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イッパチ

仲間をもとめてケン太は再びセイントカインと顔をあわせる。一方アキラは……。

「アキラと一対一の勝負? 危険ですわ!」

「そうよ、きっと罠をしかけてきますよ!」

 ユミとエミのふたりはかわるがわるケン太にアキラとの勝負をやめるよう忠告した。しかしケン太の決意は変わらない。

 いつもの校長室である。ケン太は上がりかまちに腰をおろし、ユミとエミはかれの両側に座って話をしている。

「これはぼくが言い出したことなんだ。それにこれで赤星高校から千石高校の侵入を防ぐことが出来る。ぼくが勝ったら、もう赤星には手を出すなとアキラに言うつもりだ」

「約束を守るかしら?」

 ユミは疑わしそうに言った。

 それを校長は天井を見上げ、黙って聞いている。

 ケン太はユミとエミを振り切るように立ち上がった。

「それじゃ、行ってくる」

「ケン太さん!」

 ユミはたまらずケン太の肩をつかんだ。

 ふりむくケン太にユミはポケットから火打石を取り出した。

 かちっ、かちっと火打石を擦って切り火を熾す。

「ご武運を」

「有難う」

 ケン太はがらりと障子を開けると校長室から外へ出て行った。

 ほっとユミはため息をつき、つぶやく。

「どうしよう……あたしたち、なにもしなくていいのかしら?」

「お姉ちゃん、こっそりケン太さんの後をついていかない?」

「そうねえ……」

 ユミは寝ている校長をそっと見やった。

 校長は目だけ動かし、口を開いた。

「行きなさい。わたしはいいから……」

「校長先生……」

 ふたごは目に一杯涙をうかべ、なにか言いかけた。

 が、決意したように立ち上がるとケン太の後を追って出口へと向かう。

 

 があーっ、と轟音をたて陸橋を電車が通過していく。その陸橋のたもと、干上がった川原にケン太とアキラが対峙している。

「本当に、これで最期だな? ぼくが勝てばもう赤星高校には手を出さないと誓うんだな?」

 ケン太は叫んだ。

 アキラはにやっと笑い、うなずいた。

「ああ、約束する。が、お前が負けたらどうする? 貴様はなにを約束するんだ?」

 言われてケン太はぐっと詰まった。

 黙っているケン太に、アキラはおいかぶせるように声をかけた。

「そうだな……もしおれが勝てば、お前はおれの部下になる、というのはどうだ? お前はなかなか見所がある。いずれおれが社会でことを起こす際、幹部としてとりたててやってもいいと思っているんだ」

「なにをするつもりなんだ?」

 アキラは肩をすくめた。

「それは決まっていない。政治家になるか、会社を興すか……それとも革命家になるのも面白いかもしれん。お前はどうなんだ。このまま大人になって、社会の歯車になるのが望みなのか?」

「それのどこがいけない?」

「お前は男じゃないか。男と生まれたからには、なにか自分の生きた証しを打ち立てたいとは思わないのか? よく言うじゃないか。失敗した革命家は犯罪者であり、成功した革命家こそが社会の改革者と呼ばれると。おれはどっちでもいい。この社会をひっくり返してやるのがおれの望みさ」

「そんなの断る!」

 おやおや……、とアキラは首をふった。

「まったく話しの合わない男だな、お前は。しかたない、少々痛い目にあってもらわないといけないようだ」

 と、アキラはふり返った。

「だれだ! そこにいるのは? 出て来い」

 陸橋の陰からのっそりと姿を現したのはキヨシだった。あいかわらずケイスケをかたわらに引き連れている。

 ケン太はアキラを見た。

「ひとりっていう約束だったろ」

 アキラはぶるっと首を横にした。

「馬鹿な! おれがあいつらの手助けなど必要とするわけがない! キヨシ、なぜ来たんだ?」

「お、おら……」

 決まり悪そうにキヨシはもじもじとしている。

「こんな喧嘩、やめて貰いたいって思ったんだ……」

「なにい?」

 キヨシはにやっと笑った。

 きれいに生えそろった前歯がきらりと光った。

「キヨシ……いつ歯医者にいったんだ?」

「行かねえよ。そのガクラン着て、生えてきたんだ。そのガクランはすげえよ。おれ、生まれ変わったんだ!」

 アキラは目を細めた。

「なるほど、それで恩に感じたというわけか? おれたちの決着をつける戦いを止めて、お前はどうしたいんだ?」

「わ、わからねえ……でも、兄ちゃんは間違っている……と、思う」

 ふん、とアキラは鼻で笑った。

「お前は考えるな! 考えるのはおれの役目だ。いいか、そこで立っていろ。余計なことはするんじゃないっ!」

 そう言ってアキラは向き直り、だしぬけにケン太めがけて走り出した。

 ケン太は身構えた。

 瞬間、アキラの長身が宙を舞った。

 はあーっ!

