対抗
さまざまな人間がタツヲに対し対抗策を講じる。ケン太、ユミとエミのふたごは赤星高校に生徒をとりもどすべく、奮闘する。
その部屋には十人以上の人間が座れるよう椅子が並べられていたが、実際埋まっているのは半分以下だった。
椅子に腰をおろしているのは男性、女性半数ずつだが、全員に共通しているのは年配であることと、みなどれかの高校の校長であるということである。
ここは「校長同盟」という集まりの場であった。
もともと付近の高校の校長同士の親睦の場として始まったのだが、やがて高校に暴力や犯罪が荒れ狂うようになって、ただの親睦会からそういった問題を話し合い処理するための委員会へと発展した。もちろんこの場で話されることは秘密で、その処理方法も表に出せないようなことも多い。
その結果、きわめて秘匿性のある集まりとなったのである。
「で、かれの報告は確かなのかね?」
どうやら一座の中でもっとも年長で、発言力がありそうな老人が口を開いた。
隣に座る同年代の鶴のように痩せた老女がうなずいた。
「そのようですね。千石高校の校長にも確かめてみました。どうやら、万石高校のタツヲというのは”闇のガクラン”の持ち主らしいですわ」
彼女が”闇のガクラン”という言葉を発したとたんに全員が顔をしかめ、うなだれた。どうやらその言葉はタブーになっているらしい。
「その、万石高校の校長はどうしたんだ? なぜ出席していない?」
ひとりが叫んだ。彼女はそのほうを見て、やわらかな笑みを浮かべた。
「お忘れですの? 万石高校の前校長は、この委員会の意義を否定して、現校長に引継ぎを拒否したんですのよ」
そうか! と、発言した校長はかるく目の前のデスクをたたいた。
「年々、集まりが悪くなっていく。去年はまだ人数がいたはずだ。それが、今日はすでに半数を割ってしまった」
「しかたないよ、みな年なんだ。身体をこわしたり、死んだのも一人や二人じゃきかない」
「なぜつぎの校長に引き継がない? この委員会は、ちゃんと引き継がないとやっていけんだろう」
「みな忙しいのさ。それに、この委員会そのものの存在意義を疑っているものも多い」
「なぜだ! 今度のことのようなことが持ち上がることもあるだろう」
「まあまあ、それは後にしよう。とにかく今日の議題に戻ろうや。なにしろ”闇のガクラン”が現れたのだ。ほってはおけん」
文句を言っていた男はぶつぶつとつぶやきながらそれに同意した。
「いったい、”闇のガクラン”とはなんだね? なぜそれが問題なんだ」
さっきの鶴のように痩せた老女が答えた。
「”闇のガクラン”とは”伝説のガクラン”の影なんですわ。学校が荒れ果て、暴力が渦巻くところ生徒、教師の願いに答え現れるのが”伝説のガクラン”。そしてその”伝説のガクラン”の影として”闇のガクラン”も出現する、と言われております」
「それじゃまず”闇のガクラン”のことを報告した赤星高校の校長の話を聞こう」
みなそれにうなずいた。
かれらの目の前にテレビのモニターがつながれた。モニターに、布団に上半身を起こした赤星高校の校長の姿が現れた。
「このような格好でお許し願いたい。なにしろ、長い間寝たきりなので、まだ身体がよく動いてくれないのです」
校長は携帯電話のカメラ機能をつかって会議に出席しているのだ。
全員、赤星高校の校長の健康を気遣う言葉をかけ、校長はそれに礼を言った。
「ありがとう……。とにかくわが校のケン太くん。それに千石高校の生徒であるキヨシ、ケイスケの話から、万石高校のタツヲと言うのが、闇のガクランの持ち主でないかという疑いを生じたのです。それであとで千石高校の校長と話したさい、その印象がますます強まった、というわけです」
「間違いない……。そのタツヲの着ているのが闇のガクランだ。なんでも闇のガクランの着用者は、おそろしいほどの知能と、罪悪感の欠如を示すと言う。千石高校の校長を脅迫したときの手口がそれを示しているよ」
「伝説のガクランあるところ、闇のガクラン現れる……か。最初の伝説のガクランはいつ現れたのかな」
「記録によると、戦前からあるようです」
その報告に、みな「え?」となった。
「しかしケン太のガクランは確か父親から譲られたと……」
「そう、ケン太の父親高倉ブン太がいまのケン太くらいの年頃のころ、町の仕立て屋の老人から貰ったとされています。しかしそれ以前にも伝説のガクランは存在しました。その時代々々にあらわれる正義の番長が着たガクランが、伝説のガクランと呼ばれたのです。
が、ブン太の貰ったガクランは特別な仕立てで、着用者を怖ろしいほどの喧嘩上手に変身させてしまいます。そのちからでブン太は伝説の番長となり、着用した学生服は伝説のガクランと呼ばれました。
ですから伝説のガクランの影である闇のガクランの威力も想像もつかないほど強力です。たぶん、闇のガクランの着用者に対抗できるのは、伝説のガクランの着用者だけでしょう」
「なぜ闇のガクランなど現れるのだ。われわれがそれを望むわけ、ないだろう」
「作用、反作用という言葉があります。光あるところ影がある。光が強烈なほど、そのつくりだす闇も濃いのです」
「その者、赤き衣をまといて金色の野におりたつべし……。伝説のガクランについて昔から語られる言葉だが、それがなにを意味しているのか判らん……」
「闇のガクランを着たタツヲはいったいこれからなにを狙って行動するのかな?」
