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始動

とうとうケン太は赤星高校から千石高校の生徒を追い出しにかかる。一気に決着をつけるため、イッパチに伝言を頼むのだが……。

 その学生服を着た客が入店してきたのを見たヨーコは、なにかひやりとする予感をおぼえた。

 冷酷さが顔に出ているその客は、ほかの客など目に入らぬ様子で、まっすぐカウンターに近づき、口を開いた。

「ガクランをつくって欲しい」

 そう言うと無言で手を後ろに組み、背筋をのばした。

「どのようなご注文でしょうか」

 それでも客は客だ。ヨーコは丁寧な口調になった。

「最高のをだ! デザインはいま着ているものを踏襲して欲しい。ただし、戦闘用で頑丈なものがいる」

 ヨーコは眉をひそめた。

「そのようなご注文は……」

「高倉ケン太にはタダで渡したと言うのに、おれには作れないというのか?」

「あなた、どなた」

 彼女の眉間がけわしくなった。

 ケン太の来訪はヨーコの記憶に新しいものだった。この店にやってくる客は、たいてい話しの内容は格好良いか、悪いか。ガクランは似合うか、似合わないかくらいしかなく、偏差値の低さが如実にあらわれた喋り方しかできないのに対し、ケン太はごく普通の会話が出来た。

 だが、この客ときたらじつに横柄だ。高々と顔をあげたその客を見ているうち、ヨーコはだんだん腹が立ってきた。

 彼女のそんな気配をさとったのか、その場にいた客たちが近寄ってきた。店内にぴんと張り詰めた緊張感が漂う。

「おれは千石高校のアキラ、というものだ」

 ヨーコの顔に理解の色がうかぶ。千石高校のことは噂で聞いている。なんでも万石高校と勢力争いを繰り広げているとか。あのケン太もそんなこと言っていたような……。

 その名前を聞いた客たちはあきらかにひるんだ様子だった。

 アキラと名乗った客は、じろりとかれらを見た。他の客はアキラの視線にびくっとなってそそくさと退却していった。店内にはもう他に誰もいない。アキラとヨーコ、二人きりになった。アキラはまた話しはじめた。

「いずれケン太とは勝負しなくてはならない。その時のため、戦闘用のガクランが欲しいのだ。作ってくれるな?」

 ヨーコは首をふった。

「いやです! この店のガクランは喧嘩のためのものではありません」

「ケン太のガクランは違うというのか?」

 言われてヨーコはぐっとつまった。

 アキラはにやっと笑った。

「聞いたところによると、ケン太のガクランはあんたの祖父が造ったものらしいな。そこで孫娘のあんたが店を引き継いでいる。ガクランもじぶんで仕立てていると言う。なあ、祖父さんの腕をじぶんが越えることができたらどんな気分かね?」

 ヨーコの顔につと胸を突かれた、という表情がうかぶ。

 そうだ、そうなればじぶんが祖父の作品と勝負することになる。

 この店を引き継いで十年あまり、客の注文でいろいろなデザインのガクランを仕立ててきた。その間、つねに頭の隅にあったのは祖父のデザインであった。じぶんの作品は祖父のものにくくらべてどうなのか、劣っているのか、勝っているのか、いつも考えていた気がする。

 その表情を読んだのか、アキラがふたたび口を開いた。

「どうだ、やるかね?」

 ヨーコは顔をあげた。

「やります!」

 言ってみて自分でも驚いた。

 そう、自分はやる気になっている。

「ただし戦闘用というご注文はお引き受けできませんわ」

「なぜだね?」

「あの伝説のガクランも戦闘用などではないからです。あのガクランは着用者の特性を引き出す一助になりますけど、決して力を増したり、ましてや喧嘩に強くなると言う機能は持っていません」

「しかしケン太はあれを着てから明らかに性格が変わったぞ。喧嘩だってやったことがなかったのに、着てからは驚くほどの喧嘩上手になったというではないか」

「正義感、義務感、決断力を引き出したに過ぎません。ケン太さんにはもともとそういう素地が備わっていたのです。それが表に出なかっただけで、ガクランはそれを引き出したのです。お間違いなきよう」

