セイントカイン
赤星高校を立て直すという計画のため、ケン太はもと生徒会長を尋ねる。その生徒会長は……。
三人は電車に乗って移動した。
車内でケン太は生徒名簿に見入り、ある名前に注目した。
「この比呂英雄というのは生徒会長ってなっているけど、まだほかの高校に転入していないのかい?」
ケン太の両側にユミとエミが座り、名簿を覗き込んでうなずいた。
ユミが口を開く。
「千石高校の生徒がやってくる前は、いろいろ生徒会長として活躍していました。とても熱心で……」
エミがそれを受けた。
「ええ、生徒たちからの信頼も厚かったですわ!」
ふうん、とケン太は顎を撫でた。
「それじゃ最初にこの比呂という生徒に話をしよう。生徒会長をしてたくらいだから、高校を元に戻すということには賛成してくれるんじゃないかな」
そうですね、とふたごは賛成した。
やがて目的の駅に電車は到着し、三人はホームに降り立った。
駅前の案内板で住所を確認して歩き出す。
住所によると駅からはそんなに遠くはなかったが、坂道を登っていく必要があった。比呂英雄の家は丘陵を造成した新興住宅街にあったのである。
てくてくと歩いていくとようやく目的の住所にたどり着く。
造成したばかりらしく、丘陵は土がむきだしで、植えられた芝生もまだ根付いてはいないようだった。背後の山に何本か照葉樹が植えられているがまだ林を形成するほどは育ってはいなかった。
家と家の間隔はひろく、やや閑散とした印象だ。
比呂──と書かれた表札の下にインタホンがあり、ケン太はボタンを押した。
すぐ応答があり、女の声がした。
「どなた?」
声の調子から母親だろう。ケン太はインタホンに話しかけた。
「赤星高校の生徒で高倉ケン太といいます。比呂英雄さんにお目にかかりたいのですが……」
「……」
インタホンの向こうで沈黙している気配がした。
「赤星高校……あの子はいまいません」
「そうですか……」
どちらへと問いかける前に玄関のドアが開かれた。
ケン太の母親とほぼ同じ年令だろう。
やや太り気味の、地味なセーターを着た女がケン太たちを怪訝そうに見やっていた。
ケン太たちはあわてて頭をさげた。
やがて彼女はなにか決心したのか口を開いた。
「あの子……またお友達と山へ行ってしまっているんです。なにか特訓とか言って……」
「特訓?」
ケン太は首をかしげた。
もと生徒会長が特訓?
なんのことだろう。
母親は裏手にある山を指差した。
「あそこに行っているんです。なにか危険なことしているんじゃないかと心配なんです。一度、どこへ行くのか後をつけたんですけど見失って──お願い、なにをしているのか確かめて下さいませんか?」
わかりました、とケン太はうなずいた。
踵を返し歩き出す。
ふり返ると、英雄の母親は心配そうな表情で三人を見送っていた。
山は造成に取り残されたらしく、雑木林がひろがり道はついてはいたがほとんど踏み分け道といってよく、した生えが生い茂って歩きにくかった。その中をがさがさと登っていくと、やがて「立ち入り禁止」と書かれた看板があった。文字は手書きで、看板自体も手製のものらしい。ケン太はユミとエミを見た。ふたりはうなずいた。
なにかありそうだ。
看板を通りすぎるとコンクリートの建物があった。
廃墟らしい。
窓のガラスはすべて抜け落ち、長年の雨風にさらされ、白茶けたコンクリートが建物の骸骨のようである。足もとには散乱したコンクリートの破片がうず高く積もり、侵入者を拒否しているようだ。
そのとき建物の上部から声が降りかかった。
