第5話 地上と、英雄の誤解
5話です
光は、音より先に来た。
かすかな、白い滲み。
闇の奥で、それが揺れている。
「……光だ」
誰かが、呆然と呟いた。
その瞬間、
坑道に残っていた空気が、一斉に動いた。
息が荒くなる。
立ち上がろうとする音。
泣き声。
「動くな」
反射的に、声が出た。
「まだ、出るな。
今動くと、崩れる」
言葉が、届いているかは分からない。
だが、誰も逆らわなかった。
それが、今の立場だった。
(……生き残ったな)
確信はない。
ただ、ここまで来たという事実だけがある。
やがて、
金属が擦れる音が近づいてきた。
「――生存者、確認!」
地上からの声。
若い。張りがある。
「返事をしろ!
動ける者は――」
「待て」
遮った。
一瞬、言葉が詰まる気配。
「……誰だ?」
「責任者だ」
嘘ではない。
「中は不安定だ。
無理に引っ張るな。
一人ずつ、順番に出す」
間。
「……分かった」
声の調子が、変わった。
命令を受ける側のそれだ。
(……通った)
自分でも、少し驚く。
最初に出たのは、
自力で歩ける者だった。
光に照らされた瞬間、
誰もが、目を細めた。
空がある。
風がある。
「う……」
膝から崩れ落ちる音。
「……生きてる……」
泣き声が、爆発する。
「医療班!
担架を回せ!」
次々と、人が運び出される。
数が、減っていく。
十二。
十一。
十。
「……全員か?」
救助隊の一人が、こちらを見た。
「……いや」
答えは短い。
「一人、残っている」
その場の空気が、凍った。
「……瓦礫の向こうだ。
既に……」
言葉を、切る。
「分かった」
それ以上、聞かれなかった。
それでいい。
担架に乗せられた瞬間、
体の緊張が、一気に抜けた。
視界が揺れる。
(……終わった、か)
だが――
「――すごいぞ、あの人」
誰かの声が、耳に入る。
「中で指示出してたって……」
「十三人いたのが、
ほとんど生きて出てきたらしい」
「……奇跡だな……」
奇跡。
その言葉が、妙に遠く感じた。
(……違う)
だが、否定する気力はない。
「名前は?」
医療兵が、事務的に聞いた。
「……分からない」
本当だ。
「……“先生”って、
皆が呼んでました」
別の声。
その瞬間、
周囲の視線が集まる。
「……先生?」
「教育係か?」
「……いや、坑夫だろ……?」
ざわつき。
誰かが、笑った。
「……英雄じゃねぇか」
英雄。
その言葉で、
胸の奥が、ひどく冷えた。
(……やめろ)
だが、止める言葉がない。
「この人がいなかったら、
全滅だったって……」
「判断が早かったらしい」
「冷静で……
誰一人、取り乱さなかったって……」
(……嘘だ)
取り乱した。
迷った。
震えた。
だが、
誰も、それを見ていない。
見えたのは、
結果だけだ。
生き残った人数。
減った死体。
それが、評価になる。
「……先生」
誰かが、弱々しく呼んだ。
担架の横。
坑道から出てきた、若い坑夫だ。
「……ありがとう……」
言葉が、続かない。
「……俺……
生きて……」
頷く。
それしか、できない。
(……ありがとう、か)
頭の中で、
残った一人の声が、反響する。
――俺を、数に入れてくれて、ありがとう。
(……違う)
だが、
誰もそれを聞かない。
聞く必要が、ない。
英雄には、
物語が必要だからだ。
「上に、報告が行く」
救助隊長が、静かに言った。
「……詳しく、話を聞きたい」
逃げ場は、なかった。
(……始まったな)
ここからは、
坑道ではない。
もっと、広い場所で。
もっと、
戻れない形で。
担架が、運ばれていく。
光の中で、
拍手が起きた。
誰かが、
「先生!」と叫んだ。
その声を聞きながら、
自分は目を閉じた。
闇よりも、
光の方が――
よほど、眩しかった。
誤字脱字はお許しください。




