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つないだ手の温度が均されるまで  作者: みけめがね


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3/3

第三話 温めてくれた、ただそれだけで

———雪の日は大嫌いだ。母がいなくなったのもちょうど雪の降った日だった。


「今日の夜雪降るってさ〜」


「マジで? 明日一限目数学だから無くならないかな〜」


女子高生達がスマホ片手にドリンクバーで駄弁っている。

そうなんだ、今日雪降るんだ。私は遠くに見える窓の外をぼーっと見つめる。

私の住む木日向こひなた市に雪が降るのは実に三年ぶりのことらしい。とのこと、女子高生達は席に戻って行った。

今月末で閉店する私のバイトする駅前のファミレスは部活帰りの高校生たちで溢れかえっている。

もっと寒くなるのかな。暖房買わなきゃ、でも今月はユミクロでヒートテックだけ買って我慢しようかな……


「——今月の限定メニューあんまり美味しくなさそうだよね〜」


ぼーっと考えていると同じホール担当の池田さんが新しくなったメニューを見ながら突然話しかけてきた。お皿を運んでいる時にわざわざ話しかけないでほしいところだが、今月で閉店すると言うのに新作メニューか……作るのめんどくさすぎるので注文が最終日まで来ないことを祈っている。


「そうですか? まぁ作るのはごめんですけどね〜」

 

新メニューは苺のパフェだけど、まぁ、付け合わせのチョコミントのアイスは私もそれほど好きじゃないから個人的に気に食わないだけかもしれない。

頭の中が片付いて、気がついたら池田さんが私の顔を至近距離でじっと覗き込んでいた。


「うわっ! びっくりした〜!」


声が裏返ってしまった。それよりもパーソナルスペースというものが存在しないのかこの人は!!!


「今日朝一さんちょっと元気ない感じ?」


なんだか、心の奥底にあったものを引き摺り出された気持ちだ。


「え〜? そんなことないですよ〜!」


あ、またやってしまった。心配された時に頼るのが一番だって知ってるのに、主婦の池田さんには、私の思う理想のお母さんの姿を重ねてしまって。

さらに笑顔で繕っちゃう自分を毎回心の中で責め続けて勝手に辛くなる。


「なんか今日は肌寒いね〜雪降るかな〜」


「!」


手の力が急に抜けて、持っていた皿がガッシャーンと音を立てて床に落ち、破片がそこら中に飛び散る。手の感覚が変だ、指先が室内にいるにも関わらず冷たく悴んでいる。まるで手の血管を冷水が流れているようだ。

指先から身体の芯まで寒さで震えが止まらない。室内だから暖房はちゃんと効いているはずなのに。


「池田さん、私、今寒気というか、震えが止まらなくて……」


「そりゃ大変! もうすぐ十五時だし、今日は早めに上がればいいんじゃない?」


池田さんは私にバイトの早退を促す。私のシフトは十六時まで、でもここで帰ったら池田さんにも後の人にも負担がかかっちゃうし、ただでさえ店が混雑しているのに帰るなんて甘えな気がする。せめてあともう少し頑張ろう。


「申し訳ないです……でも、もうちょっとだけ頑張ります」


池田さんは私の肩をポンポンと軽く叩いて。


「いいのよ、無理しないで今日はもう休みなさい! インフルエンザとかだったら大変だからね!」


「わかりました……」


複雑な気持ちでタイムカードを押して制服から着替え、裏口から外へ出た。

空の色はまだ雪が降らなそうな感じの澄んだ青だった。冬特有のキリっとした空気が耳の先を冷やす。それよりも体が重い、早く家に帰らなきゃ。

私自身根性だけは誰にも負けないように生きてきたし、家に帰ればどうにかできる。そう信じて私の住むボロアパートに向かって一歩一歩足を進める。


———息を切らしながら歩いて十分。ようやく私の住むアパートに着いた。

氷柱のように冷たい手すりをつかみ最後の力を振り絞る勢いで錆びた階段を登って、震える手で自分の部屋の鍵を開ける。

玄関に靴を履き捨て、電気もつけずに私は一目散に布団にくるまった。

一度寝たら多分治るはずだ。と毛布を引き寄せて目をぎゅっと瞑る。

 

やっぱり寒い。自然に寝れないほど寒い。まるで部屋の中にいるのに雪山で遭難している気分だ。

その時、身体の芯どころか、この部屋全体が冷蔵庫の中のようにひんやりと冷たくなっていることに気づいた。


(あれ?身体が動かない……)

 

そのまま身体が動かずに私の意識は自然と遠のいていった。


ギィィと玄関のドアの開く音がして目が覚めた。玄関の方が心なしか明るくなっているのがぼんやりと見えた。


(やばい……もう指先の感覚がほぼ無い、ここで誰かに助けを求めなかったら私、死ぬかも……)


乾燥した喉から声を振りしぼる。


「たすけて……」


「え……?」


知らない女性の声が明るい方からかすかに聞こえた。今、存在を示さないといずれ凍え死んでしまう。


「誰か……助けて……!」


「大丈夫ですか!?」


また玄関の方から声がした。すると足音と共に部屋に若い女の人が入ってきた。

その瞬間鋭い頭痛が私を襲い、辛く封印していた《《トラウマ》》が頭の中を突然駆け回った。


「うぅぅう……寒い……」


助けを乞うように零れた言葉を最後に私の意識はまた途切れた。


————「あんなお荷物捨てて、早く行きましょ」


そこにはいつもより派手に着飾った母の姿が目の前にあって、母の前方には私の知らない男の姿がチラッと見えた。


「いいのかよ、まだ子供四歳だろ?ちょっと泣いてるし…」


男の方はまだ幼い私の事を軽く心配する。


「いいのよ〜そんな遠くじゃないしね、雪菜ちゃん行ってくるね〜」


母は上機嫌で鍵を指に引っ掛けぐるぐる回しながら鼻歌混じりでマンションの一室を出ていった。ガチャンと部屋の鍵が閉まる。大きな窓の外はちらちらと雪が降っていた。

それが私が最後に見た母の姿だった。


「いかないで……」


幼い私の声は床に落ちるばかりで、温かいだけの一人の部屋はどこか冷たく感じた。


 ◇ ◇ ◇


私が起きた時、知らない女の人が私の事を抱きしめていた。

それでも不思議と恐怖はなかった。

お日様のようなそんな匂いがして、彼女はまるで愛する我が子を温めるように優しく、強く抱きしめる。

彼女の少し高めの体温が私の冷え切った心と身体を溶かしていくように。

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