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ケン太

「スケバン」の世界観とは関係ありません。もともとpc98の”rpgツクール”で造ったゲームのノベライズとして書いています。いずれ、ブログなどでゲームを公開したいと思っていますが……。

 ぱちりと目を覚ました高倉ケン太はうん、とベッドの中で身体をのばした。

 天井を見上げると、朝の光が机のつややかな板に反射してほんのり明るい。

 ちりりり……。

 目覚ましが鳴り出した。

 ケン太は手を伸ばし、目覚ましのベルを止めた。時刻を見ると午前六時半。ケン太はいままで目覚ましで起こされたことはない。いつも目覚ましのなる前に目覚めるから、本当は必要ないのだが、習慣になっているので夜寝る前にはかならず目覚ましをセットする。

 起き上がるとじぶんの部屋の壁からぶらさがっている、ハンガーにかけられている高校の制服を見つめた。

 いまどき珍しい、詰襟の学生服である。

 今日からケン太は高校生なのだ。

 赤星高校。

 それが今日からかよう、ケン太の高校だ。

 どんな高校なんだろう。

 ケン太の想像はふくらんだ。

 じつを言うと、ケン太は今日の今日までその赤星高校というところへ足を運んだことはない。

 両親がすべて手続きをして、入学試験は中学校ですませた。簡単なテストで、ほぼ無試験といってよかった。だから実際に高校に行くのは今日が初めてだ。

 それまで着ていたパジャマを脱ぎ、学生服に着替える。

 制服は新しく、まだ着慣れていないからちょっとごわごわする。それがまた新鮮な気分で、嬉しい。

 机の上には今日から使うことになる教科書がきちんと背を並べて揃えられている。

 もっとも今日は入学式だけなので、教科書を持っていく必要はなく、明日から正式な授業が始まる予定である。

 ケン太の部屋は二階にある。

 部屋を出て、階段をとんとんとリズムよく降り、一階のキッチンへ向かう。

「おはよう」

 キッチンには父親のブン太と母親の純子が卓袱台をかこんでケン太を待っていた。

 キッチンとはいえ、洋間の一部に畳を敷き便宜的に和室にしている。そこに卓袱台と水屋をおいているのだ。

 ケン太の挨拶に、新聞を読んでいたブン太が顔をあげた。

「おお、さっそく制服を着てきたか! 似合うぞケン太!」

 そう言うと顔をほころばせた。

 ブン太はがっしりとした身体つきで、頭は角刈りにしてねじり鉢巻をしている。身につけているのは大工の法被と、どんぶり腹巻というまるで「天才バカボン」のパパみたいな格好である。だが、これでも建設会社の社長なのだ。

