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つないだ手の温度が均されるまで  作者: みけめがね


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第一話 初雪とシチュー

母の好きだったドラマには初雪の降った日に好きな相手と一緒にいると恋が叶うというジンクスが出てきていた。そんな私も初雪の日に運命の人と一緒にいることを夢見ていた気がする。


 ———中学卒業と同時に一人暮らしを始め二回目の冬を迎えた。

私の暮らす六畳一間は台所から居間まで大好物のシチューの良い匂いで溢れかえっていて、ボロボロのゴミの絡まりまくった換気扇を回して美味しい匂いが外に流れ出て行ってしまうのが惜しくもあるくらいに幸せな気持ちだった。時刻は午後5時、すでに日が暮れ初め、夕焼けは着実に夜へと向かって色を鮮やかな茜色から落ち着いた青紫色へ変化させようとしている。


「——さて、味見してみよっか」


大鍋のシチューをスプーンで少しだけ掬って味見。

「あちっ……」


流石に少量でも直前までグツグツしていたシチューは極度の猫舌には少々きつい。


「あ……美味しい!」


 シチューの出来栄えは十分美味しく出来上がった。それだけなら別に問題ないし、むしろ大成功なのだが私は一つ大きな失敗をしてしまった。

 

流石にどれだけ大好物でも私の胃のキャパには限界がある。単純に計算すると二日シチューが持ったとして、二日六食に全部シチューがついてくるのはまだ良い、しかし何を思ったのかシチューを作っている間の私は『大好物のシチューならいくらでも腹に入る』と若干ハイになりながらおよそ軽く見積もって十二食分のシチューを生成してしまったのだ。

しかしいくらなんでもこれは多すぎだ。自分の胃袋に入る量を完全に勘違いしている。

とりあえずコレをどうしようかと、大鍋の中に入った大量のシチューをぐるぐるかき混ぜながら私は考える。


そういえば今年の春頃にアパートの大家さんから豚汁作りすぎたから貰ってほしいってことがあった、大家さん豚汁好きなのかな……いや着眼すべきはそこじゃない。

いわゆるお隣さんからのお裾分けってどう思われているんだろうか、個人的には食費が浮くので大歓迎なのだが、お裾分けしてくるお隣さんって相当まずいんだろうか…かといって余ったシチューを生ゴミにしてしまうのも心が痛い。

悩んだ末私は一旦コンロの火を消して、厚めの上着を羽織る。


「……一応お隣さんに聞いてみようかな」


お隣の部屋に行くだけなので履き物はサンダルでいいか。

ドアノブが氷のように冷たい、もうすでに外は極寒の地と化しているのかもしれない。ドアを開ける。


「うわ……さむ、てか雪降ってる?」


ドアの外はちらちらと雪が降っていて、空は先ほどとは一転どんよりとした曇り空に変わっていて、降り始めの雪が廊下のサビサビの鉄柵の上に少しだけ積もっている。吐いた息が白く染まって空気の中に瞬く間に消えていく。


(今日の夜はもっと寒くなりそうだな)


お隣さんは先月二〇三号室に引っ越してきた…あさ…なんだっけ、とにかく珍しい苗字だった気がする。

ドアホンを鳴らす。インターホンなんて高価なものはこんな築五十年のボロアパートにはついてない。

改めてドアに貼ってある表札を見ると朝一と書いてある。あさいち?ちょういち?まぁ後で聞けるなら聞いてみようかな。

ドアホンを押して外で二分ほど立ち尽くしたが反応がない。

一応冷たいドアノブに手をかけてみる。鍵がかかってれば多分外出中だろうし、その時は諦めて他の部屋の人をあたろう。

私はドアノブを捻ってみた。すると施錠されていなかったドアがギィと開き、冬なのに冷房でも使っているのかと思うくらい冷たく凛とした空気が部屋の中から私の頬を撫でた。部屋の中は電気が点いておらず、ただでさえ日が落ちるのが早い季節の夕方、部屋の中はだいぶ薄暗くなっている。


(なんだか嫌な予感がする……)


人の部屋を勝手に覗くのは非常識な行動だが行かないと何かまずい気がする。


「たすけて……」


か細い女性の声が薄暗い部屋の中から聞こえた。


「え……?」


薄暗闇から聞こえたかすかな声は私の頭に疑問符を浮かべるだけで、零れる声だけが空気に霞んで行った。


「誰か、助けて……!」


その瞬間頭の中の疑問符は一気に確証へと変わった。これはまずい。


「大丈夫ですか!?」


返事がない、私の能力ならもしかしたら…私は部屋の中に足を踏み入れた。

フローリングの床はひんやりと冷たい。まさかこんな真冬に冷房をつけているのかな?いやそんなことは十中八九ないだろうし。

さらに奥に足を進めると部屋の隅っこには毛布の塊にくるまった女性がうなされているように苦しんでいた。


「うぅぅう……寒い……」


だけどこの部屋には見た感じエアコンなどの部屋の温度を調整できるものはない。

もしかしたらこの女性は私と同じ能力者かもしれない。そして今この人はおそらく能力が暴走していて制御ができていない状態だ。


「すぐ温めますね……!」


あったかい空気がこの部屋中を循環するように頭の中でイメージする。

私が手のひらに息をふーっと吹くと先ほどまで冷たかった部屋は温風が優しく吹き始め、その温かい空気に冷たい空気が上書きされるようにだんだんと暖かくなった。


「ふぅ……大丈夫ですか?」


私が女性の方を見ると彼女は能力の暴走が止まったのか安心したのか、壁にもたれかかってすうすうと穏やかな寝息を立てていて、部屋中の冷たい空気の流れもなくなっていた。

女性の顔を覗き込むと瞼が若干腫れている気がする。もしかして泣いていたのかな?比較的若い女性で、肩くらいの長さの茶髪に堀の深めな整った顔立ち。

一度自分の部屋に戻ろうかと私が彼女に背中を向けたその時だった。


「いかないで……」


幼い子供のような悲哀に満ちた声で彼女は寝言を言う。まつ毛の下から涙が一滴、乾いた頬を伝う。

気づいた時には私は彼女のことを優しく抱きしめていた。


「だいじょうぶ、絶対置いてかないよ」


彼女を頭をそっと撫でて優しい声で「だいじょうぶ」を繰り返す。

これはあの頃の私にもかけてあげたかった言葉だ。

それにしても私以外の能力者は初めて見る。もしかしたら能力についての何か新しい情報が彼女を通してわかるかもしれない。

だけど今は彼女が自分から起きるまでは置いていかないように、離れないようにピッタリくっついていよう。それが一番彼女が求めているものだから。


「だいじょうぶだよ、だいじょうぶ」

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