 アキラはふん、と肩をすくめた。

「正義感はともかく、おれには決断力は充分備わっているつもりだ」

 そうでしょうね、とヨーコはうなずいた。

 かれには決断力はふんだんにありそうだ。むしろありすぎるくらいだ。

 アキラは妥協した。

「それならいい。無理は言わない。それなら打撃などに耐ええるような生地で仕立ててくれ。ただし外からはっきり判るようなサポーターとか、防具はつけるな。あくまでノーマルなガクランに見えるよう工夫してくれ」

 難しい注文だった。

 しかし注文は難しいほどやりがいがある。ヨーコはうなずいた。

 

 アキラの採寸をおわり、かれが帰ってからヨーコは作業場にもどった。店先に「閉店」の看板をさげ、ここにこもるつもりでいる。

 棚にガクランのための生地や、針と糸、アイロン台、そしてミシンが置いてある。ミシンはふつう、電動を使うのだが、彼女は手縫いの味を出すため、昔の足踏み式のものをわざわざアンティック・ショップで探し出して使っている。

 作業場にはほかに仮縫いのためのマネキン、刺繍のための糸、生地を染めるための染料、そのほかこまごまとした道具がところせましと置かれていた。

 いまでもどこになにがあるか、目を瞑っていても判るほどだ。なにしろ小学生のころから仕立ての仕事は祖父に仕込まれたのである。

 小さな本棚にはその祖父が残したデザイン・ノートが並んでいた。

 ヨーコはその中の一冊を取り出し、中を開いた。

 様々なスケッチのなかに、あきらかに伝説のガクランの原型とおぼしきデザインがあった。

 そのラインは今見ても革新的で、彼女のよく訓練された目でやっと識別できるような微妙なカットが施されている。

 他の棚に詰め込まれているのは型紙である。

 これも祖父の自筆だ。

 それらをひろげ、一枚一枚丁寧に目を通していく。

 型紙の最後に伝説のガクランの型紙があった。祖父はこの型紙に心血をそそいだのだろう、小さな字でいろんな心覚えのメモが書かれていた。

 懐かしい直筆の字を見ているうち、作業場にいまはなき祖父の息吹が蘇ってくるようだった。

「やるわ、お祖父ちゃん。あたし、お祖父ちゃんの伝説のガクランを越えるようなガクランを仕立ててみせる!」

 ヨーコはつぶやくとやにわに生地をひろげ、鋏を取り出すと目にもとまらぬ速さで裁断をしはじめた。

 