「なあ、母さん。似合だろ?」

 同意を求められた母親の純子は細面の顔をうなずかせ、にっこりと笑みを浮かべた。

 母親のほうは和服を身につけ、しろい割烹着をつけている。

「本当に……。まるでお父さんの若いころみたいですよ」

「さあさあ、飯だ! 腹が減っては戦ができぬ、というじゃないか」

 ばさばさと音を立て、ブン太は新聞をたたみ背を伸ばした。

 母親の純子がてきぱきと朝食の用意をする。

 ご飯に納豆、焼き魚、そして漬物と豆腐の味噌汁。

 ケン太はきちんと正座して朝食を食べた。

 食べ終わるとご馳走様と言って、自分の分の食器を持って立ち上がる。そして洗う。自分のことは自分でする、というのが高倉家の家訓である。

 そのケン太にブン太が声をかけた。

「おい、ケン太。昨日も言ったが、入学式にはお前だけで行くんだぞ。おれたちはついて行かないからそのつもりでな」

「うん」

「世間では親が入学式についていくみたいだが、この家では違う。お前ももう十五才。昔で言えば元服の年だ。いつまでおれたちに甘えてばかりじゃいられないだろ。判るな」

「うん、大丈夫だよ。ぼく、ひとりで行けるから心配しないで」

 ケン太の答えにブン太はちょっと涙ぐんだみたいだった。母親の純子はふと袖で目頭をおさえ、顔をそむけた。

「それじゃ行ってこい!」

「行ってきます!」

 ブン太は怒ったような顔でケン太を見送った。

 玄関でケン太は靴をはき、ドアを開いた。

 ひろびろとした庭がひろがる。

 庭にはあおあおとした芝生が敷きつめられ、正門まで敷石の道がつづいている。

 ケン太の住むのは高級住宅街で、その敷地はかるく百坪をこえる。土地代だけで億、という金額になろうかという豪邸である。

 父親の高倉ブン太は若くして建設業界にはいり、独立して高倉建設を創業した。

 事業はとんとん拍子で発展し、ケン太の生まれる前にはすでに業界で十の指にはいる規模の会社に成長していた。

 俗な言葉で言うとケン太はお坊ちゃまということになる。

 が、ケン太は自分がお坊ちゃまであるという自覚はない。いままで通った中学は公立だし、お小遣いだってほかの同級生とおなじかすくないくらいだ。贅沢な暮らしなどしたことない。なにしろ父親のブン太はいまだに自宅から会社へ電車通勤をしているし、自家用車もないのだ。その暮らしは中小企業のサラリーマンとおなじようなものである。

 そのことに疑問を感じたことはなかった。

 なにしろおなじような社長や金持ちの友達というものを持ったことがなかったし、比較することもなかったからだ。

 ケン太は軽い足取りで正門を出た。

 両親に繰り返し教えられたとおり赤星高校へ向かう道を歩く。

 どん!

 いきなりぶつかった相手がいた。

「わ!」

 思わず声をあげてしまった。

「気をつけな!」

 しゃがれた押し殺した声にケン太はぎくりとなった。

 ぶつかった相手を見る。

 髪の毛を真っ赤に染め、ちりちりパーマにしている小柄な男子生徒だ。

 詰襟をわざと開き、だぼっとひろがり裾で急に縮まったズボンを穿いている。あとでそれがボンタンとよばれるズボンであることをケン太は知る。

 顔はまるで野球のホームベースのような形をしている。えらがはって、目はちいさくその両目がケン太をねめつけていた。

「おめえ……そこの高倉って家から出てきただろう。おれ、見ていたんだぜ」

 相手は肩をそびやかし、じろりとケン太の足もとから頭のてっぺんまで視線を送った。

「は、はい……」

 口ごもるケン太に相手はにやりと笑いかけた。好意のかけらもない、悪意だけの笑いというのがあるのをケン太はいま知った。

「おれは千石高校で番を張っているケイスケってもんだ。以後、よろしくな」

 ケイスケ、という相手の言うことはよく判らなかった。”番を張る”とはどういうことだろう。ぼんやりとしていたケン太に、ケイスケはいらだったような声で話しかけた。

「おい! 人にぶつかっといてそのままってことはないだろう? それにおれが自己紹介したってのに、なんにも言わなねえのか」

 はっとケン太は我に返った。

「あ、ご、ご免なさい……ぼく、ケン太っていいます」

「それだけか?」

 ずい、とケイスケは身を乗り出した。

 ケン太は身を反らせた。

 なにしろケイスケというやつ、身体からやすっぽいコロンの香りを漂わせ、さらになにか大蒜の料理を食べてきたばかりなのか、ひどい匂いがするのだ。

「治療費がいるな。な、そう思うだろ」

「え、治療費……ですか?」

 思いがけない相手の言葉にケン太は目を白黒させた。

「そうさ。お前がぶつかったからな。もしかしたら、おれの肩が骨折しているかもしれないじゃないか。もしそうなら、入院だ。だから治療費。当然だろ?」

 ケン太はものも言えなかった。

 ちょっとぶつかっただけで骨折?

 そんな馬鹿な!

