約束
夜中の教室-
俊之は自分の机で、月明かりを頼りに「遺書」を書いていた。
俊之「期待に添えなくてごめんなさい。俊之…」
最後の1文を書き終え、俊之はその遺書を読み直した。
そしてうなずき、遺書を折りながら呟いた。
俊之「首吊れる木、見つけななぁ…」
その時、傍から声が聞こえた
声『死ぬの?』
俊之「えっ…」
教室には、俊之以外、誰もいないはずである。俊之は驚いて立ち上がり、声のする方を見た。
俊之「!!」
兵士の姿をした少年が立っている。静かに微笑んでいた。
俊之は悲鳴を上げることもなく、その兵士を目を見開いて見つめ、立ち尽くしていた。何故か怖さを感じなかった。
兵士『君には…見えるんだ。』
そう言われ、俊之はとまどったように、手に持った遺書に視線を落とした。
兵士『それ…遺書?』
俊之は、とまどいながらも「うん」と答えた。
兵士『僕も書いたんだ。』
俊之「え?」
兵士『遺書…ついさっき。』
俊之「…君も死ぬん?」
兵士『うん。もうすぐね。』
俊之「もうすぐ?」
俊之は意味がわからず、首をかしげた。
兵士『君も、待ってくれない?』
俊之「僕と一緒に、死んでくれるん?」
今度は、兵士が首をかしげた。
兵士『うーん…一緒には無理だけど…僕の最期を見て欲しいんだ。』
俊之「…さいご?」
兵士『毎年ね、お願いするの…誰かに。でも誰も、僕の願いを聞いてくれないんだ。』
俊之「?…どういうこと?」
兵士が、うつむき加減に言った。
兵士『もうすぐ…飛ぶんだ。』
俊之「飛ぶ?」
兵士『特攻隊って知ってる?』
俊之は、息を呑んだ。
兵士『知ってる?』
俊之「…知ってる…」
兵士『もうすぐ飛び立つんだ。敵の軍艦に突っ込むの。』
それを聞いた俊之は、あきれたように言った。
俊之「なんで、そんなこと。」
兵士『決まってるじゃないか。お国のためだよ。』
俊之「お国のためって…そんなあほなこと…。」
兵士『君は、なんのために死ぬんだい?』
その兵士の言葉に、俊之は目を見開いた。
兵士『これからの日本のために、僕は死ぬんだ。』
俊之は、うつむいた。
兵士『君は、なんのために死ぬの?』
そう兵士に詰め寄られ、俊之は黙り込んで何も答えられない。…2人とも沈黙した。
しばらくして、兵士が口を開いた。
兵士『教えて…日本は勝つの?』
俊之は、驚いて顔を上げた。
俊之「知らんの?」
兵士『うん。今まで誰も教えてくれなかったんだ。』
俊之は悩んだ。…悩んだが、正直に答えることにした。
俊之「日本は負けるんだ…」
兵士の目が、初めて見開かれた。
兵士『負ける?』
俊之「でも平和になる!」
俊之は、慌てるように言った。兵士は「平和?」と言ってから尋ねた。
兵士『平和って…どんなの?』
俊之は兵士に希望を持たせるように、少し早口に答えた。
俊之「みんな戦わんでええようになって…自分の好きなことできるんや。好きなもの食べれて…好きな歌だって歌える!」
兵士『へえ…夢のようだな。』
兵士が、微笑んだ。
俊之は、泣きそうになるのを堪えた。兵士は微笑んだまま、呟くように言った。
兵士『じゃぁ、死ぬ価値あるんだね。…僕。』
俊之は思わず涙をこぼして、叫ぶように言った。
俊之「死なへんようにできへんの!?」
兵士は「え?」と、目を見開いた。
俊之「逃げたらええやん!!」
兵士は、困ったような表情をした。
兵士『親に…恥をかかせるもの』
俊之は、泣き出してしまった。兵士は、そんな俊之をまぶしそうに見ながら言った。
兵士『君…優しいんだね。』
俊之はうつむいて、涙を手で拭った。
兵士『…あのね。お願いがあるんだけど。』
俊之は、顔を上げて兵士を見た。
俊之「何?」
兵士『生きて欲しいんだ』
俊之は、目を見開いた。
兵士『そして、僕の未来を守って欲しい。』
俊之「君の未来?」
兵士『うん。「タツヤ」っていうんだ。君のように悩んでる…でも僕の声が届かないんだ。』
俊之「…どこにいるん?」
兵士『君と必ず出会えるところにいる。でもタツヤは何も知らないから、君から声かけてね。』