「だれだ! ここはセイントカインの秘密基地だぞ!」
はっ、と見上げると建物の屋上部分からひとりの男がこちらを見下ろしている。赤星高校の制服を着ていた。
ケン太は声を張り上げた。
「ぼくは赤星高校の高倉ケン太。比呂英雄さんに話をしにきた! あんたが比呂英雄さんか?」
男の顔に驚きの表情があらわれた。
「赤星高校? まだそんなのがあったのか」
そう言うとケン太の背後にひかえているユミとエミに視線をやった。
「そのふたりには見覚えがあるな。校長の孫と聞いているが」
「あたしユミです!」
「あたしエミです! 英雄さん、一緒に赤星高校を元通りにしませんか?」
「英雄さん、なにがあったんだ?」
英雄の背後から声がして、四人の生徒が姿をあらわした。
男が三人、女がひとり。みな赤星高校の制服を着ていた。
英雄は中肉中背で、ハンサムといっていいほど整った顔立ちをしている。あとから現れたのはやや肥満体の男がひとり、小柄な油断なさそうな顔つきの男子生徒、皮肉そうな笑みを浮かべている長身の生徒。それにアイドル並みの美貌の美少女だった。
四人は英雄を中心にずらりと屋上に勢ぞろいしてじっとケン太たちを窺っていた。
「そちらへ行って良いですか?」
ケン太が呼びかけると英雄はうなずいた。
「ああ、とにかく話しだけは聞こう」
三人は建物の中へ入り込んだ。
内部は外と同様に荒廃している。
天井からコンクリートが落下したのか、床は足の踏み場もない。それでも英雄たちが時々来ている証拠に、わずかな道が出来ている。
階段を登り、屋上へと移動した。
屋上では五人が待っていた。
「赤星高校を元通りにするんだって?」
まず英雄が口火を切った。
ケン太はうなずいた。
英雄はちょっと眉をひそめた。
「判らないな、なんでいまごろ赤星高校なんだ。あの高校は千石高校と万石高校というふたつの高校の勢力争いにまきこまれ、事実上機能していないじゃないか。生徒もそこのふたりだけと聞いている」
「ぼくが今年入学して三人です」
くくっ、と皮肉そうな笑みを浮かべていた長身の男子生徒が声をあげて笑った。
「面白いな! たった三人でなにが出来る?」
ケン太はその男を見た。
「いまは三人でもいずれ生徒がもどれば四人になるかもしれない。四人集まればもっと集まるかもしれない。そうして、千石高校の連中を追い出すことができれば、元に戻る……そうじゃないですか?」
まともに反論をうけ、男子生徒は目を白黒させた。
小柄な生徒が口を開いた。
「英雄さん、こんなやつら相手にすることないですよ。赤星高校がどうなろうと、おれたちセイントカインの活動は変わらない。そうじゃないですか?」
ケン太は英雄に尋ねた。
「そのセイントカインってなんですか?」
五人の間にすばやい目配せが交わされた。
英雄の口もとにうずうずとした笑いが浮かぶ。どうやらだれかに話したくてたまらなかったようだ。それがケン太たちがあらわれたので、機会がおとずれたというわけだ。
「それじゃ教えよう。みんな!」
おう! と、五人は声をあわせた。
ばたばたと足音をたて、五人はケン太を無視して階下へ消えた。
あっけにとられていたところ、急にあたりに音楽が鳴り響いた。
最初はトランペットの序奏がはじまり、ついでティンパニーの力強いリズムがはいる。シンセサイザーがさまざまな主旋律をかなで、混声合唱の歌声が響いた。
セイントカイン!
セイントカイン!
学園の正義はぼくらの手で守るんだ!
番長、スケ番追い出して、静かな高校生活取り戻そう!
勇気をふりしぼれ、顔をあげよう!
さあ立ち上がれ、セイントカイン!