「おい、ちょっと飛んでみな」

 ケイスケはささやいた。

「え?」

「飛んでみろって言ってんだ! そこでぴょんぴょん跳ねるんだよ!」

 言われたとおりケン太はその場で飛び上がって見せた。

 ケイスケはがっかりしたような顔になった。

「ちぇ、金持ってないのか」

 どうやらケン太に飛び跳ねさせ、ポケットで硬貨が触れ合う音を聞きたかったようだ。

「ま、いいや。どうせお前の家は金持ちだろ? いまから家へ帰って、金をもってこい。なに、家に帰れば金庫とか、あるんだろ? なにしろこんな高級住宅街にあるんだからなあ」

 ケン太は驚いた。

 どうしてそんなことしなくてはならないのか、判らなかった。

 立ちすくむケン太に、ケイスケは拳を握り締めて見せた。

「痛い想いをしたくなかったら、さっさと行け!」

「は、はいっ!」

 思わずケン太は家を目指して走り出した。

 心臓はどきどきしていた。

 人生初めてのカツアゲにあったのだ。

 

 そろりと玄関のドアを開け、靴脱ぎ場を確認する。

 母親の草履と、父親の白木の下駄がきちんとならんでいる。まだ両親は家にいるようだ。

 金、金……。

 ケイスケの示唆した金庫は家にはない。

 しかしキッチンの水屋にはいつも金がおいてあった。こまかな買い物をするさい、母親の純子や父親のブン太が必要なぶんを使うためである。

 水屋の引き出しを開くと、こころおぼえの場所に数枚の一万円札があった。

 それを手にする。

 と、いきなり母親の純子の悲鳴のような声がした。

「ケン太! なにをしているのっ!」

 その声にケン太はびくりと飛び上がった。

 札束を握りしめたままふり返る。

 母親が真っ青な顔で立ちすくんでいた。

 彼女の視線はケン太の顔と、ケン太の握っている一万円札を往復した。

「どうした?」

 そこへ父親のブン太もやってきた。

 母親の顔色と、ケン太の表情を見てすべて察したようだった。

「金か……どうしてそんな金が必要なんだ。言ってみろ」

 ケン太はぼつりぼつり話し出した。

 家を出たとたん、ケイスケに会ったこと、そしてカツアゲを受けたこと。

 すべてを語った後、ブン太はふーんと唸って腕を組んだ。

 母親は肩を落としていた。

「ちょっとこい」

 父親のブン太はそう言うと、ケン太をじぶんの部屋へ連れて行った。母親の純子もその後に続く。

 六畳の和室。そっけない、といっていい飾り気のない部屋にはわずかな家具があるだけで建設会社の社長とは思えない質素な調度である。

「そこに座れ」

 正座するケン太の目の前に父親のブン太と、母親の純子がそろって正座した。

 しばらく沈黙が続いた。

「なあ、母さん。こんなことになるとは、おれたちケン太の教育を間違ったかもしれないな」

 母親は黙って頷いた。

「カツアゲされて、そのまま金を渡すために家をあさるなんて、男の風上にもおけねえ。なあ、そう思うだろ?」

 ふたたび母親は黙って頷く。

 父親の口調が微妙に変わったのをケン太は気づいた。いままで父親のこんな口調は聞いたことはなかった。なんだかあのケイスケの喋り方にちょっと似ている。

 ブン太は立ち上がると、和室の桐箪笥の前に立ち、引き出しを開けた。

 なにか衣類を取り出し、ケン太の前にひろげる。

 真っ赤な色彩が目に飛び込む。

 そして金色の刺繍。

 ”男”の文字が金色で刺繍されている真っ赤な学生服とそろいのズボン。いや、ガクランだ。

 ぼう然とするケン太にブン太は話しかけた。

「これを着ろ」

 そう言ってそれまでの学生服を脱がせ、あたらしい真っ赤なガクランを着せ掛ける。

「後は髪型ですね」

 母親の純子が口を開いた。

 ブン太は頷いた。

「お前、頼む。こいつにぴったりな髪型にしてやってくれ」

 はい、と頷き純子はケン太の腕をとり風呂場へ連れて行った。

 そこへ座らせると、純子は口を開いた。

