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手紙

久しぶりの更新です。なんと二月もほっておいたんですねえ。

「ぜひ、CDデビューしましょう!」

 興奮した宇土はケン太に向かって熱心に話しかけた。

 あの後、ライブが終わって宇土はケン太とユミとエミ、そしてセイントカインをファミリー・ラストランに案内して今後の計画を話し合うことにしたのだった。

 宇土の顔は輝いていた。

 駅前のライブで、アンコールの声があがり、しかたなくセイントカインのテーマソングでお茶をにごしたのだが、観客たちはケン太に注目していた。

「ケン太さん。あんたにはスターのオーラがあります。わたしが言うんだから間違いない。CDデビューしたらわたしがすべてプロデュースしますから、大船に乗った気持ちで任せてください!」

「ぼくに、ですか?」

 ケン太には信じられなかった。

 そばのユミにささやきかける。

「この人の言うこと、どう思う?」

 ユミはうなずいた。

「ライブのケン太さん。素敵でした。なんだか、いままで見たことのないケン太さんがいたみたいで」

 ケン太はエミを見た。

 彼女も同意するように激しく頷く。

「あたしもそう思います! あのときガクランの刺繍が眩しく光ったみたい……」

 エミの言葉に、その場にいた全員が同意した。

 なんと、ケン太の背中の”男”の刺繍がまぶしく光った、というのだ。

 ケン太は複雑な気分になった。

 たしかにケン太はあの時、観客を魅了したようだ。だが、それはガクランのおかげ、といっていいようだ。

 宇土は熱心に言った。

「ねえ、わたしに任せてくれれば絶対ヒットしますよ! それにCDデビューは赤星高校のためにもなるんですぜ」

 え? と、ケン太は顔をあげた。

「どうしてですか?」

 気持ちが動いた、と見た宇土は身を乗り出した。

「よござんすか? 沢山の人が聞いてくれればそれはとりもなおさず、宣伝になるでしょう? それにその収入を高校のために遣えばいいじゃないですか? 聞くところによると、赤星高校には教師がいないっていうじゃないですか。生徒がそろっても、教師がいないんじゃ高校とはいえませんでしょう?」

 あ、とケン太は胸をつかれた。

 そうだ、教師がいない。

 ケン太はユミとエミを見た。

 ふたりとも宇土の指摘に納得している。

 よし、とケン太はうなずいた。

「宇土さん」

 宇土は背筋をのばした。喜色がその顔に浮かぶ。

「お任せします」

 ケン太は頭を下げた。

 

