#1 はじまり
『招待状』
今週の月曜日、
○□病院ロビーにてお待ちしております。
○□病院附属養護施設『やすらぎ』
管理人 鋏
丁寧な文字で綴られた、
一通の白い手紙が届けられた。
「しょうたい、じょう・・・?」
―――これが、私の新しい人生の始まりだった。
*
第1話 はじまり
*
「やっと、着いた・・・!」
少女は疲れ果てたように言いながら建物を見上げた。病院とは思えないほど大きくて、綺麗で、近代的。
「流石この辺りで一番大きい病院・・・写真では見たことあったけどやっぱすごいなあ」
さあっと涼しい風が吹き抜けていくと、短く切り揃えられた金色の髪が揺れた。
暫く眺めてから再びよっこいしょと足元の大きなトランクを手に持って、病院内へと歩き出した。
自動ドアが開くふわっと心地いい温度の空気が迎えてくれる。
入口の前のロビーは平日だからか割と空いていた。
少女はふかふかとした柔らかい長椅子を見つけると端の方にちょこんと腰掛け、チラリと時計を見る。
14時を少し過ぎたくらいだった。
(手紙には14時15分ってあったけど・・・ちょっと早かったかなあ)
なんて思いながら
少女はタッチパネル式の携帯電話の電源を入れた。
メールが一通。
しかも知らない相手だった。
開いてみると、
『鮮様。
もう病院に着きましたでしょうか?
着きましたら、ロビーのテレビ近くにいる、スーツを着て赤い携帯電話をいじっている、背の高い男の右隣に座ってください。
管理人 四九』
とあった。
名前に心当たりは無いが、”管理人”という単語にピンとくる。
(会ったこと無いはずなのに、なんで私のアドレス知ってるんだろう管理人さん・・・)
ちょっと怖くなったがまあ後で聞けばいいやと思ってそう気にもとめなかった。
少女は立ち上がると、トランクを持ってテレビの近くに移動する。
見回すと、メールにあった通りの男を見つけた。
肌は白いが、ほどよく筋肉がついていて背が高いため貧弱そうな印象は無い。
黒い髪の左側はオールバックのように後ろに撫で付けてあるが右側は目にかかるくらいに垂れていた。少しウエーブが入っていてセクシーな感じだ。
服はスーツというよりも執事服に近かった(実際には見たことがないが、なんとなくのイメージで)。
目はうっすらと灰色がかっている。携帯に視線を落としているため睫毛の長さが際立つ。
「イケメン」よりも「綺麗な人」といった感じだろう。
いろいろ考えながらメールで指示された通り、右隣に座る。
すると、男はちらりと少女を見てにっこり微笑んだ。
「色乃鮮様・・・でございますか?」
低くて優しい男の声。
少女は少し緊張気味にこくりとうなづく。
「・・・では、行きましょう。案内いたします。」
男はすっと椅子から立ち上がる。
「お持ちします」とさり気なく言い、少女のトランクを代わりに持った。
「あ、ぁ、りが・・とう・・・ございます・・・」
少女は初めてこんな扱いを受けたらしく顔を赤くして声を上ずらせていた。
「いえいえ。これが仕事ですので。」男は優しく笑うと、病院の廊下へ歩いて行った。
少女も男について病院内へと進んでいった。
*
「ぁ・・・あの!!!」
廊下を歩きながら少女は勇気を出して男に話しかけた。
男は歩みを止めることはないものの視線を少女に向ける。
「なんでしょうか鮮様?」
「えと、その・・・これから私が行く『施設』って・・・どんな所なんですか・・?」
「聞かされてませんか?」
「はい。何も・・・・」
少女が言うと男は眉間に皺を寄せてぼそりと、「またあの人は私に説明を押し付けて・・・」と呟いた。
「?」
「気にしないでください独り言です。・・・そうですね、まだもう少し歩きますので説明しましょうか。」
男は少女を見て優しく笑った。
「簡単に言いますとこれから行く施設は、あなたのように”変わった病持っている”子供たちのための養護施設なのです。」
