退避路も規格にする
最も早く診断点へ着いた班を、獅堂さんは合格席へ戻さなかった。
四人全員が規定時間内に到着している。
携帯計器の照合も、旧採石場迷宮の壁面を傷つけない観測も正しかった。
それでも、帰りに使う搬送枠が短い通路の曲がり角を通らなかった。
「試験終了。点数は出すな」
獅堂さんが地上側から告げた。
不合格になった班ではなく、採点員へ向けた声だった。
旧採石場迷宮の正面入口には、岩壁側の入口候補へ通じる線を引いていない。
現在確認できる範囲だけを使い、正面の地上詰所から表層観測所まで二本の経路を仮設表示で分けていた。
一方は短い。
昔の見学路を通り、診断点まで曲がりが二つ。壁面と現在計器を途中から見られる。
もう一方は外周を回る。
長いが、地上側から人の位置を追え、途中に二か所の待避幅がある。
先行班は短い方を選んだ。
現行の試験案では、正しい選択だった。
診断点への到達時間、観測項目、携行品、往復通信。その全てで一番高い点を取れる。
帰路確認も、入った時と同じ四人が自力で歩く条件なら成立していた。
折返しの合図の後、採点員が一人へ負傷者役の札を渡した。
実際に傷を負わせる訓練ではない。
その一人は歩けないものとして、班が待避所に置いた搬送枠へ乗る。残る三人で地上へ戻すだけだった。
短い通路の最初の曲がりで、搬送枠の先が岩壁へ当たった。
向きを変えるには、一度、診断点側へ戻さなければならない。
その間、先頭と最後尾は互いを見られず、地上との通信も岩の厚い位置で一度欠ける。
班長は無理に回さなかった。
負傷者役を枠から下ろす案も、荷を置いて一人ずつ戻す案も採らず、その場で訓練中止を出した。
中止判断は正しかった。
地上救助班が外周路から入り、四人を長い方へ誘導した。全員が黄色線の外へ戻るまで、旧採石場の次の組は入らなかった。
獅堂さんは人数を閉じてから、短い通路へ進入禁止の札を下げた。
札には班名も点数も書かなかった。
《搬送枠旋回不可。単独歩行者のみの帰路としても再検証まで使用しない》
試験後の講評は、全班の前で始めなかった。
先行班と、採点を作った側だけを詰所へ残した。
外では、ほかの班が順位表を待っていた。
午前の先行班は、地域の合同演習で何度も上位に入っている。到着も観測も速く、応援要請があれば最初に名前の上がる班だった。
そこで映像を全員へ流せば、短い通路を選んだ判断より、「優秀班が落ちた瞬間」の方が教材になる。
獅堂さんは配信用の画面を閉じた。
真央さんも、班名と顔のない安全教材を作るとしても、原因と試験改訂が決まるまでは切り出さないと返した。
俺も宮前式の観測項目を出した一人として同席した。
「班長。短い方を選んだ理由は」
獅堂さんが聞いた。
「壁面と計器を同時に見られます。通信が通る範囲なら、外周路より観測時間を長く取れる。進入前の往復確認も通りました」
「負傷者を運ぶ条件は」
「試験票にありませんでした」
班長は逃げなかった。
「四人で入り、四人で戻る、と読んでいます。歩行不能が一人出る場合まで、搬送枠の旋回を現地確認していません」
「その読みでいい」
獅堂さんは言った。
「悪いのは、到達を測って帰還条件を同じ重さで書かなかった試験だ」
採点員の一人が、予定外条件に対応できなかったことも評価対象ではないかと尋ねた。
獅堂さんは否定した。
「想定外に強い班を探してるんじゃない。どの班でも、戻れない道へ入らせない規格を作ってる」
短い通路で搬送枠を分解する方法なら、考えられた。
装具を使わず二人で抱える案も、探索者の身体能力なら成立するかもしれない。
だが、優秀な班が工夫すれば帰れる道を全国の退避路にはできない。
応援班、新人、交代直前の班、荷を持つ班でも、同じ線から戻れる必要がある。
「診断点へ届かなければ、試験になりません」
先行班の計測員が言った。
「届かない点は、今日の診断点じゃない」
獅堂さんは答えた。
壁面を詳しく測る価値を否定したのではない。
帰還条件を超えた先の情報を、今の人員で取りに行かないと決めた。
俺は診断票を開いた。
短い通路からなら、岩壁の二段応答を一つ多く取れる。
外周路では、現在計器と正面の案内灯までしか同じ画角に入らない。
原因候補を絞るなら、前者の方が有利だった。
「外周路で足りない一地点は、未測定に残せます」
俺は言った。
「人を運べない道を使って得た正常は、次の班が同じ条件で取り直せません。比較記録としても弱いです」
先行班の計測員は、自分たちの観測結果を捨てなかった。
