第54話 引き継げない力
54話です。
異変は、
報告書の余白から始まった。
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王宮・執務室。
朝一番の書類。
決裁欄の下に、
小さな追記。
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※代行判断者
不在
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何度も
見た言葉だ。
だが――
今日は、
三枚続いた。
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文官が
立っている。
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「……候補は」
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「……おります」
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「……では」
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文官は、
言葉を
選ぶ。
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「……誰も
引き受けません」
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沈黙。
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「……理由は」
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「……責任の
重さです」
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それ以上、
説明はいらない。
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制度は、
完璧だ。
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権限移譲の
条文もある。
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だが――
条文は
勇気を
生まない。
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昼。
将軍が
来る。
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「……軍の
補給判断」
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「……代行を
立てろ」
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将軍は、
苦く笑う。
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「……兵は
命を
賭けられる」
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「……だが
決断は
賭けない」
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それが、
現実だ。
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学院。
教師会議。
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「……臨時授業の
方針」
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沈黙。
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以前なら、
議論が
始まった。
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今は、
違う。
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「……本部に
確認します」
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教師たちは、
安心する。
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判断が、
外にある。
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例の子が、
廊下で
立ち止まる。
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掲示板。
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新任代理
募集
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名前は、
一つもない。
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子は、
少しだけ
眉を寄せる。
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夜。
私邸。
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報告書。
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判断速度
維持
代行率
低下
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(……当然だ)
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決断は、
技術ではない。
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習慣だ。
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そして――
自分が
その習慣を
奪った。
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人々は、
考えない。
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なぜなら、
必要が
なかったからだ。
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必要が
ないものは、
育たない。
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窓の外。
王都は、
速い。
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だが――
脆い。
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もし、
今日、
倒れたら。
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誰が
次の書類に
朱を入れる。
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誰が
線を引く。
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誰が
責任を
引き受ける。
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答えは、
ない。
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机の引き出し。
古い紙。
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合議制の
草案。
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沈黙の
教育方針。
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すべて、
自分の手で
作った。
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そして――
壊した。
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(……引き継げない)
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剣は、
渡せる。
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王位も、
渡せる。
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だが――
判断の重さは、
渡せない。
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夜更け。
扉が、
静かに
叩かれる。
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学院長だ。
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「……相談が
あります」
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「……入れ」
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学院長は、
紙を
差し出す。
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次期責任者
推薦書
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名前は、
空欄。
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「……誰も
書けません」
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声は、
静かだった。
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「……能力が
ないのでは
ありません」
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「……覚悟が
ないのです」
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それは、
非難ではない。
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事実だ。
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長い沈黙。
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「……なら」
言葉を
選ぶ。
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「……育てる」
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学院長は、
初めて
顔を上げる。
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「……今から?」
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「……遅い」
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否定しない。
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「……だが
やる」
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それは、
初めての
後退だった。
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独裁から、
教育へ。
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だが――
時間は、
残っているか。
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窓の外。
星が、
動く。
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世界は、
止まらない。
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この国だけが、
一人の肩に
乗っている。
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そして、
その肩は――
もう
重さを
感じている。
誤字脱字はお許しください。