だだだっ、と階下から足音が近づき、五人のあらたな顔ぶれが姿をあらわした。
みな色分けされたユニホームを身につけ、顔はマスクで覆っている。
「セイント・レッド!」
「セイント・ブルー!」
「セイント・イエロー!」
「セイント・ブラック!」
「そしてセイント・ピンクよ!」
五人はケン太たちの前に勢ぞろいするとさっとポーズを決めた。
言葉どおり、五人はそれぞれ色づけされたユニホームを身につけている。全員が被っているマスクはすっぽりと顔を覆うもので、表情が読めない。
五人がポーズを決めた瞬間、ちゅどーん! という派手な音がして、建物の前の空き地に爆発がおきた。
ぱらぱらと砂煙が降りかかり、ケン太は髪についた砂粒をあわてて振り払った。
煙がはれあがると、五人はさっとそれまでのポーズを解き、ぽーんと飛び上がって位置を変え、人間ピラミッドをつくった。さっとそれを崩すと、ふたたびポーズを決める。
が、かれらのスタミナはそれで切れたのか、ぜいぜいという喘ぎ声がマスク越しに聞こえてくる。
「ぼくら生徒会は……千石高校の生徒たちが校舎を占拠したとき……なにもできなかった……。ちからなき正義は……無力だ!」
セイント・レッドと名乗った赤いユニホームの人物からマスク越しにくぐもった声が聞こえてくる。
英雄の声だった。
一息入れてふたたび話しだしたとき、ようやくなめらかな口調になった。
「ぼくらはいつか赤星高校が元通りになることを願っていた。だからこうしてセイントカインというグループを結成し、訓練を続けていたんだ! ケン太といったな、あんた本気で千石高校の連中をたたき出すつもりがあるのか?」
ケン太はうなずいた。
レッドは手を差し出した。
「協力しよう! きみが見事千石高校の連中を追い出したら連絡をよこしてくれ。まだ赤星高校に戻りたいと思っている生徒は沢山いる。ぼくらがかれらを復学させるよ。約束だ!」
ケン太とレッドは固い握手を交わした。
山から降りてケン太とユミ、エミの三人は駅へと歩いていった。
坂道の向こうにケン太はある人物を認め声をかけた。
「イッパチさんじゃないですか?」
相手はぎくりと立ち止まった。
いけねえ、という表情が瞬間浮かぶ。
が、すぐいつもの愛想良い笑顔になり手をすりあわせた。
「イッパチさんなんぞ他人行儀じゃないですか! イッパチ、と呼び捨てに願います。これはこれは偶然ですねえ!」
えへへへ……と腰をかがめ近づいた。
ケン太の側に来て歩き出す。
「ええ、こんちどんな御用で?」
ケン太は比呂英雄とセイントカインたちのことを話した。
イッパチは大げさに仰け反って驚いて見せた。
「そりゃあ、たいしたもんだ! 赤星高校を立て直そうってケン太さんの意気にイッパチ正直感服しましたよ! いや偉い! 見上げたもんだ!」
ユミとエミはケン太にささやいた。
「ねえ、ケン太さん。このイッパチってひとの着ているのは千石高校の制服よ。気をつけなきゃ!」
イッパチはへへっ、と笑って額をぽんとたたいた。
「おそれいりやの鬼子母神でやんす! たしかにあっしは千石高校の生徒でござんすが、ケン太さんの敵じゃございませんですよ。いや、むしろケン太さんをひそかに応援してんで……」
「どうして?」
ケン太が問うとイッパチは顔を上げた。
「千石高校のアキラは高校を恐怖で支配しています。あたしゃそれが我慢あらないんですよ! 生徒も口には出さないけど、いつかあいつを追い出したいと思っているとあたしゃ睨んでいるんです」
「でも千石高校はいまはないってアキラが言っていたけど……あそこにいるのは学生じゃなくて社会人だと……」
イッパチはくすりと笑った。
「ケン太さんは人が良いですなあ! アキラがなんと言おうと千石高校はちゃんとありますよ。あいつが真実を言っていたとどうして思うんです?」
ケン太はあっけにとられた。
ではあれは嘘だったのか!
じぶんはアキラの嘘に躍らせられ、ガクランを手放すはめになったということになる。
「じゃ、アキラも同じなのか? あいつもおなじ学生……?」
イッパチはうなずいた。
「あたりまえでさあ! もっともアキラの親は大金持ちでね、それでアキラもふんだんな資金を動かせて千石高校をじぶんのものにしたと言われておりやす。親はアキラのしていることを黙認しているようで、ま、道楽と思っているんでしょう」
話しているうち駅に着いた。
切符を買うケン太たちをイッパチはそれではこれでお別れですと改札で見送った。
電車に乗り込むのを確認したイッパチの顔はなにかを考え込んでいるものだった。