短い通路の壁面と計器は正しく記録できている。ただし、取得条件へ《歩行可能な四名、空荷帰路》と付け、地域試験の標準正常には採用しないと書いた。
不合格を隠すために結果を消さず、優秀な観測だったから安全条件を足さずに採ることもしなかった。
班長は、帰路で搬送枠が止まり、訓練中止を出し、外周救助へ切り替えたところまでを一続きで教材へ渡した。
診断点の映像だけなら、午前の高得点を残せる。
彼はそこだけを切らなかった。
班名は研修外へ出さない。ただし判断者を匿名にして責任まで消さず、原本側には自分の署名を残した。
失敗を晒すのでも、優秀班だった事実で薄めるのでもない形になった。
獅堂さんは、全班の順位表を配布前に閉じた。
先行班だけを見せしめにすれば、次の班は長い道を選ぶ理由を「減点されたくないから」と覚える。
それでは現場が変わった時、また点の高い道を探す。
代わりに、採点票の到達時間をいったん無効にした。
午後の試験は、全班が退避条件を作り直してから再開する。
同じ班が再試験を受ける時も、失った時間を罰として短くしなかった。
外周路へ、実際の携行箱を持って歩いた。
計器だけでなく、記録原本、予備灯、隔離札、帰路で増える回収物を載せる。
一人は交代直前の速度で歩き、一人は負傷者役になる。
待避幅では二組がすれ違えるかではなく、搬送枠を置いても後ろの人が戻れるかを見た。
入口側の確認者は、先頭が診断点へ着く時刻を取らなかった。
最後尾が黄色線の外へ戻るまでを測った。
一回目、外周路の途中で資材箱が待避幅を塞いだ。
搬入班は試験前にそこを置場として指定されている。図面上は通路外だったが、搬送枠を曲げる余地を削っていた。
獅堂さんは搬入班を責めず、置場を入口外へ移した。
資材を奥へ置けば作業は速くなる。
その速さを買うために退路を狭めていたと、試験で分かった。
二回目は、外周路の中ほどで地上の声が片側だけ欠けた。
先行班は通信を直しに戻らなかった。
その地点より奥を進入禁止にし、診断点を入口側へ移した。
見られる壁面は減った。
代わりに、誰が中止を出しても、同じ線から全員を返せる範囲が残った。
先行班の再試験では、四人は予定していた最奥の診断点へ届かなかった。
入口側の現在計器、案内灯、壁面下側だけを取り、負傷者役と記録箱を外周路から戻した。
最後尾が出た時、獅堂さんは合格を出した。
その班を続けて次の試験へは入れなかった。
帰還できたから疲労も戻ったとは数えない。
入口側で体調と携行品を別班へ引き継ぎ、午後の二巡目は交代班が同じ外周路を歩いた。
交代班は先行班より遅かったが、資材箱の移動理由、通信の欠けた地点、閉じた短路を自分たちの言葉で読み返せた。
人が替わっても帰還線が同じ意味で使えたことを、獅堂さんは到達点より高く採った。
診断の情報量は午前より少ない。
帰還できる範囲を正しく診断範囲にしたことが、合格理由だった。
ほかの班も同じ経路を使う必要はなかった。
山腹迷宮では、魔物の退避線と人の帰路を分ける。
谷側保管迷宮では、荷の搬出路を人の出口に数えない。
旧採石場では、短い見学路を閉じ、外周路を使う。
共通にしたのは道の形ではない。
最も遅い一人と、帰路で増える荷を含めて戻る時間を採ること。交代前の人員で再確認すること。使えない最短路には現物の進入禁止表示を置くこと。退避線より奥の診断点を未測定として残せることだった。
獅堂さんは完成した退避図を、設備図と同じ保管棚へ入れさせた。
壁へ貼る案内だけにはしない。
資材置場や作業帯が変われば、設備変更と同じく版を上げ、古い線を残す。帰還試験をしていない道は、地図に存在しても退避路とは呼ばない。
岩壁側の入口候補には、退避路を一本も描かなかった。
昔の映像では二人が奥から出ている。
それは過去に通れた証拠であって、今の安全班が入って帰れる証明ではない。
入口を確認したいという理由で黄色線を越えず、外側の接近区域だけを退避範囲にした。
診断点を置けないことは調査の遅れになる。
それでも、戻る線のない場所へ優秀班を入れて情報を増やす案は、規格にする前に消えた。
朝倉さんが、午後の合格票を受け取った。
「ここにない変化が起きた時は、どの退避路を選べばいいですか」
新しい票には、三地域の帰還条件が増えている。
だが、想定外の変化に対する正しい道までは書けない。
獅堂さんは、完成した票へ答えを足さなかった。
「それを次に試す。手順書に道がない時、近道を作らず戻れるかだ」




