ライブ
赤星高校の生徒募集のため、ユミとエミのふたりに呼び出されたケン太。さて、募集のためなにをするのか?
「ケン太、電話よ! 赤星高校のユミさんという女の子から」
母親の純子に呼ばれ、ケン太はなんだろうと思った。
思わせぶりな純子の表情に、ちょっとケン太は顔を赤くした。女の子から電話など、初めてのことで母親としては浮かれているようだ。そんなんじゃないよ……と言いたいのだが、何か言うと言い訳になってしまうから、黙ってケン太は電話をとった。
「もしもし……」
「あ、ケン太さん! 是非あなたにお願いしたいことができたの!」
受話器のむこうからユミのはずんだ声が聞こえてくる。ざわざわという人声が背後に聞こえるので外から電話しているらしい。
「なに? ぼくに頼みたいことって」
返事をすると、エミにかわった。
「もしもし、エミです。あのね、ちょっと出てきて欲しいんですけどぉ……場所は……」
エミの告げたのはケン太の住む町から離れた市街中心部の駅だった。伝説のガクランを着てくるようにと念を押され、ケン太は首をかしげた。
「なあに、デート?」
「そんなんじゃないよ」
母親の好奇の目をちょっとうるさく感じながらケン太は二階の自室へ引き上げた。
壁にかけられた伝説のガクランを見る。
あいかわらずガクランの背中の「男」の刺繍が燦然と輝いている。
ケン太はガクランを身につけた。
たちまち背筋がのび、身内にちからが満ちてくる独特の感覚。ポケットから櫛をとりだし、自分の髪の毛を梳くといつもの金髪リーゼント・スタイルになる。
玄関を出て、外へと出かける。
駅を出てすぐユミとエミの二人が出迎えた。
改札にふたりはケン太を探していたのか、姿が見えると手を勢いよくふって差し招いている。
「なんだい、急に?」
ケン太が話しかけるとふたりはちょっとはにかんだような笑顔を見せる。
「あの、ちょっと付き合ってほしいんです」
ユミの言葉にケン太はどきんと胸が高鳴った。
たちまち真っ赤になるケン太に、エミは手を細かくふって否定した。
「違う、違う! そんなんじゃなくて……あのう、赤星高校に新入学の生徒を募集するために手伝って貰いたいんです」
なんだ……と、ケン太はがっかりするような、ほっとするような気分になった。
「新入学の募集だって?」
「そう、やっぱり生徒がそろわないと高校も元に戻らないでしょう? あたしたちとケン太さん、それにセイントカインの五人でやっと八人じゃ、一クラスもできやしないわ。だからなるべく多くの生徒を集めようということでここに来たの」
「それは判るけど、どうやって集めるつもりなんだい?」
「コマーシャルをするのよ!」
「コマーシャル?」
ケン太はあっけにとられた。
と、赤、青、黄、緑、ピンクの五色の学生服が視界にはいり、ケン太はふり向いた。
セイントカインの五人である。
「やあ」
赤の学生服を着たリーダーの比呂英雄は軽く手をあげ挨拶する。
「かれらも呼んだのか」
「ええ、なにしろ正規の赤星高校生徒はあたしたちだけだから。あたしたちで宣伝しないといけないと思って」
ユミの返事にケン太はもっともだと頷いた。
「それで、どうやってコマーシャルするつもりなんだい。駅前でなにかするのか」
うふ……、とユミとエミは意味深な微笑を浮かべた。
「あたらずとも遠からず」
エミの答えにケン太は眉をひそめた。
「なんだい?」
ケン太はセイントカインに顔を向けた。
かれらも知らされていないようで、顔を横にふる。
「こっちよ!」
ユミとエミは両側からケン太の手をとり、歩き出した。
「え……?」
いきなり女の子二人に手を握られ、ケン太は戸惑ってしまった。
駅前のロータリーに、一台のおおきな車が停まっていた。
マイクロ・バスほどの大きさがあり、横開きのドアがケン太が近づくと大きく開いた。
「ども、高倉ケン太さんですね?」