「たいてい、闇のガクランの着用者は、権力への志向を示すようです。際限ない支配欲。それが特徴で、そのためにどのような手段でもとることをためらいません」
「タツヲは千石高校と万石高校の支配権を握った。つぎは赤星高校だろう。きみはどうするつもりなんだ」
これは赤星高校の校長へ向けられた言葉だった。かれは画面の向こうでうなずいた。
「そう、愚図愚図していられん。幸い、ケン太くんやユミとエミのふたりが高校に生徒を復学させるべく動いている。かれらが成功して赤星高校に生徒が戻ってくればたぶん……」
もうひとりの校長が手をよじり合わせるようにしてうめいた。
「赤星高校がやられればつぎはうちだ! なんとしてもタツヲの野望は摘み取らなければならない!」
となりにいたもうひとりがうなずいた。
「そうだ。赤星高校は位置的に言って、われらのど真ん中に位置する。タツヲが赤星高校を支配下におけば、われわれすべてが危機に瀕することになる。われらすべてちからをあわせなくてはならん!」
その場にいたすべての校長がうなずいた。
長老格の老人がすっくと立ち上がり、口を開いた。
「それではこの校長同盟は非常事態であることを宣言する。万石高校のタツヲの野望を阻止するため、われらは総力をあげて赤星高校を援助する! みなさん、これでよろしいな?」
賛成! 賛成! という声が一同からあがっていった。
委員会はタツヲに対抗する動議を採択したのである。
ヨーコの店に連れてこられたセイントカインの面々はおどおどとしていた。
五人はいま普段の学生服に戻っている。そのせいもあり、なれない町に来ているということもあって緊張していたのかもしれない。
ケン太は一同をヨーコに紹介した。
「ヨーコさん。かれらがセイントカインというグループです。かれらのための学生服は出来ていますか?」
ヨーコはうなずいた。
「出来ているわよ。特注だったから大変だったけど、ま、あたしの自信作ね!」
ケン太は有難うとうなずいた。
ヨーコは引き出しから五着分の学生服を取り出した。
男性用四着、女性用のセーラー服が一着である。
男性用の学生服はそれぞれ赤、青、黄色、緑に染められていた。セーラー服の襟、スカートはもちろんピンクである。
じぶんのカラーの服を手にとったセイントカインの面々は不思議そうにケン太を見た。
「着てみたらどう?」
言われて着替えた。
女の子はヨーコに案内され更衣室で着替えている。
すっかり着替え終わり、五人はおたがいを見合ってにやにやしている。
「どうだい?」
ケン太に言われ、リーダーの比呂英雄は相好を崩した。
「うん、なんだか気分が変わったな……じぶんのカラーの学生服なんて考えもしなかった」
「裏返してみなよ」
え? とかれらは自分の学生服の裏地を確かめた。
学生服はリバーシブルになっていて、裏返すとセイントカインのユニフォームになっていた。
凄え……と四人の男子生徒は興奮していた。
「それだったら、いつでも変身できるだろう?」
ただひとりの女の子のセイントピンクは腕を組んで叫んだ。
「あたしはどうなの? これじゃ、あたしだけのけ者じゃない?」
ヨーコは首をふって答えた。
「大丈夫、あなたのセーラー服もちゃんと変身できるから。その襟の裏側を見てごらんなさい」
言われてピンクは襟を裏返した。するするっと襟から布地がのび、ピンクの制服となっていく。スカートの裏側にもタイツが隠されていて、たちまち彼女はセイントピンクに変身した。
「これがマスクだ」
ケン太が渡したのは手の平にすっぱりとおさまるほどのハンカチほどの大きさの布地のかたまりだった。
ひろげるとマスクになっていて、かぶるとぴったりと顔に貼りつく。靴はふだんはスニーカーだが、これも伸びてブーツのかたちとなる。
かれらは嬉々としてセイントカインの姿に変身していた。
「どうだい。気に入ったかい?」
かれらはもちろん! と相槌をうった。
「赤星高校に戻ってくれるな?」
ふたたび学生服にもどり、英雄はうなずいた。
「ああ、戻ろう。そして高校を守るための戦いに参加しよう。約束する」
そのころ……赤星高校の校長室では、ふたごが帰ってきていた。ふたりは校長のためにお粥を用意していたのである。
「なかなか集まらないわねえ」
ユミがぽつりとつぶやき、隣りでお粥にいれる葱を刻んでいたエミもうなずいた。
ふたりの会話を、校長は寝ながら聞いている。
「本当……やっぱり駄目みたい」
ふたごは同級生にむけ、携帯でメールを送っていたが返事の返ってきたのは半分にもみたず、復学の意思をしめした相手もほとんどいなかった。
「どうしよう……」
「ねえ」
エミがユミのほうを見た。
「考えを変えてみない?」
「なによ」
「だから復学にこだわらないで、新入生を募集するのよ!」
「だってもう新入学の時期は……」
「世の中には高校に入学したくても出来ない人もいるわ。年令、国籍にこだわらず、どんな人でも受け入れることにすればいいのよ」 ユミの顔があかるくなった。
「そうか、夜間の学校ってのもあるしね! でもどうやって入学を勧誘するの?」
「それが問題なのよねえ……」
エミは腕を組んだ。
なにしろふたりはただの学生である。入学勧誘などと言ってもどうすればいいのか、途方に暮れていた。
校長がむくりと起き上がる。
その気配に、ふたごはふり返った。
校長は口を開いた。
「それなら方法がないでもない……」
「校長先生?」
赤星高校校長の瞳はらんらんと輝いていた。