 裂帛の気合がアキラの口から鋭くはなたれ、空中をつたいケン太に殺到した。

 その気合と共にアキラは空中で前蹴りを放った。

 まるで機関銃の弾丸のようにアキラの前蹴りは構えたケン太の前腕部を何度も蹴った。

 その勢いに、ケン太はぐらっとよろめき数歩、あとずさった。

 が、ガードしただけではなかった。

 とん、と地上に降り立ったアキラにケン太は廻し蹴りをくらわしたのである。

 ばしっ!

 ケン太の爪先がアキラの腹部に命中した。

 鳩尾に完全に決まっている。

 本来なら、アキラは身をおりまげているはずだった。

 その動きを予想してケン太はつぎの攻撃に移るつもりだったのである。

 が、かれは平然としていた。

 ケン太の表情が一瞬こわばっていた。

「どうした、それだけか?」

 せせら笑いを浮かべたアキラは、腕をふってケン太の頬を張り飛ばした。

 がくん、とケン太の膝が折れた。

 アキラのビンタは強烈だった。

 目の前に星が飛び、ケン太の視界が暗くなる。

 ばしん!

 もう一度アキラのビンタが反対側の頬を張り飛ばした。

 きーん、とケン太は耳鳴りがして気が遠くなる。

 必死に建て直し、ケン太は猛烈なラッシュでパンチをアキラの胸板、わき腹へと叩き込む。

 まるで岩を叩いているかのようだ。

 アキラは仁王立ちになってケン太の攻撃を受け止めている。

「まるで効かないぞ! それがお前のパンチなのか? 無駄無駄無駄あーっ!」

 がくん!

 アキラのフックがケン太の顎をとらえていた。

 どさ……!

 ケン太は仰向けに倒れていた。

 その顔を覗き込んだアキラはゆっくりと首をふって肩をすくめた。

「所詮、喧嘩は素人だ……ふっ、つまらん!」

 ケン太は完全に意識を失っている。

 アキラはほっとため息をついた。

 やはりヨーコにガクランを仕立ててもらってよかった。

 彼女はアキラに戦闘のためのガクランは作らないと言ったにかかわらず、彼女の仕立てたのは見かけは学生服であるが、中身は完全に戦闘服といってよかった。

 アキラの着ているガクランの裏地には、衝撃を吸収する新素材の層が縫いこまれていたのである。そのため、ケン太の攻撃がいかに鋭かろうとも、アキラにまったくダメージがなかった。

 さらにガクランにはもうひとつの仕掛けがあった。

 アキラの筋力を増幅するため、ガクランには伸び縮みする素材で出来ていたのである。これにより、一種のスプリングのちからでアキラのちからは強められていた。

 これで勝負あった……。

 もうケン太はおれに挑もうなどと考えることはないだろう。

 やるなら徹底して相手を叩きのめす。それがアキラの身上である。

 立ち去ろうとするアキラは、倒れたケン太が身動きするのを認めた。

 !

 まさか、まだ動けるのか?

 ふらり──と、ケン太は立ち上がっていた。

 アキラの眉がひそめられる。

 やつは完全に意識を失っていたはずだ。そんなに早く意識を取り戻すはずはないのだが……?

