第44話 選ばない選択
44話です。
異変は、
遅刻から始まった。
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学院の朝。
鐘が鳴る。
いつもなら、
その音で
子供たちは
動く。
だが――
今日は、
一人
席にいない。
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「……欠席ですか」
教師が、
出席簿を見る。
名前は、
例の子だった。
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「……体調不良?」
連絡は、
ない。
家にも、
使いは
出ていない。
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教師は、
眉をひそめる。
だが――
授業は
始まる。
待たない。
それが、
秩序だ。
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二時間目。
扉が、
静かに
開く。
例の子が、
立っている。
息は、
乱れていない。
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「……遅れました」
声は、
落ち着いている。
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「……理由は?」
教師が、
尋ねる。
それは、
形式的な質問だ。
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子は、
一瞬だけ
考える。
そして――
答えない。
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沈黙。
教室が、
凍る。
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「……理由を
言ってください」
教師の声は、
柔らかい。
怒っていない。
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子は、
首を振る。
小さく。
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「……命令ですか」
その一言で、
空気が
変わる。
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教師は、
即答できない。
命令では
なかった。
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「……規則です」
そう答える。
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「……どこに
書いてありますか」
子は、
静かに
続ける。
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沈黙。
教室の子供たちが、
息を止める。
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教師は、
教本を
思い出す。
遅刻理由の
申告義務。
書いていない。
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「……席に
着きなさい」
そう言う。
それ以上、
踏み込まない。
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子は、
席に着く。
表情は、
穏やかだ。
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授業は、
続く。
だが――
教師の声が
少し
上ずっている。
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休み時間。
教師たちが、
集まる。
「……問題では
ありません」
誰かが
言う。
「……規則違反では
ない」
別の者が
頷く。
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「……でも」
一人が
言葉を選ぶ。
「……従っていない」
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午後。
別の授業。
作業指示が
出される。
「……三人一組で
作業を」
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子供たちは、
動く。
だが――
例の子だけが
動かない。
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「……組みなさい」
教師が
言う。
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子は、
首を振る。
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「……命令です」
教師は、
そう言い直す。
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「……理由を
教えてください」
子は、
初めて
教師を見る。
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「……なぜ
組まなければ
いけないんですか」
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教師の背中に
汗が
浮かぶ。
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「……効率の
ためです」
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「……効率が
悪いと、
誰が
困りますか」
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沈黙。
これは、
質問ではない。
拒否条件の確認だ。
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「……今は
そういう
時間ではありません」
教師は
そう答える。
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「……分かりました」
子は
静かに言う。
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そして――
動かない。
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他の子供たちは、
作業を始める。
誰も、
その子を
責めない。
責める理由が
ない。
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時間が、
過ぎる。
作業は、
一人分
遅れる。
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教師は、
初めて
困惑する。
怒れない。
叱れない。
罰せない。
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「……どうしますか」
助手が
小声で
聞く。
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「……様子を
見ましょう」
それが、
唯一
安全な答えだ。
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放課後。
報告書。
「……授業進行に
軽微な
遅延」
言葉は、
弱い。
だが――
意味は、
重い。
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夜。
私邸。
その報告を
読む。
(……来た)
反抗ではない。
質問でもない。
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停止だ。
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命令に
従わない。
だが、
逆らわない。
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規則を
破らない。
だが、
遂行しない。
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これは、
処罰できない。
教育でも
直せない。
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思い出す。
かつて
沈黙を
教えた。
問いを
封じた。
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その結果――
選ばない者が
生まれた。
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翌朝。
王宮。
小さな
報告が
混ざる。
「……一部学院で
進行停滞」
誰も、
気にしない。
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だが――
自分は
知っている。
これは、
最初の
一人だ。
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もし、
同じ行動を
十人が
取れば。
百人が
取れば。
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社会は、
壊れない。
止まる。
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止まる社会は、
暴力より
危険だ。
なぜなら――
誰も
敵を
指差せない。
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窓の外。
子供たちが
帰っていく。
整然と。
静かに。
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その中に、
歩調を
合わせない
影が
一つ。
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理解した。
次に来るのは、
革命ではない。
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機能停止だ。
チョークシリーズは他の先生の物語もありますので、よろしければご覧ください。




