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二つの七夕、どちらを選ぶ?

作者: ウォーカー
掲載日:2026/08/09

 木場谷こばや風子ふうこは愛されている。

制服姿の可愛らしい容姿といい、気立ての良さといい、

誰にでもやさしいところから、老若男女から愛されている。

でも、今大事なことは、そういう意味ではない。


 木場谷風子は、二人の男から愛されている。

二人の男は、両方とも風子と同じ学校に通う男子生徒。

学校に通う前からつきあいのある、いわゆる幼馴染だ。

一人は、的場まとば隼太しゅんたという。

隼太は、何事にも手が早く、はっきりとした性格をしている。

もう一人は、満水たまり晩次ばんじという。

晩次は、何に対してもゆっくりとしていて、熟考する性格をしている。


 風子と隼太と晩次は、幼稚園に入る前から一緒だった。

家族ぐるみの付き合いで、どこに行くにもいつも一緒だった。

幼稚園のお遊戯では三人で息の合った演技を披露し、

小学校も同じ学校に進学し、ずっと同じクラスで過ごした。

風子にとって、隼太と晩次は家族のようなものだった。

もちろん、隼太と晩次も風子を家族のように思っていた。

三家族で出かけるのは恒例行事だった。

それは三人の学年が進んでも変わらない。

ずっと続いていくと思っていた。


 最初に変化が現れたのは、風子だった。

隼太と晩次を見ていると、胸の中が温かくなってくる。

頬に朱が差し、息をするのが難しくなる。

風子にとって隼太と晩次は、明らかに他の男たちとは違った。

この感覚はなんだろう?