 ふらふら、とケン太はアキラにむかって歩いてくる。

 まるで戦いの態勢をとってはいない。

 が、アキラは本能的に危険を感じとっていた。

 防御の態勢をとりかけたアキラに、ケン太はいきなり飛び掛った。

 その動きは出し抜けであり、かつ異様なものだった。

 がくん、とまるで操り人形が動くようにケン太は両腕をのばし、防御の構えをとるアキラの腕をかいくぐりその首を締め上げていたのである。

「ぐ……!」

 アキラの息が詰まった。

 おそろしいほどの腕力であった。

 ケン太の両手の指先には信じられないくらいのちからがかかっていた。

 アキラは必死に振りほどこうとしたのだったが、まるで万力が締まるようにケン太の指は縮まっていく。

 ケン太の目はアキラを見てはいない。というより、なにも見ていないものの目だった。

 意思のない操り人形と化したケン太にアキラはぎりぎりと首を絞められていく。

 それをキヨシとケイスケはぽかんとした顔で見守っていた。

 ケイスケがキヨシのわき腹をつついた。

「キヨシさん、どうします? あのままじゃアキラさん殺されちまいますよ!」

「だ……だって、おら兄ちゃんになにもするなって言われて……」

「そうよ! 止めるべきよ!」

 女の声にふたりは顔をあげた。

 川原の、土手にふたごの姉妹が立っていた。

 ユミとエミのふたりである。

 ユミが叫ぶ。

「早く! 止めないとケン太さん、人殺しになっちゃう!」

 その声でキヨシとケイスケは弾かれたように飛び出した。

 背後からケン太にキヨシは抱きつくと、その腕を離そうともがく。

「す……すげえ、ちからだ!」

 キヨシの顔が真赤に染まった。

 が、やはりキヨシは馬鹿力の持ち主だった。

 締め付けていたケン太の腕が、ゆるゆるとアキラの首からはなれていく。

 ほっ、とアキラは息を吸い込んだ。

 ひいーっ、ひいーっと笛のような音をたて、なんども息を吸い込んだ。

 けほけほ……と、ようやく咳き込み、身をそらせた。

 ケン太はキヨシに背後から抱きかかえられつつも、アキラのほうを向いて飛び掛ろうともがいている。

「いまのうち、お帰りなさい。戦いはドロー、それでいいじゃない」

 アキラの顔色がじょじょに平静になった。

 首周りをこすり、脂汗を浮かべている。

 ちら、とキヨシとケイスケを見る。

「くそ……お前ら、ただじゃおかないからな! 覚えておけ!」

 捨て台詞を吐くと、後を見ずに土手を登っていった。アキラの姿が完全に見えなくなると、ふたごはキヨシのほうを見て口を開いた。

「もういいわ、キヨシさん」

 エミがそう言うと、キヨシは掴まえていたケン太の腕を離した。

 ぱっとケン太はふり向きざま、戦おうという姿勢をとった。

 あいかわらず目はうつろなままだ。

「ケン太さん!」

「ケン太さん、目を覚まして!」

 ユミとエミはかわるがわる叫ぶ。

 と、ようやくケン太の目に表情が戻ってきた。

 視線がはっきりし、目の前の現実がわかってきたようだ。

「ユミ、エミ……それにキヨシさんとケイスケ……」

 がくり、と膝をおった。

 ぜいぜいと荒い息をつく。

「ぼくはどうなったんだろう……アキラに殴られて、それで気が遠くなって……」

 四人がケン太のしたことを説明すると、信じられないといった表情になる。

「そんな、ぼくがアキラを殺そうとしただなんて……」

「ガクランのせいだよ! ガクランがケン太さんを守ろうとしたんだっぺ!」

 キヨシが叫んだ。

 ケン太はじぶんのガクランを見おろした。

「ガクランが……?」

 伝説のガクランはあれほどの戦いのあったあとだというのに汚れも、裂けもせずまるでクリーニングが済んだすぐ後のように綺麗なままだ。

 ふらふらとケン太は歩き出した。

 エミが声をかけた。

「ケン太さん、どこへ行くつもり?」

 ケン太はふり返った。

 薄い、気弱げな笑いを浮かべている。

「ぼくには判ったことがある。この戦いはじぶんひとりの戦いだと思っていた。が、違うんだ。ひとりではできない……いや、やってはいけない戦いなんだ」

 ケン太の長広舌をみなはぼんやりと聞き入っていた。

 ケイスケがおそるおそる口を出した。

「て言いますと?」

「仲間が必要だ……ぼくと一緒に、赤星高校を蘇らせる戦いに参加する仲間が!」

 ふたごは一歩、前に出た。

「あたしたちがいるわ! あたしたち、最初からケン太さんの仲間じゃない?」

 うん、とケン太はうなずいた。

「だが、まだ三人だ。もっと必要なんだ」

 キヨシとケイスケは顔を見合わせた。

「あ、あのう……おら……その戦いに参加してもいい……なんて思ってるんだな……」

 そう言うと真っ赤になった。

 ケイスケは肩をすくめた。

「しょうがねえ……キヨシさんがそう言うならおれも一緒になりますよ」

 ケン太は笑った。

「有難う……それじゃ行こうか」

「どこへ?」

「会いたい仲間がいるんだ。もし仲間になってくれるんならね」

 そう言うと歩き出す。

 四人は顔を見合わせ、その後を追った。

 