「とうとうおっ始めやがったな……」

 赤星高校の屋上から校庭を見下ろし、イッパチはにやにや笑いを浮かべつぶやいた。

 校庭からは派手な叫び声、ものがぶつかる音、ばたばたと慌てるような足音が交錯していた。

 どどっ、と一階の玄関から数十人の学生服の男女が吐き出され、その後を真っ赤なガクランを着用したケン太が追っていく。

 たちまちケン太は男女に取り巻かれた。

 輪になったかれらはケン太を中心に、野郎……とか、手前……とかしきりに叫び興奮している。

「やだねえ、あいつらのボキャブラリーは貧困で……もうちょっと、気の利いたセリフは言えないものかね?」

 野郎、手前……かれらの口にするのはたった二語である。おそらくそれ以外の語彙は持っていないに違いなかった。

 取り巻いている連中は手に手にいろんな武器を持っている。バット、チェーン、ヌンチャクなど。

 対するにケン太は何も持っていない。

 ヌンチャクを持った男がその手を振り上げ、喚き声をあげ襲いかかった。

 ぶん、と音をたてるヌンチャクをケン太はさっと身を沈めよける。ぎりぎりでよけたリーゼントの髪の毛が数本、吹き飛ばされた。

 身を沈めたその勢いでケン太はどん、と肩から体当たりをくれた。

 男子生徒はわっ、と叫びながらすっ転んだ。

 手からヌンチャクが離れて飛んだ。

 それを空中で受け止めたケン太は、きりきりと振り回す。めまぐるしい速さでヌンチャクはケン太の身体のまわりを動き回った。

 それをあっけにとられ、取り巻いた男女は見つめていた。

 ばしっ、と音を立てケン太はヌンチャクを脇に挟み込み、ポーズを決めた。

 くいくい、と手の平を使っておいでおいでをする。

「くそお……!」

 挑発され、男子のひとりが顔を真っ赤に染め、襲いかかった。手にはバットを持っている。

 そのバットを両手で掴み、横薙ぎに振り払った。

 かん、と乾いた音をたてバットとヌンチャクが空中で噛みあった。

 ケン太はヌンチャクを振り下ろした。

「ぎゃっ!」

 バットを握った男子生徒の膝に命中していた。

 両手で向こう脛をかかえ、転げまわる。

「痛え……痛えよお!」

 そりゃ痛いだろう。俗に弁慶の泣き所という神経の集まった場所である。

 それを見ていたほかの生徒たちはあきらかにひるんでいた。

 セーラー服の女子生徒は叫んだ。

「なにしてんだよ! あんたら男じゃないのかい? ひとりになに愚図愚図してんだ」

 そう言われてなにもしないわけにはいかない。

 かれらは素早く目配せを交し合い、同時に襲いかかることに決めたようだ。

 わあ、と一斉に声をあげケン太めがけて殺到していく。

 ぶん、ぶん、ぶん!

 ケン太はヌンチャクを振り回した。

 がっ、ごきっ!

 たちまち額をおさえる者、手首をおさえる者、あちこち打たれたところをおさえ、うめき声をあげた。

 ひいひいと泣き声があがり、すっかりかれらからは戦意が喪失されていた。

 それを見て女子生徒はすっかり狼狽していた。

 からん、とケン太はヌンチャクを手から放した。

「女相手には喧嘩はするつもりはない。そいつらに手当てしてやってくれ。骨はおれていないから」

 畜生……とかなんとかつぶやきながら、女子生徒は倒れている男子生徒の肩を引き起こし、なんとかそこから逃げていった。それにケン太は声をかけた。

「ここは赤星高校だ。きみらの本来の高校に戻ってもうここには来るんじゃない!」

 ケン太に倒された生徒たちは恨めしげな目になって逃げていった。

 ぱちぱちぱち……。

 ケン太は上を見上げた。

 イッパチが拍手していた。

「いよう! やりますねえ! あっという間に片付けておしまいになった……さすがケン太さん! いやあ、お強いですなあ!」

「そんなこと言って、アキラに叱られないのかい?」

 ケン太の言葉にイッパチはぺちん、と額を叩いて見せた。

「あたしなんぞ、アキラさんなんか問題にするもんですかね。あっしはただの情報屋で、便利屋でござんすからね。ただあたしゃ、強いお方が好きってだけのお調子者でござんすよ!」

 へへっ、と笑い屋上から消えた。

 ほどなくイッパチは一階の出入り口に姿をあらわした。

「どうします? これから。あいつらはここからたたき出したとはいえ、アキラさんはそうそうあきらめるとは思えませんよ」

「きみはやつがどう出ると思うんだ」

「さあてね、こうなるとアキラさん自ら乗り込んでくる……ってこともありですなあ」

「そうか、それならこちらの望むところだ。ぼくも一気に勝負をつけたいからな」

「勝てるおつもりで?」

 イッパチは上目がちになった。

 ケン太は首をふった。

「わからない……でもやらないかぎり、この赤星高校は元に戻らないだろう。だからやるしかないんだ」

 そう言うとケン太はイッパチを見つめた。

「イッパチ! 頼みがある」

 へっ、とイッパチは小腰をかがめた。

 いつの間にかケン太はイッパチを呼び捨てにしている。そのことに気づいてさえいないようだ。

「アキラに伝えてくれ。正々堂々、勝負をしよう。決着をつけるんだ」

 へいっ、とイッパチは返事をした。

 

 ケン太の伝言を受け取り、アキラはデスクの向こうから鋭い目でイッパチを睨んだ。

「決着をつけたい、とケン太が言ったのか?」

「へい、その通りで……」

 ふうん、とアキラは立ち上がると窓に向き直った。

「一対一の勝負か。いかにもケン太らしい真っ正直な伝言だ……」

 くるりとふり返り叫んだ。

「いいだろう、勝負に応じよう。場所、時間はお前に任せる」

「あっしに?」

 イッパチはぽかんとした顔になり、自分の鼻を指さした。

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