第6話 再現してみせろ
6話です
目を覚ましたとき、
天井があった。
木組みの梁。
煤の跡。
坑道とは違う匂い。
(……生きてる)
そう思った瞬間、
身体のあちこちが遅れて痛み始めた。
肩。
背中。
脚。
だが、痛みがあるということは、
まだ身体が動くということでもある。
「……起きたか」
声がした。
視線を向けると、
机と椅子。
その向こうに、制服姿の男が二人。
鉱山監督官と、
見慣れない服装の男。
後者は、装飾が少ない。
だが、布の質が違う。
(……上だな)
「気分はどうだ」
「……生きてます」
それだけ答えた。
「医者の見立てでは、
数日で歩けるそうだ」
監督官が、淡々と言う。
「だが――」
一拍、置く。
「君には、今すぐ
話を聞かせてもらう必要がある」
「……話?」
「坑道の中で、
何をした」
(……来たか)
予想していた。
だが、覚悟はしていなかった。
「叫ばせなかった。
動かせなかった。
数を数えさせた」
監督官が、確認するように続ける。
「一人、置いてきたとも聞いている」
沈黙。
否定はしない。
「……結果として、
生存率は異常に高い」
横にいた男が、初めて口を開いた。
声は低い。
抑揚が少ない。
「偶然では説明できない」
「……偶然です」
思わず、そう言った。
男は、眉を動かさない。
「なら、再現してもらおう」
「……は?」
言葉が、喉で止まる。
「再現だ」
男は続ける。
「同じ条件で、
同じことができるか」
「……無理です」
即答だった。
「同じ状況なんて……」
「細部は問わない」
遮られる。
「原理を聞きたい」
原理。
その言葉に、
胸の奥が、嫌な形で鳴った。
(……原理なんて、ない)
あったのは、
恐怖と、時間と、数だけだ。
「……俺は……」
言葉を探す。
「……誰かに、
教わったわけでも……」
「“先生”」
男が、静かに言った。
「そう呼ばれていたそうだな」
「……勝手に呼ばれただけです」
「だとしても」
男は、机に指を置いた。
「人は、
誰かの言葉に従った」
「それが、教育だ」
その断定が、重い。
「……違います」
否定した。
「教えたわけじゃない。
命令しただけだ」
「同じだ」
即座に返される。
「違わない」
監督官が、頷いた。
「我々は、
事故を減らしたい」
「できれば、
労働者を守りたい」
(……“できれば”)
その一言が、
すべてを表していた。
「君のやり方で、
事故が減るなら」
男が、続ける。
「それを、
使わない理由がない」
使う。
その言葉が、
はっきりと耳に残る。
「……断ります」
間を置いて、そう言った。
二人の視線が、重なる。
「理由は」
「……同じことをしたら、
同じ結果になるとは限らない」
嘘ではない。
「次は、
もっと死ぬかもしれない」
監督官が、ため息をついた。
「正直だな」
そして、こう言った。
「だが――
やらない方が、もっと死ぬ」
沈黙。
言い返せない。
「君は、
坑道で“選んだ”」
男が、静かに言う。
「一人を残し、
他を通した」
「それは、
すでに原理だ」
(……違う)
違うはずだ。
あれは、
追い詰められた結果で。
二度と、
繰り返したくない判断で。
「……再現しろ」
男の声が、少しだけ強くなる。
「教育官として、
正式に任命する」
「待遇は保証する」
「拒否権は……?」
監督官が、首を振った。
「ない」
言葉が、重く落ちる。
「……俺は……」
声が、掠れる。
「英雄じゃない」
男は、少しだけ口角を上げた。
「知っている」
「だからこそ、
都合がいい」
その一言で、
すべてが決まった。
担架の上で、
坑道の闇を思い出す。
数字。
呼吸。
消えた声。
(……始まる)
ここから先は、
事故ではない。
制度だ。
「準備をしろ」
監督官が、立ち上がる。
「君の“教育”を、
鉱山全体に広げる」
部屋を出る足音。
一人、取り残される。
天井を見上げながら、
思う。
(……誰かが言ってた)
仕組みは、
人を救うために作られる。
だが、
一度動き出したら、
止まらない。
誰の言葉だったかは、
思い出せない。
だが――
その“仕組み”の中に、
自分が組み込まれたことだけは、
はっきりと分かった。
誤字脱字はお許しください。




