歩き出した。

 奇妙だ……。

 ケン太は自分におきた突然な豹変にわれながら呆れていた。中学卒業まで、喧嘩など一度もしたことがないのに、いまでは何のためらいもなく相手を倒すことが出来る。

 これもいま着ている伝説のガクランのせいだろうか?

「待て!」

 かれらはなんとか立ち上がり、ケン太の背中に声をかけた。

 と、その中の一人がつぶやいた。

「伝説のガクラン……!」

「なに?」

 全員、ケン太の背中に刺繍されている”男”の文字に気づいたようだった。

 かれらの顔がまっしろになった。

「てことは、あいつは伝説のバンチョウ……?」

 そう言うと顔を見合わせた。

 ケン太はさっさと校庭へ足を踏み入れた。かれらは何も言わず、見送った。

 

 噂はケン太の歩く速度より校内にひろまったようだった。

 ケン太が歩くと、そこらでたむろしている男女の生徒たちはいっせいに注目し、ある者は目をそらし、ある者は敵意ある視線を送ってくる。だが思い切ってケン太の行く手をふさごうという相手は現れなかった。

 ケン太は校長室をさがしていた。

 ここが本当に赤星高校なのか。もしそうなら、この有様はどういうことか尋ねてみたいと思ったからだ。

 高校でも中学でも、学校のつくりというのはそう変わるものではない。

 教員室を見つけ、中をのぞいてみたがあいにく教員はひとりもいない。

 校長室の看板は見当たらなかった。

 ケン太は手近の生徒に声をかけた。

「ちょっと……」

 声をかけたのは小柄で、ぷくぷくと肥満した男子生徒だった。頭はくりくりに坊主にして、目は油断なくあたりに気を配っている。どうやらケン太と同じくらいの年頃だ。

 ケン太に声をかけられ、かれは揉み手をして近づいた。

「へい、なんでやしょう?」

 この相手も妙な言葉使いをするなあ、とケン太はあきれた。しかしまだまともに話せそうだ。

「ええと、校長室を探しているんだけど」

「校長室!」

 かれは頓狂な声をあげた。

 ぽん、と額をたたきうなずいた。

「はい、校長室ね、判ります。旦那はそこをお探しで?」

「ぼく、旦那、なんてよばれる年じゃありません。それにぼくの名は高倉ケン太といいます」

「こいつは失礼をば……つい癖でね。だれでも旦那って言ってしまうんでご簡便を。高倉ケン太さんと仰るんですね。あたしはイッパチと申します。以後、お見知りおきを」

 イッパチと名乗った相手は満面の笑みになった。

「ああ、校長室をお探しでしたね。ご案内いたしやしょう。こちらでげすよ」

 腰をかがめ、ひょこひょことした足取りでケン太の先を歩く。

 イッパチの向かった先を見てケン太は声をかけた。

「イッパチさん、それじゃ外に出てしまうけど……」

 イッパチはくるりと振り向き、ふたたび自分の額をぽん、と叩いた。

「イッパチさん、とは恐れ入りやす。どうか、イッパチ……と呼び捨てに願います。それに校長室は校舎の外にあるんで、こちらでげすよ」

 ふたりは校舎の外へ出て、ぐるりと裏側にまわった。

「これが校長室でやんす」

 ケン太はぼうぜんとその建物を見上げた。

 草がぼうぼうと生い茂っている裏側に、その建物はあった。

 もとはなにかの倉庫として使われていたのか、鉄骨がむきだしの簡易住居だった。壁は薄汚れ、屋根のトタンはあちこちサビが浮き出ている。

「本当にこれが?」

「そうでやんすよ。ここが赤星高校の校長室ってわけで。それじゃここで失礼しやす」

 ぺこりと頭を下げ、イッパチは背をむけた。

 歩き出す寸前、思い出したというようにふり向くと口を開いた。

「ケン太さん。あたしはこの高校で便利屋みたいなことをしているんでげす。まあ他の連中にはそのたび、ちょっぴりお小遣いみたいなもの戴いておりやすが、ケン太の旦那にゃ特別ロハでサービスいたしやすよ。どうかこれからも、このイッパチをご贔屓に!」