 10

 

 ケン太の向かったのは例の廃屋だった。

 荒れ果てた建物の前で、声を張り上げる。

「セイントカインのみんな! 出てきてくれないか? 高倉ケン太です」

 その声が終わらないうちに、大音量でセイントカインのテーマソングが流れ出した。

 初めてここにきたキヨシとケイスケはあっけにとられ、きょときょととあたりを落ち着きなく見回している。

「セイントレッド!」

「セイントブルー!」

「セイントイエロー!」

「セイントグリーン!」

「セイントピンク!」

 廃屋の屋上に五人の戦隊が現れた。

 あいかわらずポーズを決め、おたがいの手をとると人間ピラミッドをつくる。

 さっと離れると、ちゅどーん……という音とともに廃屋のちかくで爆発がおきる。

 わっ、とキヨシとケイスケは驚いて首をすくめた。

 爆発がおさまると、五人は屋上から消えていた。

 気がつくといつの間にかケン太の目の前に到着していた。

「何のようだ? まだ赤星高校は元通りになっていないんだろう?」

 レッドの仮面をつけた比呂英雄が仮面越しにくぐもった声で話しかけた。

 ケン太はうなずいた。

「そのことなんだが、いままでぼくは間違いを犯していたことに気づいたんだ。高校を元通りにするにはぼくひとりのちからではできない。みんなの協力が必要なんだ。だから、ぼくの戦いに参加してくれないか?」

「ぼくたち?」

 五人はあきらかに戸惑っている様子だった。

「ぼくら戦いは苦手なんだ」

 それを聞いてふたごが叫んだ。

「でもあなたたち戦隊なんでしょ? セイントカインってグループ、作っているんでしょ? それなのに戦いたくないなんて」

 ケイスケが口を挟んだ。

「さっきの爆発。すごかったなあ。あんたらあれ使ったらどうなんだ? だれだって爆弾だったらビビるぜ」

 レッドは首をふった。

「あれは爆弾じゃないよ。爆発に見せかけた演出なんだ」

 へえ? と、不審顔なケイスケにレッドは腰のベルトのボタンを押した。

 ちゅどーん!

 爆発音が派手に鳴り響いた。

「本当の爆発音はこんなもんじゃない。たいてい”ぱんっ”って大きな音が鳴るだけだ。この音は……」

 ふたたび「ちゅどーん」という音。

「テレビや映画の効果音係りがひねりだした音だよ。それらしく聞こえて、迫力があるということで使われているけど。それにあわせてエア・コンプレッサーから空気を送り込んで土ぼこりを巻き上げているんだ。第一、爆薬を使うには免許がいる。ぼくたちそんなの持っていないからな」

 ケイスケはがっかりしたようだった。

「なんでえ、つまんねえの。でも、なんでいちいち爆発するんだ?」

 かれらは仮面のおくで顔を赤らめ──ケン太にはそう思えた──ようだった。

「だってそりゃ、戦隊ものには爆発がつきものだからな!」

「それじゃあ、協力はしてもらえないのか……」

 ケン太がつぶやくと、ケイスケが相槌をうった。

「そりゃあ、そうさね。なにしろ伝説のガクランを着ているわけじゃねえからなあ」

 それを聞いたケン太の瞳がきらりときらめいた。

「そうか、その手があったか!」

 全員に向け、話しかけた。

「みんな、今日のところはこれで解散だ。ぼくは行くところがあるから、これで失礼する。あとでまた会おう!」

 そう言って、早足になってさっさと立ち去った。

 後に残されたみんなは、あっけにとられていた。

「なにか思いついたみたいね」

「なにを思いついたのかしら?」

 ユミとエミは顔を見合わせた。

 