俊之は、困ったようにうつむきながら言った。
俊之「わかるかな…」
兵士『わかるよ。きっと…』
その兵士の言葉に、俊之は「わかった」と答えた。
兵士『約束だよ。』
俊之「うん。約束。」
兵士『もう…行かなきゃ。』
突然、飛行機が飛び立つ音が教室に響いた。俊之は、その轟音に思わず上を見上げた。
兵士が、足を揃えて俊之に敬礼した。
俊之「!!行くなっ!!」
俊之はその兵士に抱きつこうとしたが、いつの間にか兵士は消えていた。
轟音が大きくなり、俊之は思わず耳を塞ぎながら、天井を見渡した。
兵士の声が、俊之の胸に響いた。
兵士『敵の飛行機だ…』
俊之「!!…逃げろ!」
兵士『だめだ!…軍艦に辿り着けない!』
俊之は耳を塞いだまま、泣きながら首を振って叫んだ。
俊之「そんな事どうでもええ!!逃げるんや!」
兵士『約束…忘れないで…!』
俊之「逃げるんや!早く!」
兵士『頼んだよ!』
大きな衝突音が響いた。
俊之は、耳を塞いだまま声を上げ、その場にしゃがみこんだ。
……
数日後-
公園-
強い日差しが降り注ぎ、蝉の音が響いている。
ベンチに少年が座っている。その少年の手には、教科書のような冊子が開かれているが、目は前方をぼんやりと見つめている。
塾帰りの俊之が、そのベンチの前を通り過ぎようとしたが、ふとその少年の様子に立ち止まった。
少年が俊之に気づいた。2人はしばらく見つめ合った。
俊之が、微笑んだ。
俊之「こんにちは」
少年も微笑んで「こんにちは」と返した。
俊之「こんな暑いところで、何してるん?」
少年「今、親戚の人ら来てて、騒がしいから…」
俊之「!ああ、お盆やな、そう言えば。」
俊之が、思い出したように言った。
少年は、俊之が肩に掛けている大きなカバンを見ながら言った。
少年「塾?」
俊之「うん。今終わったとこ」
少年「僕も」
俊之「隣いい?」
少年「うん!」
少年は、横に置いていたかばんをどけた。俊之は、少年の横に座った。
俊之「僕、俊之。」
少年「達也。」
俊之は、目を見開いた。
達也「何?」
俊之は「ううん」と言い、うつむいた。
達也「何年?」
俊之「高校…3年」
達也「一緒や。大学受ける?」
俊之は、笑顔で達也に向いて「うん!」と答えた。…だが、すぐにまたうつむいた。
俊之「…でも…自信ないんや。」
その俊之の言葉に、達也が目を見開いた。俊之は続けた。
俊之「親はやたら期待するし…でもなんや、しんどくて。」
達也「…それも一緒や。」
俊之は、この少年が兵士の言っていた「タツヤ」という少年だと確信し、笑顔を向けた。
俊之「なあ…うちに来て、一緒に勉強せえへん?」
達也「え?」
俊之「うちは親戚 来おへんし。…わからんとこ、教え合いっこしようや。」
達也「うん、行く!」
達也の嬉しそうな目を見て、俊之も嬉しくなり、慌てるように立ち上がった。
俊之「こっち!」
俊之が、家の方向を指差した。達也もうなずいて、立ち上がった。
……
夜-
達也とすっかり仲良くなり、明日も一緒に勉強することを約束した俊之は、自分の机の前にある窓から見える月を見ながら、兵士の事を思い出していた。
兵士『平和ってどんなの?』
俊之「みんな戦わんでええようになって…自分の好きなことできるんや。好きなもの食べれて…好きな歌だって歌える!」
兵士『…へえ…夢のようだな。』
その兵士の言葉と笑顔を思い出し、俊之の目に涙が溢れ、こぼれた。
俊之「約束果たせたで…。だから、成仏してな。もう敵の軍艦に突っ込まんでも、ええんやで。」
そう呟く俊之の見上げる月に、兵士の笑顔が映ったような気がした。
(終)
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怖くなくて、ごめんなさい(m__m)
終戦記念日に、夢で見たシーンに創作を加えました。
「特攻隊」の方々、「戦没者」の方々のご冥福をお祈りいたします。
※「Wahrsager「占い師 風間祐士」」第14話「特攻隊士の精霊」の原作です。