 えへへへ、とイッパチは揉み手をしながらあとずさった。

 かれが校舎の向こうに見えなくなると、ケン太はほっとため息をついて建物に目をやった。

 ドアにうっすらと「校長室」の文字がある。

 どうやらここで間違いないようだ。

「失礼します」

 そう断り、ドアをノックする。

「どなた?」

 ドアを開けた相手を見て、ケン太は首をかしげた。

「あの、ここは校長室ですよね?」

「はい、そうです」

 ドアを開けたのはケン太とおなじくらいの年頃の女子生徒であった。

 髪の毛を両側にまとめ、前髪をたらしている。身につけている制服は、ここでケン太が見た中では一番まともだ。セーラー服の上下で、ソックスもきちんとしていた。

「校長に会いたいんですが」

 そう言うと、彼女は困ったような表情になった。

「ユミちゃん。どなた?」

 おくからユミ、とよばれた女子生徒とそっくりの女の子の声がする。

 ユミはふりかえって答えた。

「エミねえちゃん、校長先生にお客さんなの」

 ばたばたと足音がして、もうひとりの女子生徒が姿をあらわした。

 それを見て、ケン太はちょっと驚いた。

 ふたりともそっくりだったからだ。

 双子だ……。

 ケン太はなぜ校長室に女子生徒がいるんだろうと思った。

 エミとよばれた女子生徒はすまなそうな顔になった。

「あのう、校長先生はいま……」

 エミ……と、おくからか細い声が聞こえた。

 こんどは老人の声だった。

「お客さんならお通ししなさい。かまわないから……」

 はい、とユミとエミのふたりは声をそろえて返事をした。

「こちらへどうぞ」

 中へ入ると想像とはまるで違っていた。

 校長室はこんなところだとぼんやりイメージしていたのは、どっしりとしたテーブル、額にかかる歴代校長の肖像、各種のトロフィー、書類をとじたバインダーをいれた戸棚、といったものだったが、ここはまるで時代劇の長屋の中、といった雰囲気だった。

 はいったすぐが三土和になっていて、ちいさなかまどがあって火がついている。かまどには鍋がかかり、ぐつぐつとなにかお粥のようなものが煮えていた。

 靴を脱ぎ、障子を開くとそこは三畳ほどの和室となっている。

 和室には布団がのべられ、ひとりの老人があおむけに寝ていた。

 老人はケン太を見てかすかに表情を動かした。

 どこからか、かすかに哀しげなメロディーが流れてきた。昭和を思わせる、甘ったるく湿っぽい旋律であった。

 ケン太は老人のそばに正座した。

「わたしが赤星高校の校長です……どのようなご用件ですかな?」

「ぼく高倉ケン太といいます。今日、入学のため来たんですが、入学式らしきものは見当たらなかったですね。どうしてですか?」

「高倉……ケン太……入学式……?」

 校長と自己紹介した老人は、ケン太の言葉にぱくぱくと口を動かし、どんよりと濁った目をあちこちさまよわせた。

 なにかを必死に思い出そうとしているようだった。

「校長先生、お粥が煮えました」

 その時、あの双子が鍋をかかえ入ってきた。

 校長はぐずぐずと鼻をすすりあげ、わびた。

「いつもすまないなあ……わしがこんな体でなかったらお前たちに苦労はかけないのに……」

 双子はかぶりをふった。

「校長先生、それは言わない約束でしょ」

「あのう……入学式のことなんですが」

 ケン太はたまらず声をかけた。

 校長はきょとんとした表情になった。

 音楽がとまった。

「ああ、ああ、入学式ね……もう、そんなことは数年やっていないなあ……」

「どうしてです? それにこの高校の有様はどうなっているんです?」

 校長の顔がくしゃくしゃと歪んだ。

 目じりに涙がたまる。

「それを言うてくださるな……。判っているとも、いまの赤星高校は高校とは名ばかり、実態は不良の溜まり場でな……この双子、ユミとエミだけがわしを世話してくれてなんとか生き恥をさらしている始末ですわい」