それが恋だと気が付いたのは、三人同時のことだった。

隼太と晩次にとってもやはり、風子は他の女たちとは違う存在だった。

風子を見ていると、心が温かくなる。

変化に気が付いたのは風子に遅れてのことだったが、

これが恋だと自覚するようになったのは、三人で同じだった。


 大事な時の隼太は躊躇がない。

自分が風子に恋していると気が付いた途端、即行動に移した。

隼太は風子を学校の屋上に呼び出し、手を差し出した。

「風子、俺はお前が好きだ!付き合ってくれ!」

折しもその日は七夕で、屋上には笹飾りが風に揺られていた。

風子は片手を差し出す隼太を見ながら、昔のことを思い出していた。


 あれは春の花見の季節のことだった。

幼い風子と隼太と晩次の三人は、家族に連れられ、花見に行った。

その時、隼太が言った。

「風子、桜の枝が欲しくないか?」

「えっ、それは、うん。」

そこに晩次が口を挟んだ。

「隼太、駄目なんだよ、桜の枝を折っちゃ。

 だから、散って落ちてくる桜の花びらを拾おうよ。」

「おう、なるほど。それはいい。晩次はかしこいな!」

「えへへ。」

そうして隼太と晩次は、散ってくる桜のつかみ取りを始めた。

地面に落ちる前の桜の花びらはご利益があると聞いたからだ。

風子はそれをハラハラと眺めていた。

そうだった。いつもそうだった。

風子のために隼太が先走り、晩次が次善策を用意するのだ。

桜の花びらつかみ取りは、隼太の勝ちだった。


 次に風子が思い出したのは、夏の海水浴のことだった。

その日もいつも通り、三家族で海に海水浴に出かけた。

ところが急に天気が悪くなり、波が強くなってきた。

「今日はもう引き上げようか。」

家族がそう話していた時に、大きな波が押し寄せた。

まだ海の中にいた風子、隼太、晩次の三人は、

あっという間に大波に飲み込まれた。

天地もわからないような水の中、真っ先に海面に顔を出したのは隼太だった。

「風子!晩次!大丈夫か!?」

その時、風子は海の中で居場所を見失い、溺れかけていた。

それを助けたのは、意外にも晩次の方だった。

晩次は日光の方向から海面の位置を割り出し、

海に流されているであろう風子を探すために海の中に残っていたのだ。

晩次は無事に風子を見つけて、その手を引いた。

「隼太!風子はここだよ!」

「晩次!風子も無事だったか!」

ところが、晩次は風子を助けたのは良いものの、

自分自身は泳ぎが得意ではなく、危うく溺れかけた。

風子はすっかり体勢を立て直し、

隼太と二人で逆に晩次を砂浜へ運んだのだった。

「えへへ、かっこいいところを見せるはずだったんだけどな。」

口から水をピューと吹きながら、晩次は照れ笑いをしていた。

それを庇ったのは、隼太だった。

「いいや、お前はかっこよかったよ。

 俺なんて、まず自分のことを考えたもん。」

「それは僕も同じだけどね。」

「二人とも、ありがとう。」

こうして隼太と晩次の活躍により、風子は溺れることはなく海を楽しめた。


 秋は七夕と中秋の名月。現実でももうすぐのことだ。

中秋の名月では、いつも通り三人が集まって、家族ともどもお月見をした。

その時は隼太と晩次が仲良く同時に、餅を喉に詰まらせて大変だった。

そういえばあの時も、風子はおろおろするだけで、

喉に詰まった餅を取ったのは家族だったか。

風子は思う。

「わたし、隼太くんと晩次くんに助けられてばっかりで、

 ひとつも恩返しができてない。

 わたしにできる恩返しと言ったら・・・。」

風子は罪悪感から、差し出された隼太の手を取ろうとした。

すると、思い出の中の、子供の風子が言った。

「それは本当に恋なの?」

「えっ。」

風子は手を止めて、周囲を見渡した。

思い出の中の風子の声は、風子にしか聞こえていないようだった。

思い出の中の風子の声は続く。

「今、隼太の手を握ろうとしているのは、

 あなたが隼太に恋してるから?」

幼い風子の声には似つかわしくない、おませな話し方だった。

風子は考える。

今、自分は、隼太に恋をしているだろうか?

隼太とは子供の頃からずっと一緒にいる。

だからといって、家族同然ということはなく、恋心を感じるのも確かだ。

隼太と付き合ったとしても、しあわせに過ごせることだろう。

でも、何かが違う。

隼太の問題ではない。

自分自身が、まだ考えていないことがあるはずだ。

風子は再び思い出の世界に身を投じた。


 冬はクリスマス一色の思い出だった。

風子、隼太、晩次の三人は、毎年クリスマスの日に、

プレゼント交換をするのだ。

早くプレゼントの中身が見たくて、プレゼントの箱を雑に扱う隼太。

開けてみると、中身は、瓶の中に雪飾りが舞うスノードームだった。

それは風子が用意したプレゼントだった。

「あーあ、割れちゃってる。」

「ぐすん。これじゃあ、スノードームで遊べないよ。」

隼太が雑に扱ったからか、スノードームは箱の中で割れていた。

風子は自分のプレゼントの箱を開けてみた。

中身はロボットの人形だった。

隼太が涙に濡れた目で見る。

「それ、俺が用意したプレゼントだよ。

 振っても割れないものにしておいたんだ。」

隼太のその言葉には、言外に、

壊れやすいものをクリスマスプレゼントにしないで欲しかった、

という言葉が含まれていた。

幼い風子にも、そのことは伝わった。

隼太がこういう性格なのは知っている。

隼太は何よりも早いことを尊ぶ。

他人にも早く行動するために合わせることを求める。

だから、クリスマスプレゼントを選び間違った自分が悪いのだ。

風子も涙を流し、隼太と二人でわんわんと泣き始めた。

それをあやしたのは、親ではなく、晩次だった。

「風子、隼太、泣かないでよ。

 クリスマスプレゼントはまだ残ってるんだからさ。」

「お前のプレゼントは何だったんだよ?」

見れば晩次はクリスマスプレゼントの箱をまだ開けていない。

それなのに、晩次が中身がわかっている風なのは当然のことだ。

隼太が風子の、風子が隼太のクリスマスプレゼントを受け取ったのだから、

残りは晩次が自分で自分のクリスマスプレゼントを受け取ったに決まっている。

晩次は涙を流す風子と隼太に対して、

にこにこと笑顔で残りのクリスマスプレゼントの箱を開けてみせた。

中には、大きなジグソーパズルが入っていた。

笑顔のまま晩次が言う。

「ほら、ジグソーパズルだったら、風子と隼太と一緒にできるよ。」

「ジグソーパズルかぁ。割れたスノードームよりはいいか。」

「わたし、ジグソーパズルやりたい。三人で分担してやろう!」

すっかり騒ぎが収まって、大人たちは席を立つことすらなかった。

そうして争乱のクリスマスは穏やかに過ぎ去っていった。

ちなみにジグソーパズルは、聖母マリアの絵画だった。


 思い出の中の風子は、手を後ろで組んでくるりと周った。

「思い出した?今までのこと。」

「うん。でも、それが今とどう関係があるの?」

すると思い出の中の風子は、ムッとして言った。

「ここには、いつも一緒にいた晩次がいないでしょ?