 ケン太はふたたびヨーコの店を訪れていた。

 かれを招き入れたヨーコは、ダイニングで向かい合い、ケン太の申し入れに目を丸くした。

「伝説のガクランを大量注文したい、ですって?」

 ケン太はうなずいた。

「そうです。この伝説のガクランは着るものに勇気と、不正に負けない正義感を引き起こす効果がある。ぼくひとりでは高校を元に戻す戦いは続けていられないけど、ガクランをみんなに着せれば、全員で戦える。そうじゃないですか?」

「でも、でも……」

 ヨーコは言葉を失っていた。

 思いもかけないことである。

 ぽつりとつぶやいた。

「そりゃあ、型紙は残っているからやってやれないことはないけど……」

「できるんですね!」

 ケン太は身を乗り出した。

 ヨーコは首をふった。

「でも大量生産したからって、他の人にもおなじような効果があるとは思えないわ。なにしろあたしのお祖父さん手ずから縫ったものですからね。微妙なラインとか、縫製の加減とか……きっとそのちからは失われてしまうかもよ」

 ケン太は笑った。

「そうですね。それは判っています。でも、着る人間に、そのことは黙っていれば済むことです。要は気持ちの持ちよう、そうじゃないですか」

 まあ……、とヨーコは苦笑した。

「あなたも悪い人になったみたいね。そのガクランのせいかしら?」

 どうですかね、とケン太は肩をすくめた。

 ヨーコは立ち上がった。

「いいわ。あなたの提案、呑みましょう。さっそく明日から知り合いの縫製工場に頼んでみる。一週間くらいしたら、またおいでなさい。そのころになったら、お渡しできる品物ができているから」

 有難うございましたと、ケン太は頭をさげた。

 

 そのころ……。

 アキラは疲労困憊した身体で、千石高校に向かっていた。

 あの戦いはアキラからすべての体力を奪っていた。

 おそらくヨーコの仕立てたこの学生服のせいだ。

 アキラのちからを限界まで引き出す効果があるかわり、すべての体力を搾り出したのである。傍目には堂々とした歩き振りを見せていても、おそらくいまのアキラには、三才の幼児すら脅威となっていただろう。

 高校の建物が見えてきて、アキラは眉をひそめた。

 なにかが違う。

 やがてそれに思い当たり、かれは愕然となった。

 いつも校門前に立っている千石高校の制服を着ている歩哨係がいない。

 かわりに立っているのは万石高校の制服をきた数人の生徒である。

 アキラのこめかみにふつふつと血管が浮いた。

 おれのいない間に万石のやつらが攻めてきたのだ!

 それにしても千石高校の生徒たちはどうしたというのだろう?

 こんなときのために訓練を重ねてきたはずなのに。

 まさか!

 タツヲが自ら指揮をとったというのか?

 それなら納得できる。

 アキラは疲れた身体に鞭打ち、一歩一歩進んでいった。

 万石高校の制服を着た生徒は、アキラを認めじろりと睨んだ。が、手を出そうとはしなかった。

 かれらの痛いほどの凝視を浴びながら、アキラは校庭に足を踏み入れた。

 そこでかれは再び信じられない光景を目にした。

 かきーん!

 澄んだ音が空に響き、白球が宙に舞った。

 それを追って野球部の制服を着た生徒がグラブを手に駈けていく。

 惜しいところで白球はグラウンドに転々とした。それを見たランナーは全速力でダイヤモンドを一周し、ホームに滑り込んだ。

「セーフ!」

 わあ! という喚声が響く。

 なんと野球の試合だった。

 きりきりきり……!

 アキラの歯が軋んでいる音だった。

 かれは千石高校を手中に収めてからというもの、クラブ活動の全面禁止を打ち出していた。かれの目的にクラブ活動など無用だからだ。

 無言でアキラは校舎に向かった。

 通路を歩くと、いたるところ談笑している生徒たちの姿が目に入ってきた。中にはふたりきりで熱心に話し合っている男女のカップルもあった。無論、アキラは男女交際も禁止していた。かれらはアキラの姿を見てぎょっとなったようだが、それでも談笑はやめようとしなかった。

 アキラは校長室を目指していた。

 そこにタツヲの姿を求めて。

 