 プロジェクトが動き出した。

 CDデビューにこんなに多くの人々が関わることになるとはケン太は思ってもいなかった。

 毎日ケン太とセイントカイン、それにユミとエミの八人は宇土に連れまわされ、さまざまなスタッフと顔合わせを続けた。

 そして練習の日々。

 録音がすみ、ようやくCDの発売日が近づいてきた。

 その間、宇土は宣伝のためだと言ってテレビやラジオに一同を引っ張りまわし、ディレクターやプロデューサーに会わせていった。

 よろしくお願いしますと頭を下げるケン太たちを迎えるかれらはやや冷淡といっていい対応を見せた。

 宇土はなに、あんなものです。あんたらの人気が出れば手の平をかえしたようになりますぜ、と元気付けた。

 きっかけはあるテレビのワン・コーナーで曲を披露したあとだった。

 放映が終わった瞬間、そのテレビ局に一斉に問い合わせの電話が殺到したのである。

 その反応を見て、宇土はしてやったりといった表情になった。

 両手を擦り合わせ、満面の笑みを浮かべる。

「思ったとおりです、絶対いけますって!」

 次の日から全員目が回る忙しさに投げ込まれた。

 毎日テレビやラジオに出演させられ、雑誌のインタビューを受け、写真を撮られた。

 そんな日々にケン太はじょじょに苛立ちを覚え始めた。

「こんなこと続けていいのかなあ……」

 ほかの七人はケン太の言葉に顔を見合わせた。

 テレビ局の控え室でケン太はぐったりと椅子によりかかりつぶやいたのである。

「こんなことって、なんですか?」

 ユミが尋ねた。

 ケン太は顔をあげた。

「毎日、テレビ局やラジオ局に引っ張りまわされてさ、高校に通う暇もない。おれたち、高校生なんだぜ」

 いつの間にかケン太は自分のことをおれと言うようになっていた。

「きみら、ちかごろ赤星高校に顔をだしたかい? 校長先生はどうしてる?」

 ユミとエミはあっ、と叫んだ。

「いけなあい!」

「忘れていたわ!」

 ケン太は立ち上がった。

「みんな、いまからでも行かないか?」

 セイント・レッドの英雄が声をあげた。

「こんな時間に?」

 控え室の壁にかけられている時計を見上げる。時刻は夕方をまわっている。

「いまからなら時間があるだろう? おれひとりでも行ってみるよ」

 さっさとドアに近づいた。

 あわててユミとエミがその後に続いた。

「まって、ケン太さん。あたしたちも!」

 セイントカインたちは顔を見合わせた。

「しかたないなあ……」

 立ち上がる。

 そこへ宇土がやってきた。

「あれ、みなさん。どうしました?」

 ケン太がこれから赤星高校へ向かうと話すと、かれはあわてた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。これから高校へったって、何時だと思っているんです? それに明日はコンサートの打ち合わせがあるんですよ!」

「とにかく、今日はこれまでにしてくれ!」

 ケン太が大声を出した。

 宇土は絶句した。

 ケン太が大声を出すとは思ってもいなかったからだ。

 ぼう然と立ち尽くす宇土を尻目に、ケン太はほかの全員を連れてテレビ局を飛び出した。

 

 深夜の赤星高校は静まりかえっている。

 校門をくぐり、校舎の裏へ。

 赤星高校の校長室のあるプレハブに近づく。

「明かりがついているぞ」

 プレハブの窓を見てだれかが声をあげた。

 たしかに校長室があるプレハブの窓は明るい。

 ケン太はプレハブのドアに手をかけた。

 開いた。

 すぐ入ったところが土間になっていて、へっついがあって三土和につづく。上がりかまちの障子の向こうが明るい。

 障子を開いてケン太は声をかけた。

「今晩は……」

 ケン太は息をのんだ。

「だれもいない」

「えっ!」

 ケン太の言葉にユミとエミは目をまるくした。

 背後から覗き込んだふたりは顔を見合わせた。

「本当……校長先生がいないわ」

 三畳間はさっぱりとかたづき、布団もたたまれ押入れに入れられている。ちいさな卓袱台がその代わりに置かれ、封筒があった。

 ユミとエミはケン太を押しのけ、部屋にはいりこんだ。

 卓袱台の封筒をとりあげた。

 ケン太を見る。

「ケン太さんにです」

「おれに?」

 封筒を受け取り、ためすがえす眺めた。

 おもてに「ケン太くんへ」と校長の手であるのか、達筆な筆さばきで書かれてあった。ケン太は封筒を開いた。

「読んでみてくれないか」

 セイントカインのひとりが言った。

 ケン太はうなずき、声を出して読み始めた。

「ケン太くん、そしてユミとエミ。セイントカインの諸君。色々有難う。きみらのおかげで赤星高校には続々と入学希望者が願書を出してくれた。

 しかし諸君も知っての通り、わが校には教師が不足している。いや、ひとりもいないと言ったほうが正しい。それでわたしはこの現状を打破するべく、教師募集をすることにした。が、ただの教師ではいまの赤星高校には勤まらないだろう。

 なぜなら万石高校のタツヲが狙っているからだ。

 不良生徒の脅迫にも屈せず、教育への情熱を持った教師でなくてはならない。

 そんな教師を探すため、わたしは暫く高校を離れることになる。みんなには迷惑をかけることになるが、どうか赤星高校のことを頼む」

 手紙を読み終わり、ケン太は顔をあげた。

 ぼう然とユミとエミ、セイントカインたちが見つめている。

「入学希望者がいるって、書いていたわね」

 ユミがつぶやいた。

 開いた校長の手紙の紙から、はらりともう一通の紙が床に落ちた。拾い上げたエミは叫んだ。

「これ、入学希望者のリストよ! すごい、百人以上いるわ!」

 ケン太はもう一度手紙の文面に目を落とした。

「待ってくれ、追伸がある」

「追伸?」

「こうだ……いいかい、読むよ……追伸、タツヲに気をつけろ。タツヲは闇のガクランの着用者である!」

「闇のガクラン?」

 ユミがつぶやいた。

「なにかしら?」

 エミが応じる。

 わからない……とケン太はつぶやいた。

 しかし気になる響きだ。

 闇のガクラン……。

 ケン太にはタツヲとの決戦が近づいている予感がしていた。

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