中から度の強い眼鏡をかけた、三十なかばと思える男が顔を出した。髪の毛はもじゃもじゃで、大きな鼻とほっそりとした顎をした、蜘蛛のように痩せた手足をしている小柄な男である。
ケン太を先頭にユミとエミ、そしてセイントカインの八人が車の中にはいる。席はたっぷりとあり、どうやら十数人が座れるくらいありそうだ。
席に座らされると、さっきの男が名刺を取り出しケン太に渡した。
プロデューサー・ディレクター
宇土亜連
とあった。
「どもども、宇土と言います。あの、赤星高校という高校の宣伝を頼まれまして、あたくし担当になりましたんで、よろしく。あ、これ宣伝案をまとめたもんです。どうぞ読んでください」
せかせかとそれだけ喋ると、宇土と名乗った男はセカンド・バッグを取り出し中から数枚のパンフを取り出した。
渡されそれを見るケン太の眉がおおきく八の字になった。
内容はケン太を中心に、歌と踊りのライブを行うことになっていて、そのライブで赤星高校への勧誘を織り込むことになっている。
ケン太はユミとエミを見た。
ふたりはあっけらかんとした表情で、ケン太を見つめている。
「歌と踊り、だって?」
セイントカインの五人にもおなじものが渡されているようだ。
みな、パンフを食い入るように読んでいた。
「心配ありません。歌と踊りはちゃんと専門の方を呼んで、レッスンして貰うことになっていますし、そちらの五人とユミとエミちゃんというふたご姉妹がいれば人目を引きます。ぜったい成功します! 請合います」
熱心に宇土はケン太を口説いていた。
「あの……ぼくが歌うことになっているのかい?」
「もちろん!」
というのがユミとエミの答えだった。
ケン太はぶるぶるっと首を振った。
「冗談じゃない。ぼくにそんなことできるもんか!」
大丈夫です、と宇土は請合った。
「なに、だれでも最初は素人でさあ! ケン太さんはまだ十五才でしょう? その若さなら、あっという間に覚えますって。それにそのガクラン、格好いいですしね。背中の刺繍にライトがあたれば、印象的です。きっと人気がでますぜ」
ケン太の顔にどっと汗が吹きだした。
「よしてくれ……」
ユミとエミを見る。
ふたりはまっすぐケン太の目を見つめていた。
セイントカインたちに目をやる。
五人もまた、にやにやしながらケン太を見つめ返した。
「おい、よせよ。本当にぼくがそんなことできるわけないだろう?」
弱々しく言いながら、ケン太はゆっくりとかぶりをふった。
じーっ、と全員がケン太の決心を待っていた。
ケン太は肩を落とした。
「まず、歌を覚えてもらわないといけません。歌詞はこれ。そしてオケはこのCDに焼きこんでいますので、今日のところは聞いてもらうだけで結構です」
音楽プロデューサーと名乗る二十代半ばの、いつも冷笑を浮かべているような細面の男が口を開いた。
薄茶色のサングラスをかけ、派手な赤と青のまだら模様のシャツを着て、わざと裂け目をつけたジーンズを履いている。最先端のファッションなのか、それともそもそもファッション・センスがないのか判断しずらい格好である。
宇土の車でケン太たちは市街のとあるレコーディング・スタジオに連れて来られていた。
そこには音楽プロデューサー、ダンスの振付師、演出家などさまざまな分野の人間が集まり「赤星高校再生プロジェクト」と名づけられたライブの計画を作成していた。
「しかしライブだなんて、こんなことになるとは思ってもみなかった……」
ケン太はつぶやいた。
ユミは身を乗り出した。
「でも、これが一番効果的なのよ! 校長先生の紹介なんです」
「校長先生が?」
ケン太の問いかけにエミが答える。
「ええ、校長先生が、昔の赤星高校の卒業生からこういうことをやっている人を捜し当ててくれてあたしたちに紹介してくれたんです」
そうか……とケン太は覚悟をきめた。
とにかく、それしか方法がないのならしかたないじゃないか!