「目を閉じていなさい」

 ケン太が目を閉じると、なにかつーん、とする匂いのする液体が頭にふりかけられた。

 純子の手がなにか動いている。

 髪の毛が梳かされ、ドライヤーの音がぶーんと唸っている。

 やがて純子の声がした。

「はい、もういいわ。目を開けて」

 目を開けると鏡があった。

 そのむこうの自分の髪型を見て、ケン太はびっくりした。

 金髪。

 ケン太の髪は金髪になっていた。

 しかもその髪型はリーゼントになっている。

 母親を見あがると、純子はにっこりとほほ笑んだ。

「とても似合うわ。お父さんの若いころみたい」

「ええっ!」


 金髪リーゼント、そして真っ赤なガクランを着たケン太をふたたび自室に連れ、父親は説明した。

「これはおれが若いころ着ていた伝説のガクランだ。これでもおれはお前の年頃には伝説のバンチョウって呼ばれていてな」

 そう言うとブン太は照れたような顔を見せた。

「そうよ、お父さん。とっても喧嘩が強くてかっこよかったのよ」

「よせよ」

 両親はケン太の目の前でいちゃついて見せた。ケン太の視線に気づき、ブン太はおほんと咳払いした。

「とにかく、おれはカツアゲなんてものには負けなかったぞ。お前も男だ。そのガクランを着ていれば、そこらのヤンキーなんかにゃ負けるもんじゃねえ! 行ってこい! そしてそのケイスケって三下と勝負しろ! お前なら出来る!」

「そうよ、ケン太なら負けないわ!」

 純子も同意した。

 ケン太はあっけにとられた。

 

 正門から出てくるケン太にケイスケが声をかけた。

「よお、遅かったな。金は出来たのか……」

 途中で言葉がつまる。

 ケン太の格好にケイスケは目を剥いた。

「な、なんだその格好は……確かお前さっきの……」

 思わず逃げ腰になるケイスケの態度に、ケン太のなにかがむくりと目を覚ましたようだった。

 こいつ……見かけだけのツッパリなんだ。

 どういうわけかそんなことが瞬間的に悟っていた。

 ケイスケを無視してそのまま歩き出す。

「お、お前、金はどうした?」

「ないよ」

 短く答えるケン太に、ケイスケは怒りの表情を見せた。

「そうか、そういう態度に出るってのか。へっ、なんでえそんなガクランを着たからって……」

 じろじろとケン太の着ているガクランを見る。

 と、背中の”男”の文字に気づいた。

「そ、その背中の”男”の縫い取り……、ま、まさかそれは伝説のガクラン?」

 ケイスケの言葉にケン太は驚いた。

 そうなのか? 伝説のガクランと言うのは本当にあるのか?

 ケイスケはにやりと笑った。

「そのガクラン、お前なんかが着るのはもったいねえ。もっと似合う男がいる……。おい、それをよこしな」

 そういいながら伸ばしたケイスケの手をケン太はふりはらった。

 ケイスケの顔色が変わった。

「野郎……さからおうってのか」

 拳が握り締められる。

 ふりまわされる拳を、ケン太は手を挙げて受け止めた。

 ばしっ、という乾いた音がする。

 同時に空いた右拳をケイスケの鳩尾にたたきこむ。

 ぐえっ、といううめき声をあげ、ケイスケは身を折り曲げた。

 さがったケイスケの顎を、ケン太の膝頭が突き上げる。

 わあ、という悲鳴をあげケイスケは吹っ飛んだ。

 驚愕の表情になっていた。

「お、お前……ほんとうにさっきのケン太か?」

 目はさきほどまでの勢いはなく、すっかり負け犬のそれになっていた。

 よろよろと立ち上がり、逃げ腰になる。そのまま駆け出した。

 遠ざかるケイスケの姿にケン太はあらたな衝動を感じていた。

 おれは男だ。

 おれは男だ!

 ふつふつと闘志が湧き上がってきた。

 その衝動に、ケン太はいつまでも立ち尽くしていた。

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