「!」
「施設にいる子供たちの病気はココ10年で急に発症した、原因が全くわかっていない奇病。なので研究や治療、隔離を兼ねるためにこの施設を建て、病気に感染した子供たちに招待状を送り、施設で生活させているのです。」
「まだ建てられて少ししか経ってないですし研究も進んでいないのですけれど、子供たちの精神的な状態は結構良くなりつつあります。病気のせいでひどい扱いをされてきた子が多いですから・・・」
少女は男に気づかれないように手を握り締めた。
「・・・施設の子供たちは皆10代でいい子達なので心配なさらずとも大丈夫ですよ。」
少女の心の中を見透かしたように男は言った。
少女は少し安堵の表情も混ざった笑みを浮かべた。
長い廊下をくぐり抜け、
階段を上がり、
扉を通って・・・・
「鮮様。つきましたよ。」
サアッ・・・と風が吹き抜けて、
足元にある草を揺らした。
「ここ・・・何処ですか?!」
少女は驚きを隠せないようで。
「中庭ですよ。この病院の中庭に施設を立てたんです。」
ほら、と男は指を指す。
その先には、
木々に囲まれた小さくて可愛らしいログハウスの様な建物が立っていた。
男は伸びた草を掻き分けながら建物に近づいていった。少女も後に続く。
*
建物のドアプレートには
「養護施設『やすらぎ』」
と書いてあった。
男はコンコンと軽く二回ノックする。
そしてドアノブを捻ってドアを開けた。
男は身長が高いため、少し身を縮めてドアを潜る。
少女も恐る恐るドアをくぐった。
瞬間、
「わあああ・・・!」
少女は目を輝かせた。
木を基調とした空間で思った以上に広い。
ここは玄関兼共有スペースとなっているらしく天井が吹き抜けになっていた。2階、3階のたくさんの窓から暖かい太陽の光が自然に入り込んでくる。
サイドに配置されたソファやテーブル、テレビも空間にうまく溶け込んでいてすごくお洒落だ。
とても病院の施設だとは思えない。
「気に入っていただけましたか?」
男が聞く。
少女は嬉しそうに頷いた。
「早速部屋に案内・・・したいのですがまずは管理人室へ案内いたします。」
どうぞこちらへ、と男は奥へと案内した。
*
「管理人室」
と書かれた部屋。
男はコンコンとノックをしながら入室する。
少女も入ろうとすると
「おい四九!!ノックしながら入るのいい加減治せよ?」
室内から声がした。
意志が強そうな女性の声。
一瞬入室を躊躇ったが男が目で大丈夫だと諭したのでそっと入ることにした。
女性は肩に付くか付かないかくらいのショートヘアーで色は蒼。大きな瞳は深い紫色で、きゅっとつり上がっている。
女性用のスーツをさらりと着ている。豊かな胸と綺麗な脚を強調するように着こなしていてとてもかっこいい。
まさに「働く女性」といった感じで美人だった。
「スミマセン次から治します」
「そのセリフはもう聞き飽きた」
はーぁとため息をつきながら、女性はスラリとした足を組み直した。そしてようやく少女の存在に気づくと、ニヤリと笑って喋りだした。
「はじめまして。そしてようこそ。養護施設『やすらぎ』へ。私は殺乃鋏。ここの管理人だ。そしてこの2m近い黒男・・・食乃四九もここの管理人。よろしくな。」
鋏は笑って髪をかきあげた。
少女は暫く見とれていたが、ハッとして「よろしくお願いします!」と言って頭を下げた。
「あはは!可愛い子だね。じゃあ、君も自己紹介してもらおうかな?」
聞きながら鋏は手帳を開く。
少女はちょっと驚いた素振りを見せたが、決心したように口を開いた。
「わ、私は色乃鮮と、いいます!」
「へえ・・・鮮は何歳?」
「えっと、16歳です。」
「16って言うと高校生だね。学校とかは?」
「学校・・・・は、行ったことがありません。」
「・・・・そうか。」
それじゃ最後に、と言って鋏は立ち上がった。
「君の病気は?」
一瞬、
鮮の動きが止まった。
鋏は目を細めて鮮の答えを待つ。
