第40話 子供たちの沈黙
40話です。
異変は、
報告書には
載らなかった。
載せる言葉が、
なかったからだ。
⸻
学院の朝は、
整っている。
鐘。
整列。
着席。
子供たちは、
迷わない。
迷う必要が
ないからだ。
⸻
教師が、
黒板に書く。
「秩序とは何か」
答えは、
すでに
教科書にある。
⸻
「……秩序とは、
社会を
安定させる
枠組みです」
一人の子が、
立って答える。
声は、
澄んでいる。
だが――
自分の言葉ではない。
⸻
「……よくできました」
教師が、
微笑む。
それで、
授業は進む。
⸻
休み時間。
子供たちは、
校庭に出る。
遊具は、
使われる。
だが――
順番は、
完全だ。
押さない。
奪わない。
衝突が、
起きない。
⸻
遠くで、
二人の子が
向かい合っている。
何かを、
言い合っているように
見える。
だが――
声は、
出ていない。
⸻
近づくと、
分かる。
二人は、
どちらが先に
滑り台を使うか
で迷っている。
決められない。
⸻
「……どうしたの」
教師が、
声をかける。
二人は、
一斉に答える。
「……分かりません」
同じ声。
同じ速さ。
⸻
「……決まりは?」
教師が、
聞く。
「……ありません」
「……では」
教師は、
一瞬考える。
(……決まりが、
ない場合)
教本には、
載っていない。
⸻
「……順番を
話し合って」
そう言う。
二人は、
黙る。
⸻
沈黙が、
長い。
校庭が、
少しざわつく。
他の子供たちが、
見ている。
⸻
「……どうしたら
いいですか」
一人が、
小さく言う。
その言葉に、
教師の背中が
わずかに強張る。
⸻
「……話し合って」
同じ言葉を
繰り返す。
⸻
沈黙。
やがて、
一人が後ろに下がる。
「……どうぞ」
もう一人は、
滑り台に向かう。
表情は、
ない。
⸻
教師は、
安堵する。
衝突は、
なかった。
秩序は、
守られた。
⸻
だが――
それを見ていた
別の子が、
ぽつりと呟く。
「……ずるい」
声は、
小さい。
だが――
確かに、
自分の言葉だった。
⸻
教師は、
聞き取れなかった
ふりをする。
聞き取ると、
対応が
必要になる。
⸻
午後。
別の教室。
算術の時間。
問題は、
簡単だ。
だが――
一人の子が、
答えを書かない。
⸻
「……どうしました」
教師が、
聞く。
「……分かりません」
「……どこが」
「……どこまで
考えていいか」
⸻
教師は、
言葉に詰まる。
考える範囲。
それを
教えてこなかった。
⸻
「……教科書通りで」
そう答える。
子は、
頷く。
そして――
何も書かない。
⸻
放課後。
報告書。
「……授業は
円滑に進行」
「……問題なし」
いつもの文言。
⸻
だが、
別紙がある。
教師の私的メモ。
子供たちが
自分で
決められません
問題では
ありませんが
少し、
不安です
⸻
その紙は、
回されない。
回すと、
問題になる。
⸻
夕方。
自室で、
その報告を読む。
(……来たか)
数字には、
出ない。
だが――
確実な歪みだ。
⸻
思い出す。
かつて、
問いを
武器にしていた
自分自身。
⸻
(……これが、
完成形か)
沈黙。
秩序。
安定。
その裏で、
選択不能が
育っている。
⸻
窓の外。
校舎の灯りが、
一つずつ消える。
子供たちは、
家に帰る。
何も、
考えずに。
考える必要が
ないからだ。
⸻
だが――
その夜。
一人の子が、
寝床で
目を開けたまま
動かない。
⸻
(……もし)
もし、
この子が
初めて
「なぜ」と
言ったら。
⸻
それは、
反乱ではない。
革命でもない。
ただの質問だ。
だが――
この世界では、
それが
一番危険だった。
⸻
理解した。
次に壊れるのは、
制度ではない。
子供だ。
そして、
壊したのは
自分だ。
チョークには別先生が織りなすシリーズもあります。よろしければご覧ください。