宇土が口を開いた。
「ケン太さんだけやらせるんじゃないですから。セイントカインの皆さんも参加してもらいます」
いきなり話題をふられ、セイントカインの五人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
「ぼくらが?」
「あんたたちには楽器を担当してもらいます」
ひえーっ、とかれらは叫んだ。
セイントカイン・レッドはリード・ギター。
セイントカイン・ブルーはベース。
セイントカイン・イエローはドラム。
セイントカイン・グリーンはキーボード。
そしてセイントカイン・ピンクとユミとエミ三人はコーラス担当と決まった。
ぱんぱんと宇土は手を叩いた。
「さあ、担当が決まったところでさっそくレッスンといきますか!」
かれは生き生きとしていた。
いよいよ当日。
「本当にやるのかい?」
ケン太は不安そうに尋ねた。
「なに言ってるの? あれほどみんなで練習したでしょう! 自信を持ってやるのよ」
ユミとエミは目をきらきらとさせていた。
全員のなかで、このふたりがもっとも熱心だった。
セイントカインたちは自分たちが前面に出るわけでないのでどちらかというと気楽なものである。
結局、ライブはケン太たちの住む町の駅前でやることになった。赤星高校がすぐ近くにあるし、各駅しか電車は停車しないが利用客もわりと多いからである。
駅前に宇土は特設ステージを組み、コンサートを仕掛けていた。
”高倉ケン太とセイントカイン”それがグループ名である。自分の名前が大書きされた幟を目にし、ケン太は恥ずかしさに真っ赤になっていた。
「さあ、行きますよ! お客さんも集まっていますから」
宇土が顔を出した。
ケン太は覚悟をきめた。
全員、配置につく。
幕が開いた。
駅前のロータリー。そう広い場所ではないが、それでも客は詰め掛けていた。休日でもあり、物見高い人間はどこにでもいるものだ。
ケン太はおおきく息を吸い込んだ。
手にマイクを持ち、一歩前へ出る。
「こんにちわ……」
ひと声挨拶する。
帰ってくるのは静寂である。
唇を舐め、ケン太はふたたび口を開いた。
「えーと……今日、皆さんの前にぼくたちがライブをやることになったのは、赤星高校というぼくらの高校を救うためです……」
静寂はびくともしない。無反応な観客に、ケン太の背中にじっとりと汗が流れた。
「この中で高校に入学していない人はいませんか? もう一度、高校生活を送りたい、なんて人はいませんか? 赤星高校はそんな皆さんを求めています!」
観客がいらいらしはじめたのをケン太は感じていた。視線が冷たくなり、そわそわしている。
どうしよう……。
ちらりと舞台の袖で見守っている宇土亜連を見る。
亜連は指先を狂ったように廻していた。
はやくライブを始めろ! そう言っているようだった。
さっとケン太はセイント・レッドを見る。
うなずく。
ケン太は手を上へ突き上げた。
「ワン・ツー……ワン・ツー・スリー……」
ドラム担当のセイント・イエローがカウントをとった。
じゃーん!
レッドのリードが鳴り響く。
ケン太は渾身のちからをこめ、唄いだした。
おいらはバンチョウ
愉快なバンチョウ
おいらが叫べば嵐を呼ぶぜ
背中の刺繍が鳴いている
”男”を見せろと鳴いている
えーい、面倒だ
まとめてかかってきやがれ!
ビンタ!
蹴り!
どうした、弱虫め!
ケン太は夢中になって唄っていた。
いつの間にか、手足を激しく動かし、目に見えない敵にむかって格闘している自分に気づく。
袖の宇土を見ると、呆然となっている。
振り付けと違う……。
目がそう言っている。
しまった……。
ケン太は臍をかんだ。ついうかうかと、教えられた振り付けをすっかり忘れてしまっていた。
はっ、と気づくと観客が目を丸くして見上げている。
気まずい沈黙。
ふっ、と息を吐きケン太はまっすぐ立ち上がった。
「ど、どうも……失礼しました……」
そのまま観客の顔を見ることもできず、そそくさと退場した。
はっ、となった宇土がカーテンを閉めた。
その時。
津波のような拍手と喚声が幕の向こうから沸いて届いた。その迫力に、垂れた幕がふわりと波立ったくらいだった。
アンコール!
アンコール!
観客の喚声が聞こえてくる。
ケン太たちは顔を見合わせた。
今回ちょっと悪ノリしちゃいました。みなさん、ついてきてくれますか?