「やあ、アキラさん。お帰りなさい」

 アキラを迎えたのはイッパチだった。かれはいつもアキラが座っているはずの、デスクの向こうに腰をすえている。

「きさま! こんなところでなにをしている?」

 アキラが怒号すると、イッパチはポケットから棒つきのキャンデーを取り出し、口に咥えた。

「なあに、現在この千石高校はあたしが管理することになったんでさ。タツヲさんとの約束でね」

「裏切ったな!」

「裏切ったとは人聞きが悪い。あっしがいつ、アキラさんの部下になったというんです? あたしゃただの便利屋。アキラさんもそのおつもりだったでしょ?」

「貴様、タツヲと密約を結んだろう。それが裏切りというんだ! この千石高校はおれの高校だ!」

「いまではそうではないですなあ」

 のんびりとつぶやき、イッパチは外をながめた。

 校庭では野球部、サッカー部、テニス部らの部員が熱心に練習を重ねている。それを眺め、イッパチはつぶやいた。

「ねえ、アキラさん。こういう景色が本来の高校の姿じゃないですか? あんたの軍事訓練なんて喜んでいるやつは誰一人いなかった。これからはああしたことはすべてご破算といきましょうや」

 飛び掛ろうとしたアキラだったが、だしぬけに隣の部屋のドアが開いたのに気づき、そちらにふり向くと、屈強な男子生徒が数人入ってきたところだった。

「こんなこともあろうかと、柔道部と空手部、それに相撲部のキャプテンを呼んでおいたんでさ。もしアキラさんがあたしに飛びかかろうとしたら、この人たちがあたしを守ってくれるってえ寸法なんで」

 アキラは悔しさのあまり手を開いたり握ったりして必死に怒りに耐えていた。

「あんたが禁止したことはすべて元通りにしときました。みんな大喜びですよ。これからは、あっしが生徒会長となって、千石高校を当たり前の高校にしていくつもりです。ということで……」

 イッパチはぱちりと指を鳴らした。

 すると運動部のキャプテンたちが入ってきたところから千石高校の校長が入ってきた。

 校長はアキラの凝視にぎくりとなったようだが、それでもひるまず背を伸ばし口を開いた。

「アキラくん。わたしは万石高校のタツヲくんの協力でふたたび校長を続けることとなった。そして最初にやることはわが校長生活で一度もやったことのないことだ」

 決意が高まったのか、息を吸い込んだ。

「それはきみの退学だ! きみは本日これから、この瞬間に千石高校の生徒でなくなった! わたしは無念だ……。生徒に退学を命じるなんて教育者として恥ずかしい。しかしこうしなくては、高校を元に戻すことはできないからな」

 イッパチは立ち上がった。

「そういうわけで、あんたはこの高校の生徒でもなんでもなくなったってことだ。もし、再びこの高校に来たときは、部外者の侵入ってことで警察を呼ぶことになりますからあしからず」

 アキラは物も言えないほど怒りに震えていた。

 唇を噛みしめると、くるりと背を向け大股に校長室を出て行く。

 荒々しい足音が遠ざかると、イッパチはほっとため息をついた。

 校長にうなずくと、席を譲った。

「校長先生。これからは先生がここのあるじでござんす。よろしく……」

「有難う……。わたしはなんと言ったらいいか……」

 校長の椅子を撫でさすりながら、かれは感極まっていた。

 それを見て、イッパチは校長室を出た。

 出たところにタツヲが待っていた。

「アキラは行ったかい?」

 へい、とイッパチはうなずいた。

「このままじゃ済まないだろうな」

 タツヲがそう言うと、イッパチはくくっ、と笑った。

「まあね、アキラさんの性格だ。絶対あきらめたりはしないでしょうね」

「どうするつもりだ?」

 イッパチはぴしゃりと額を叩いた。

「お任せを! あっしには計略がござんす。アキラさんのことはとうに調べがついておりやして、弱みを握っているんでげす」

 ふうん、とタツヲは顔をあげた。

「さすがだな……その伝で、おれのことも調べているんだろう? おなじことをおれにするつもりか?」

 イッパチは手をあげた。

「ご冗談を! タツヲさんにあっしがなにかしようなんて、考えたこともござんせん。あっしはこの千石高校が当たり前の高校になっていてくれりゃあ、それで充分でござんすよ!」

 タツヲは肩をすくめた。

「怖い男だな、お前は。おれは誰よりもお前が怖ろしい。敵にはまわしたくないもんだ」

 イッパチはぺろりと舌を出した。

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