暫くの沈黙の後、鮮はゆっくり口を開いた。
「私の髪は、変なんです。」
「髪?」
「はい。」
そう言って鮮は携帯電話の写真フォルダを見せた。
10枚ほどの写真それぞれに鮮が写っている・・・のだが、印象がそれぞれでかなり違う。
今の鮮は肩上に切られたサラサラストレートの金髪だが、
ある写真の中の鮮は赤毛で地面につくぐらいまでの長さが有り、
またある写真では灰色で背中を覆うくらいの長さでしかも毛先がくるくるとカールしていた。
どの写真も、
髪色から、長さ、髪型、髪質に至るまで全く異なっているのだ。
「この写真がどうかしたの?」
「この写真、ここ一週間のものなんです。」
「?どういうこと?」
「・・・毎日、元の髪は全部抜け落ちて生え変わるんです。しかも、髪色、髪質、長さも全くのランダムで。」
「!」
「別に人に危害を加えたことはないんですけど、毎日毎日生え変わるから流石に気持ち悪くなってしまって。それで悩んでいたんです。そうしたら招待状が届いて・・・。」
「ふむふむ。だから”色彩系女子”か」
「へ?」
「あ、いや、なんでもないよ。こっちの話」
鋏はふふっと笑うとパタンと手帳を閉じた。
「んじゃ、四九。鮮を部屋に案内してやって。」
ひょいと鍵を投げる。
「了解です。」
パシッと鍵を左手でキャッチした。
そして管理人室を後にした。
*
「209号室が、鮮様の部屋でございます。」
2階がすべてここに住んでいる人たちの部屋になっているらしい。
鍵を開け、ドアを開く。
「広い!!」
共有スペースほどではないものの、ここも結構な広さだ。
簡易ではあるが椅子とテーブル、本棚、ベッドなどが置いてあり、奥の大きな窓はベランダへ続いていた。
「私なんかがこんな部屋でいいんですか?!」
「いい環境でないと治るものも治らないですからね。一応養護施設ですし。」
四九は静かにトランクをベッドの近くに置いて、備え付けられていた収納を開く。
中には服が1セットハンガーにかかっていた。
白いYシャツに軽いニット素材のケープ、黒い細ネクタイ、赤いプリーツスカートという組み合わせだ。
「これは・・・?」
「これは鋏さんから記念のプレゼントです。」
「?!ありがとうございます!!うれしいです!!!」
「それはよかった。あ、明日からの学校はこれで来るようにと言っておりました。」
「え、学校あるんですか?!」
「勿論。」
「てっきり無い物かと・・・」
「まあ、共有スペースに同じ学年同士で集まって互いに勉強を教えあうだけですから。心配いりませんよ。」
「へえ・・・面白そうですね。楽しみです。」
にっこりと、鮮は笑う。
「それでは、夕食の時間は18時ですので、それまでには共有スペースに降りてきてくださいね?ほかの生徒も紹介しますので。」
「わかりました。」
四九は一礼して部屋から去った。
*
「これで最後・・・っと」
鮮は本棚に小説を入れた。
「あ゛ー・・・終わったー」
うーんと鮮は伸びをする。
四九が部屋を出てから約30分。
鮮は持ってきていた荷物を整理していた。
元々荷物はトランク一つだったので整理は簡単。時間が大量に余ってしまった。
「・・・探検でもしようかなあ。」
ぼそっと呟く。
現在15:03
夕食18:00
「時間はありそうだし・・・探検探検♪」
鮮は立ち上がり、すぐ右横に置いてあった全身鏡を見る。
白い長袖ブラウスに黒いサロペット、ショート丈のオレンジソックス。首には鍵モチーフの銀色のネックレスをしている
「ちょっと地味かもだけど・・・まあいっか!」
鮮は入口付近の靴箱に置いてあったブーツを履き、部屋を出た。
*
鮮はひとまず1階から探検してみることにした。
(それにしても広い。本当に。)
永遠に続くのではないかと思うほど長い廊下を歩きながら鮮は思った。
仮にも病院の中庭のはず・・・なのにもしかしたら病院そのものよりも広いのではないだろうか?
