第8話 教えたあとに、死ぬ
八話です
事故は、
予告なく起きた。
しかも――
一番、準備した場所で。
「……崩落です!」
坑道入口から、怒鳴る声が飛び込んでくる。
「第三坑道!
深部、作業中!」
その瞬間、
周囲の視線が一斉にこちらへ向いた。
(……来たか)
胸の奥が、
嫌な形で冷える。
「教育官!」
監督官が、即座に呼ぶ。
「……行く」
返事は短かった。
走りながら、
頭の中で整理する。
第三坑道。
比較的安定。
教育後、初の本格作業日。
(……一番、
“うまくいくはず”の場所だ)
だからこそ、
嫌な予感しかしなかった。
⸻
坑道に入ると、
空気が違った。
粉塵。
鉄の匂い。
そして――血の匂い。
「……閉じ込められてるのは?」
「六人!」
現場監督が、声を張る。
「二人は自力で脱出!
四人が、中です!」
(……少ない)
だが、
少ないほど、判断は重くなる。
「……中の様子は?」
「指示は、通ってます!」
現場監督は、胸を張った。
「教育通り、
叫ばせてません!
順番も、決めてます!」
その言葉で、
胸の奥が、ひどく軋んだ。
(……通って、しまっている)
⸻
「……中、聞こえるか!」
声を張る。
「……聞こえます!」
返ってきた声は、
落ち着いていた。
「……四人います!」
「怪我は!」
「……一人、脚を……
潰されてます!」
(……重い)
「……呼吸は!」
「……数えてます!」
その一言で、
周囲がざわついた。
「ほらな!」
誰かが、興奮気味に言う。
「教育、効いてる!」
(……違う)
だが、
今は否定できない。
「……瓦礫の量は!」
「……動かせます!
二人いれば!」
「……時間は!」
「……分かりません!」
(……来る)
嫌な予感が、
形を持つ。
「……聞け」
声を落とす。
「出血してるやつがいるな」
「……はい!」
「そいつを、
今すぐ動かすな」
「……え?」
一瞬、間が空く。
「……でも、
助け出さないと……!」
「今は、動かすな」
繰り返す。
「瓦礫を動かせば、
出血が増える」
「……じゃあ、
どうする……」
答えは、ない。
「……他の三人を、
先に出せ」
その言葉で、
空気が凍った。
「……置いていくんですか……」
声が、震える。
「……生きてます……
まだ……」
(……分かってる)
「……聞け」
声を、少しだけ低くする。
「今、全員を動かせば、
全員死ぬ」
「三人を出せば、
一人は、まだ時間を稼げる」
沈黙。
長い沈黙。
「……選べ」
そう言った瞬間、
自分でも分かった。
(……これは、
もう“教育”じゃない)
これは、
再現だ。
坑道でやったことの。
「……先生」
中から、声がした。
「……分かりました」
その声は、
不思議なほど落ち着いていた。
「……順番、決めます」
胸の奥が、
嫌な形で締め付けられる。
(……違う)
違うはずだ。
あれは、
追い詰められた結果で。
教えるべきものじゃ――
「……始めます」
声が、続いた。
瓦礫を動かす音。
息を殺す音。
数字が、流れ始める。
「……一」
「……二」
「……三……」
外で聞く数字は、
坑道の中より、
ずっと重かった。
⸻
最初の二人は、
無事に出てきた。
顔面蒼白。
だが、生きている。
三人目。
「……引っかかってる!」
「……待て!」
声を張る。
だが――
ぐしゃり。
嫌な音がした。
「……あ……」
短い声。
次の瞬間、
血が流れ出した。
「……止血を……!」
「……間に合わない……!」
(……来た)
「……戻れ!」
叫んだ。
「戻って、
その場で止まれ!」
だが、
もう遅い。
瓦礫が、
わずかに動いた。
それだけで、
崩れた。
「……あ……」
声が、潰れる。
四人目の声が、
聞こえなくなった。
沈黙。
数字が、止まる。
⸻
救出が終わったあと、
地上は静まり返っていた。
担架に乗せられたのは、
二人。
布に包まれたのが、
二つ。
「……教育は、
機能した……?」
監督官が、
小さく聞いた。
答えは、
分かっている。
「……いいえ」
はっきり言った。
「教育が、
判断を早めただけです」
「……結果は?」
「……生存率は、
上がってます」
数字は、嘘をつかない。
だが――
「……でも」
続ける。
「死んだのは、
“選ばれた人間”です」
監督官は、
黙っていた。
その沈黙が、
何より重かった。
(……始まった)
教育は、
人を救うために始まった。
だが今は――
誰を切るかを、
上手く決めるための道具になっている。
そして、
それを一番よく理解しているのは、
他でもない。
自分自身だった。
誤字脱字はお許しください。