 くすん、と鍋をかかえていた双子が涙をぬぐった。

 ふたたび哀しげなメロディーが流れる。

「この高校がなぜこんな状態になったかというお尋ねでしたな。お話ししましょう。ふたりとも、あれを……」

 はい、と返事してエミとユミの双子は立ち上がりどこからか液晶テレビとゲーム機を持ってくる。ゲーム機をテレビに接続し、スイッチを入れた。

 ゲーム画面が立ち上がった。

 タイトルは「バンチョウ」とある。

 双子はケン太にゲーム機のコントローラーを渡した。

 スタートを選択させると、ゲームが始まった。

 どうやらシュミレーション・ゲームのようであった。

 ゲーム画面にさっきの双子をアニメ化したキャラがあらわれ、ゲームの目的や操作方法を要領よく説明していく。

 ゲームはプレイヤーが高校の生徒となり、喧嘩や取り引き、駆け引きを駆使して高校の番長となっていくものだった。

 ケン太はすぐにゲームに熱中した。

 画面には赤星高校を思わせる高校が舞台で、赤星高校に隣接する地区の高校同士が縄張りをめぐって赤星高校に配下の生徒を送り込み、支配権を確立する様子が示されていた。

 赤星高校にはふたつの高校、千石高校と万石高校のふたつの生徒たちがおしよせ、校舎の中で喧嘩をくりひろげる。そのため赤星高校の生徒はつぎつぎと嫌気をさして転校し、高校の中は殺伐としていった。

「お判りですか。この高校は千石高校と万石高校のふたつの高校の番長による縄張り争いに巻き込まれてしまったのです」

 ケン太はゲームを切り上げ、校長に向き直った。

「それで生徒は?」

「このエミとユミのふたりだけになりました。ふたりは実を言うとわしの孫でして、それで赤星高校の生徒でいてくれるのです」

 ふたりは胸の前で手を握りしめ、目に一杯涙を浮かべケン太に話しかけた。

「お願いですケン太さん。あたしたち、ひとりでも多く赤星高校の生徒を増やしたいんです。どうかほかの高校に行かないで、赤星高校の生徒になってください。いまの高校には本物の赤星高校の生徒はあたしたちしかいないんです」

 ケン太はうなずいた。

「もちろんです。今日、ぼくが校長先生をお尋ねしたのも、入学式を執り行って欲しいからですから」

「おお……!」

 校長の顔に赤みがさした。

 起き上がろうともがく。それを双子がそっと背後にまわって背中をささえた。

「なんだか元気が出てきましたぞ。それではさっそく入学の手続きを……おい、ふたりとも頼むよ」

 はあい、と双子はこんどは明るい声をあげ物入れから新しい生徒手帳を持ち出した。いままで流れていた物悲しいメロディーはこんどは明るい、テンポの良いものに変わった。

 校長は生徒手帳にケン太の名前を書き込むため、万年筆を胸のポケットから取り出した。

「ええと高倉ケン太さん、と仰いましたな……はて高倉、高倉……どこかで聞いたような……それにあなたのその学生服……見覚えがあるような……。おおそうだ、高倉ブン太という名前に聞き覚えはありませんか?」

「ぼくの父です」

 校長は仰天した。

「なんですと! そうでしたか。やはりブン太の……あの子にはずいぶん助けられました。かれがうちの生徒だったころ、やはり同じようなことがありましてな、そのとき立ち上がって高校を救ってくれたのが高倉ブン太くんでした。かれはそのときの活躍で、伝説のバンチョウと呼ばれるようになったのです」

 こんどはケン太が驚く番だった。

 そうか、父親がこの高校で。それで進学のときあれほどこの赤星高校へ入学しろと言ったのか。

 双子はデジタル・カメラでケン太の顔を撮影し、それをパソコンにとりこみプリンターで生徒手帳に顔写真を印刷した。

 あらたな生徒手帳をもらい、ケン太は立ち上がった。

 三土和で靴をはくケン太に双子は話しかけた。

「ケン太さん。あたしたち、この赤星高校が元通りになるならなんでもします。なにかあたしたちにしてもらいたいことがあったら、なんでも仰ってください!」

 ケン太はうなずき、ドアを開け外へ出た。

 校舎を見上げ、ため息をついた。

 どうすればこの高校を立て直すことができるんだろう。

 千石高校……。

 ふとその名前が浮かんだ。

 ケイスケとかいうやつが、自分は千石高校で番を張っている、とか言ったな。

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