「病院本館の方は20階建てで広そうですが、1階ごとの広さならこの施設の方が実は広いんですよ。」
「へえ、そうなんだ・・・・って四九さん?!?!」
いつの間にか隣には四九が居た。鮮はうをぉう?!と謎の叫び声をあげて飛び退く。
「そう驚かないでください。この施設、結構隠し扉が多いんです。だからこういうことは日常茶飯事なんですよ。」
「(何故施設に隠し扉・・・)四九さん私に何か用ですか?」
「いえ、一人で歩いてるところを見かけましたので施設内を案内しようかと。」
「いいんですか?!お願いします!!」
「承知しました。ではまずこれを。」
そういうと、四九は携帯電話を操作し始める。
少しして、鮮の携帯にメールの着信があった。
すいません。と言って開いてみると画像が添付されていた。
「それがこの施設の地図です。」
「わ!ありがとうございます!ホントに広いですねココ。」
見てみると
個人の部屋から厨房、トイレ、大浴場、教室などが配置されており
共有スペースが大小様々合わせて5つあることがわかる。
「絶対迷う自信がある・・・・」
「大丈夫ですよ。じきに慣れます。」
四九は優しく笑う。
そして何かに気づいたのか廊下に屈んだ。
鮮が横から覗くように見ると―――
――四九の手の中には小さな猫が1匹抱きかかえられていた。
短毛で赤毛。右目の上の毛だけが少し長くて右目を隠してしまっている。丸まって寝ているその姿はとても癒されるものだった。
(か、かわいい・・・///)
そう思っていると、
「縁様。・・・何度も言ったはずですよ。廊下で眠ってはいけないと。」
四九が、
猫に話しかけていた。
目を疑った。
まさか、
身長2mは超えてそうな黒髪スーツの真面目系(だと思っていた)四九さんが・・・
真顔で、
猫に話しかけるなんて・・・。
これ、は。
「あのぉ・・・ふ、四九さん?」
「嗚呼、すみません鮮様。紹介いたします。」
四九は廊下に寝ている小さな赤毛の子猫を腕に抱えた。
すっと立ち上がって鮮に向き直った。
「ここの住人、猫乃縁様です。」
「へ?」
あまりにも四九が真顔で話すので情けない声が出てしまった。
「それは、一体どういう・・・」
「うにゃあああぁぁ・・・」
急に、可愛らしい女の子の声が聞こえた。
しかも、その声を発したのは
「よく寝たにゃ・・・」
紛れもなく、その猫だった。
*
「あ、縁様。やっと起きましたね。あなたという人は・・・何度廊下で寝てはいけないと注意したら気が済むのですか?」
「にゃははー♪だって、ろうかは気持ちいーんらもーん♪」
「まったく・・・次からは気をつけてくださいね?」
「はーい。ごめんにゃしゃーい☆・・・うにゃ?ふぉーく、この子は・・・?」
ようやく猫は鮮の存在に気づいたようだ。
だが鮮は動かない。
完全にフリーズしてしまっている。
猫が喋ったという事実に驚きすぎてついていけていないのだ。
そのことに四九は気づき、言った。
「縁様。猫が喋ったら普通は皆驚くと思いますよ?」
「あ、それもそっかぁ!」
猫は四九の腕からするりと抜け出る。
次の瞬間、
「これなら問題にゃい?」
猫耳しっぽを生やした赤毛のツインテール少女が目の前に現れた。
「!?!?!」
本当に驚いた。
「ね、ねねね猫が、ひと、に・・・・?!」
「そーう!あったり!!」
ツインテールの赤毛猫耳少女は楽しそうにくるりと一周してみせた。
髪型はさっき書いた通り。
上半身には黒いビキニを着てその上から長袖の丈の短い白いワイシャツを羽織っている。
下には動きやすそうな黒っぽいぶかぶかズボンに茶色の編み上げブーツ。
女の子らしい可愛い声をしているが結構アクティブなタイプのようだ。
「あたしは猫乃 縁!!よろしくにゃ!」
「えと、私は色乃 鮮といいます・・・!」
「あざやか・・・んぅー・・・ハッ!!決めた!今日からあやちゃんってよぶよ!!」
「あ、あやちゃん?!?!」
突然言われ、鮮は驚く。
「そ☆可愛いデショ?」
にゃははと可愛らしく縁は笑った。
「鮮様。すみませんそろそろ時間です。」
「へ?もう?!」
鮮が時計を見ると16:04と表示されている。
「まだ4時過ぎですけど・・・」
「その時計、止まってますよ。今は17:50です。」
「ホントだ・・・時間止まってる・・・orz」
「にゃははーあやちゃんったらドジっ子ー☆」
縁は笑うと、鮮の手を引いた。
「早く行こ!みんなにしょーかいしてあげる!!きっと、みんなとトモダチになれるよ!」
”トモダチ”
欲しくても出来なかった私の憧れ。
それがもうすぐ、できるんだ・・・!
私は嬉しくて、
顔がにやけてしまうんじゃないかと心配になった。
「うん!!」
縁に手を引かれるままについていく。
四九さんは「怪我しないように気をつけてくださいね」と一言いって見送ってくれた。
はじまるんだ。
はじまるんだ。
やっと、やりたいことができる。
私は、共有スペースに繋がる扉を開いた。
はじめまして。
なんとか1話書き上がりました。
△□一と申します。
小説を書くのは久しぶりなので軽く緊張しています。ちゃんと読める作品になっているでしょうか・・・(((((;゜Д゜))))
意見とかあったら気軽にくださいね♪
さて、物語は序盤中の序盤です。
これからどんどん主人公と愉快な仲間達の物語を書いていきたいなあと思いますので
よろしくお願いします!
では、また2話の最後でお会いできる方はお会いしましょう!