 わたしたちはいつも三人一緒。

 だけど、いつも先走るのは隼太、お尻を持ってくれるのは晩次。

 晩次がいないのにどっちかを選ぶか選ぶのは不公平だよ。」

それには現実の風子が強く反対する。

「でもだってそれは、隼太くんの方が早く行動してくれたってことでしょ?」

すると、思い出の中の風子は、肩をすくめて溜息をついた。

「わかってないなぁ、風子あなたは。今日は何の日?」

「えっと、七月七日だから七夕、かな。告白にも丁度いい日だと思う。」

「そう。七夕は告白に丁度いい。

 きっと隼太は、たまたま告白した日が七夕だったんだよ。

 でも、今日が七夕であることを分かっていながら、

 今はまだ行動せずに、二人を信じて待ってる人がいる。

 風子もなんとなく気が付いてるんじゃない?風子を信じて。」

「わたしがわたしを信じて?どういうこと?」

「クリスマスの時と同じ。まだ開けられてない箱があるんだよ。」

風子には、思い出の中の風子の言ってることがわからない。

でも何かが引っかかる。何かを忘れている。

何かが待ってくれている。

ここで早急に応えを出してはいけない。それだけはわかった。

だから風子は、手を差し出す隼太の手を握り返さなかった。

その代わりに言った。

「もう少し待ってもらえないかな?」

「俺のことが、嫌いなのか?」

子供のように泣きそうな顔をしている隼太に、風子はやさしく言った。

「違う。そんなことない。

 でも、今決めるのは不公平だから。」

「不公平?」

「うん。必要なものがまだ揃っていないから。

 それが揃うまで、待ってて貰えないかな?」

風子の言葉に隼太はポカンとした顔をしている。

それはそうだ。

風子にだって、自分が言っていることの意味がわからないのだから。

今はまだ。これから分かる時がやってくるはずなのだ。

だから風子は、隼太の告白の答えを保留にさせてもらった。

まだ舞台に揃っていない役者のために。


 それからしばらく。

隼太はもんもんとした日々を過ごした。

こういっては何だが、隼太は女子生徒たちからモテる。

楽しい夏休みの思い出を作る相手は、風子だけとは限らない。

だから早く返事が欲しかった。

一方、風子の方は、これまた自分がいつまで待てば応えられるのか、

自分でもわからずに頭を抱えていた。

「もう少し、もう少しでわかりそうなんだけど・・・」

風子と隼太は別々の理由で頭を抱えていた。


 それから数週間の後。

その日がやってきた。

その日は、かつて、同じ日だった。

それが、暦や星の動きの事情により変えられた。

新暦への改暦である。

今日は、旧暦の七夕の日。

新暦ではもう夏真っ盛りの日。

遅れた役者は、隼太と同じように、風子を学校の屋上に呼び出した。

陽の光を遮るもののない炎天下の下、風子は目に手をかざして言う。

「暑いね。」

遅れた役者である晩次が答える。

「新暦では、七夕は真夏になっちゃったからね。

 ところで、風子。君に話があるんだ。」

「ほら、出番だよ。」

思い出の中の風子によって、風子は晩次の前に押し出された。

風子には、晩次がこれから何を言おうとしているのか知っている。

そして、その答えも。

大丈夫。その程度で壊れるような絆じゃない。

三人が、一人と二人になっても、きっと上手くやっていける。

今頃待ち焦がれているあの人は、そういう人だから。

晩次が口を開く。風子はうずうずしている。

恥ずかしそうに、でも一生懸命に言葉が紡ぎ出される。

その話の内容は、旧暦の七夕にこそふさわしい内容だった。

風子は暦には二種類あり、解答にもまた二種類あることを知った。

そして風子が選んだ応えは・・・。



終わり。


 暦には新暦と旧暦があると聞いたことがあります。

では、織姫と彦星が逢える七夕は、新暦と旧暦のどちらが正しいのでしょう?

何事も早い方が強い、有利に状況を動かせます。

それでもなお、旧暦合わせで行動するには、相当の覚悟が必要です。

でも私は、旧暦合わせの方が何事も、言葉と現実の意味が合うと思います。

今年ももう八月。旧暦の七夕の季節がやってきました。

織姫と彦星は今年も無事に出逢えたでしょうか。


お読み頂きありがとうございました。


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